第百十三話 美男、ヴィーナス、美の祭典!(後編)
「……あの人たち、何で止まってんの……? Φ_廿」
文字通り。深族とエルフの大通りでの対峙は、当人たちだけでなく道行く人々の時をも止めたようだった。
どっちを向いても美の結晶。まるで桃源郷の天女たちの会合を垣間見せられているような、現実離れした光景がそこにある。
「わ、わからん……。一体何をしているんだ……?」
頭の回らぬ俺もまた、見とれる観衆たちの一部に溶け込みつつあった。
共に二度見不可避の美しさを誇示しながら、両種族の性質は真逆。
シャープでダークで反逆的な妖美の深族に対し、柔和で朗らかで調和的な明媚のエルフ。ゴスロリと甘ロリ。それがまるで対抗するみたいに一列に並べば、世の光と闇もまたそこで線引きされる。
「エルフと深族って仲悪かったんだったか……?」
エルフと仲が悪いのはドワーフのはずだ。ドワーフの武骨で鉱石臭いところが、ハイソで清浄な樹上生活を送るエルフたちには気に入らないらしい。深族もまた、誰が苦手とかそういうのはなかったはず……。
しかし今、両者から漂う気配はあからさまな対立。対抗心だった。お互いがお互いをしげしげと眺め――しかしそこには値踏みする意図が隠しようもなく滲み出ている。
誰かが言った。
「す、すごい。美しすぎるわ……。ねえ、どっちがいいと思う?」
「そんなこと急に言われても……すぐには決められねえよ……」
その会話に俺ははっとなった。
そ、そうか。これは……オシャレ対決をしているんだ!
エルフは見た目通りツンと澄ました美意識の塊。対する深族は、当初は「これが何かって……ただのパジャマだが?」という無自覚無双スタイルだったのが、王国人がしきりに誉めそやすせいで自分たちのイケてる具合を自覚しつつある。
そこで出会ってしまった、匹敵し得る相手。
深族の中心にいるのはベルゼヴィータの母グレモリー夫人だ。彼女がここにいる理由は、恐らく黒シルクの新商品を商会に売り込みに来たのだろう。本人的にはわざわざ手で持っていくのが面倒だから直に着て町に下りてくるらしいのだが、人間側からした反則レベルのプロモーション。無論、自信作であることは間違いない。
対するロウレールも、傍系とはいえ王に連なる家柄。久しぶりに本来のふわふわ衣装に戻れて、自分たちの美意識を満たせていたことだろう。
そんな支配階級がフル装備状態で向かい合ってしまえば、これはもう深族とエルフの種族代表戦やむなