第百十四話 ロンギヌスのいざない
エルフたちも人間社会ないしわーくににすっかり慣れ――いや、侍女たちがミニスカメイド服を着ていたり、ロウレールが普通に俺より女主人の貫禄を出して庭園でお茶会を主催していたりと、すでに勝手知ったる他人の我が家になり始めたことから、俺は例の真相について語ってもらう頃合いだと見切った。
ずばり、ロンギヌス高地で何があったのか。そして“煉界の門”発言の真意は。
ロンギヌス高地は別名ロンギヌス戦域とも呼ばれ、乙女ゲーの『アルカナ・アルカディア』シリーズでは地名のみの登場、戦略シミュレーション版の『アルカナ・クロニクル』になるとついに拠点探索までできるようになった、ある意味この世界の名所だった。
ここには〈ロンギヌス大戦団〉という勢力が陣取っており、武力偏重内政ゴミという極端な多種族武将の寄り合い所帯となっている。土地の経済力もオワッテルためクリア難度はやや高めだ。
その日、談話室に集まったのはエルフ側からロウレールとアーシュ、屋敷側からは俺とスノーカインとエクリーフ。そして町からジプシー・ヒーラーのディアメラの計六名。
室内は明るい午前の光で満たされ、ユングレリオが淹れてくれたお茶の香りも絶妙に緊張を和らげてくれている。部屋の外からはかすかにメイド研修生たちの笑い声や鼻歌が聞こえ、いつも通りの平穏なヴァンサンカン屋敷。
ここ数日でロウレールたちはすっかり本性――いや本来の元気さを取り戻し、今もディアメラと華やかな雑談を交わしている。これなら話をするのに何の問題もないはずだ。
「人間の国にここまでエルフが安らげる場所があるとは思ってもみませんでした。ありがとうございます伯爵。それではお話いたします。あの地で今、何が起こっているのか……」
ロウレールの切り出しに俺は姿勢を正し、エクリーフも筆記の態勢を取る。こと時ばかりはスノーカインも浮遊をやめてソファーへと腰かけた。
「今、ロンギヌス高地はこの世の地獄となっています」
まずは、最悪な出だし。
「ロンギヌス高地に多数の遺跡群があることはご存知ですね?」
「はい。それを巡って、古くから多数の種族入り乱れての争奪戦が行われている……ですよね?」
合いの手は俺の役目。エクリーフは筆記係だ。
「そうです。もう何世代にも渡って続く争いなため、彼らの間には独自の風習が存在し、通常の種族観が通用しません。時に協力し、時に敵対し、お互いを出し抜くためなら何でもありの状態です」
一説によると、ロンギヌス高地の地下深くには洪水前の遺跡や遺物が数多く眠っているという。地上にあるものだけでも相当な年代ものなのに、そこまで来るともはや神話の領域。世界の終わりと始まりが重なる場所とはよく言ったものだ。
そして栄華と退廃を極めた洪水前世界の遺跡には、途方もない価値の財宝と、すべてをかなえられる力が眠っているという……。
「しかし彼らは、その何でもありなりに最低限の礼節を守って活動していました。降参し武装や遺物を差し出した相手は殺さない、裏切りは咎めない、遺恨を引きずらない……そのルールが、ごく最近になって崩れ去りました」
「きっかけは」
「地下深くにて新たに発掘された遺跡――そこから謎の奇病が高地全体に広がったのです」
ロウレールの声は凍ったように冷たく落ち着いていた。
「あの土地ではたまに起こるのです」と補足したのは、ロウレールの隣に座るディアメラだ。
「地下に溜まっていたガスや、目に見えない古代の毒素が原因となることが多いです。ロンギヌスの人々も、初めはいつものことだとたかをくくっていました。しかし……患者は皮膚に血管とも模様ともつかない奇妙な筋が浮き上がり、高熱を出して次々に死んでいきました。一度症状が表れれば回復することはなく、最後には病疹から血を噴き出して命を落とすのです。わたしは重篤な者を看ていたのですが、不思議と感染はしませんでした。被害に遭ったのは長年この土地にいる人々ばかりだったのです」
紅茶の湯気の生温かさに生き血の温度が混じったような気がして、俺は思わず顔をしかめた。そこに「恐ろしいのはそこからでした」とのロウレールの語る事実が肉薄してくる。
「疫病の恐怖に駆られた人々が、薬草や物資を巡って争い始めたのです。中には病疹が出たまま略奪に参加し、病人が病人を殺し、そして自らもその場で死んでいく……酸鼻を極める光景でした」
それを目の当たりにしたのだろう。ロウレールの白い肌に青ざめた陰が降りるのを見て、隣にいたアーシュが彼女の手をそっと握ってやる。
俺たちには想像すら困難な阿鼻叫喚の情景だ。誰も言葉を挟むことができない。
「わたしたちジプシー・ヒーラーも何とか流行を食い止めようとしましたが」と、少し疲れを見せたロウレールに代わって再びディアメラが口を開く。
「遺跡からできるだけ離れれば発症を防げるのではないかという消極的な回答しか得られませんでした。無論、代々命懸けで発掘を続けている人々にそんな要求が通るわけもなく。逆に住人から襲撃されるリスクを考え、断腸の思いで避難することを決定したのです」
なるほど。危険な辺境を巡るジプシー・ヒーラーですら避難を選んだのには、そういう事情があったのか。いくら病人が目の前にいても、彼女たちは戦士ではないし戦うことも本望ではない。医団の皆を守るために撤退するのは当然の判断だ。それにしても……。
「ロンギヌスの人々はまだ発掘を続けているのですか?」
半ば呆れを含んだ俺の問いかけに「はい」との回答。これにはスノーカインですら目を丸くした。遺跡にどんな宝が眠っていようと命あっての物種ではないのか?
「死ぬまで掘り続けるのが彼らの矜持なのです。当時、わたくしたちは遺跡見物のためにロンギヌス高地を訪ねておりました。現地で有力なドワーフ族に知己がおりましたので」
再びロウレールから。声に少し元気が戻ったのは、友達のことを話しているからか。
遺跡見物のために紛争地帯に入った上、犬猿の仲のはずのドワーフにも顔が利くとか、いくらあっちが独自の価値観を持っているとはいえやっぱこの人は色々規格外だ……。
「そこまで危険な土地でもないのですよ。普段は皆、大人しく穴掘りをしていますから。危ういのは、今回のように新しく何か見つかった時です」
確かに“戦域”の名が示す通り年がら年中小競り合いを起こしていては、現地の小部族もたちまち全滅してしまうのだろう。さっき言っていたように最低限のルールは機能していたようだ。
「ご存知ですか。〈リバースヘブン〉について」
「……!!」
俺は思わず肩に力を入れる。
や、やはり来た!〈リバースヘブン〉! ロンギヌス高地と言えばこれしかない……!
「常軌を逸した深度を誇る、逆さ地下塔ですね~」
それまで記述に徹していたエクリーフが、こらえられなくなった声音でそう追従する。彼女も同類か、そりゃそうか……!
「そうです。天ではなく地の底に伸びる謎の地下塔。地下数千階とも一万階とも言われる高地最大の遺跡で、これならば確実に洪水も乗り切っただろうと、現地の人々は話しています」
地下数千、地下一万……!
これを発掘屋の誇張だと思う人がいれば、それは甘い。
マジで一万階ある……!! このダンジョン……!!
ピコーン、ピコーン!――「視聴者の皆さん、視聴者の皆さん……!」
あっ、特に呼んでないのに追憶の底からやまとさんの声がっ! しかも心なしかいつもより元気!
――「今日は『アルカナ・クロニクル』最大のクソ――クッソ楽しい要素をご紹介しますね。それがこの〈リバースヘブン〉!〈ロンギヌス大戦団〉の本拠地を占領した後、2ターン後の内政パートで出現します。占領直後には出てないのが意地悪なところですね~」
ノーメッセージでしれっと出現してますからね。普通の人は気づかずスルーしてしまいますよね。
――「このダンジョン、実に地下一万階まであります! 百とかじゃないですよ一万です! 他のゲームではまず見られない階数です。いやぁ、さすがだぁ……。しかし安心してください。階段を一つ降りるごとに数百階をいっぺんに飛ばすことができるので、本当に一万フロアを攻略しなければいけないわけではないです」
そりゃそうですよ。もしそんなものを本気でゲームに盛り込む人たちがいたらさすがに正気を疑いますハハハ……。
――「だいたい四百階くらい下りればゴールですね」
ハ、ハハハ……。
――「そんなスタッフらしからぬ優しさがありつつも、拠点ダンジョンとしてはもちろん最長。後半でエンカウントする敵はもれなく全体即死技持ちと『クロニクル』における一種のやり込み要素となっています。アーハハ、楽しい~! そして最深部には――なんとちゃんとNPCがいます! 突然行き止まりになってフィニッシュとかじゃないです! しかも話しかけると仲間になってくれる! 素晴らしい……。やはりスタッフはわたしたちのことを想ってくれていた……!」
ど、どうですかね。でもやまとさんがそう思うんなら俺からは特に……。
――「今はまだ画像とかお見せできないのが本当に残念なんですが、“ヘブンオブヘル”という大鎌を持った白髪褐色の美女で、名前は「????」。プロフィールも「一切不明」という、本当に最後まで誰なのかわからないキャラです。ただ全ステータスマックスというぶっ飛んだ性能から、煉界症患者の間では“神”もしくは“天”なのではないかと勝手に思われています。今後のシリーズに期待ですね。では盛り上がってきたところで、これからそのダンジョンのノンストップ一発クリアと参りましょう――」
以上、いつもよりなんか元気な(あるいはヤケクソな)やまとさんでした……。この配信、確か六時間くらいあったな……。
だが、そう、煉界症患者すら唸らせる一級ダンジョンが〈リバースヘブン〉だ。
この一万階というのはわりと有名で、いっぱしのゲーマーならどこかでその数字だけは聞いたことがあるはず。かく言う俺も、まだちゃんと生きてた学生時代にそれを聞きかじり、大人になってから真相を知った手合いだ。
それほどまでに、この塔の存在は大きい――。
「そして伯爵、ドワーフたちがこう言っているのをご存知ですか」
と。
ロウレールの言葉が俺を現実へと引き戻す。
「〈リバースヘブン〉の最深部は煉界に通じていると……」
『!!』
煉界に通じている……。煉界の、門ってこと!!?
「ドワーフたちが今回発見したのは〈リバースヘブン〉の別の入口と思しき遺跡でした。本塔の方は途中で道が塞がれてしまっていたため、こちらに期待が寄せられたのです。たちまち人間族、獣人族、そして別のドワーフ部族の発掘隊が群がり、争奪戦状態となりました。その矢先です。見知らぬ病に人々が倒れ始めたのは」
「それでは、以前言っていた煉界の門という言葉は……」
「煉界へと通じる入口から、死者の病が生者の国に押し寄せてきた。そう感じるのは自然のことでございましょう?」
俺はスノーカインへと目線で問う。茫とした目のまま俺を見返した彼女にも心当たりはないようだった。
だが伝わる。可能性は残ったと。
常軌を逸した地下への塔。古代の誰かはなぜそんなものを作ったのか。生憎、俺はやまとさんの配信を最後まで見られなかった。しかし、もしかしたらそのNPCがいる場所にあったのではないだろうか。
門が。煉界へと通じる――物理的なルートが……!
その希望はかすかに、しかし確実に小さな熱狂を俺の中に巻き起こした。
その後、ロンギヌス脱出のエピソードをいくつか経て、ロウレールとディアメラへの聞き取りは終わった。彼女たちが談話の疲れを癒すために庭園へと出ていく中、残った俺たちはソファーに腰を沈めたまま、静かな余韻に考えを巡らせ続ける。
スノーカインが帰る道。そして「大きい人の」の手がかりはロンギヌスに。一万階の底に。
「教会の考古学課には“困った時のロンギヌス”という標語があるんです~」
ふと、エクリーフがそんな言葉を天井に吐きかけた。
「ロンギヌスが一番困った土地だと思うのだが……。その真意は?」
「ロンギヌス高地に行けば古い謎はすべて解けるはず、っていう何の根拠もない暴論です~。ほら、前に箱舟の裏切りについて書かれた異端の書を見せたでしょう~? あれが見つかったのもロンギヌス高地の近くなんですよ~」
「何と……」
エクリーフはだらしなくソファーに身を沈め、
「フォラスさんとも協力して調べてますが、結構手詰まりなんですよ今~。おまけに氾濫を操る羽まで出てきちゃって、楽しいけれど結論はまるで見えないままで~。こうなってはわたしもロンギヌス遺跡に頼りたい気分ですわ~」
「だいぶお疲れのようだ。無理はしないでくれ」
エクリーフたちに頼んだ調査は、神話時代の裏切りの真相からイクシードの意図的な発生まで多岐に渡ってしまっている。
到底少人数で解決できる問題のはずがなく、謎ばかり持ち込むこちらとしても心苦しさはあった。
単なる趣味ならまだしも、納期があるということは胃に対して掘削工事を続けていることに他ならないのだ。
「スノーカインさんからは何かありません~?」
そう彼女が自棄気味に投げかけるも、問われたスノーカインはふいと顔を背けるのみだった。
雑談程度ならかなりしてくれるようになったが、煉界や箱舟については徹底してこれだ。最近――深族とエルフのファッションショーをやった後は特にイヤがっている感じがする。気のせいかもしれないが、何だか俺たちに気を遣っているような、そんな気すらするのだ。
箱舟の話題となれば彼女も攻撃的にならざるを得ない。スノーカインは敢えてそれを避けてくれている……と考えるのはさすがに都合よすぎか。
――ゴンゴン。
その時、厳粛なドアノッカーの音が広いエントランスに鳴り響くのを俺は聞いた。
……おかしいな。まったりおしゃべりする談話室の性質上、玄関の音なんてここには聞こえないはずなんだが。
奇妙な胸騒ぎを覚え、俺はエクリーフに一言断って部屋を出た。紐でもついてるみたいにスノーカインも追いかけてくる。
ちょうど来客応対していたトモエが、何やら困った様子でいるところに出くわした。
「どうしたんだいトモエ」
「あっ、ご主人様。あの、はい……」
と目線を玄関の外へと向けるので、それに倣ってみると――。
「こんにちは。あなたがヴァンサンカン伯爵ですね?」
そこには見慣れない子供が一人立っていた。
開いているか閉じているかわからない、糸のような細目。見事につるりとした坊主頭で、服装は旅の修行僧を思わせる。
年齢は十歳前後か。アークエンデたちよりも幼い。ただそれに似つかわしくない、この奇妙なほどの落ち着きは何だ?
「君はどちら様かな? 町の子供ではないね」
「ああ、私は――」
少年がそう言いかけたその時。
「あっ、ハゲだ」
たまたまそこを通りかかったソラが、そんなことを口走った。
「こらソラ。いくら子供同士でもそういうことを言ってはいけないよ」
「でもハゲ……。あっ、朝日が反射してまぶしいですね?」
「いやケンカを売り直せと言ってるんじゃない」
俺は再度注意しようとした。どうして子供はこう悪い言葉ばかり覚えてしまうのか――。
「やあソラ。やはりここにいましたね」
不意に。少年の口からそんな言葉が飛び出た。
俺は驚いてソラと少年を交互に見比べる。
「あれ? ソラ、この子と友達だったのかい?」
「違うよ。ハゲはハゲ。それでケチ」
「いやだから、そんな呼び方は……。…………ん?」
ハゲ。ケチ。…………え? その呼び方って……。
「寺院から逃げ出して方々を遊び回ってると思ったら……意外とヴァンサンカン領から離れませんでしたね。そんなにここのトメイトウ料理が気に入ったのですか?」
寺院。それにソラがヴァンサンカン領に来たそもそもの目的を知っている。そしてケチでハゲ。まさか。まさかッ……!
「初めましてヴァンサンカン伯爵。私はテポーンと申します。そこにいるワルガキの、師匠です」
糸目の奥で、ぞろりと特異な光が蠢いた気がした……。
一万階の塔だなんて。さらにはそれをシリーズ『1』と『2』あわせて二度も攻略するプレイヤーなんているはずがないですよ常識的に考えて……。




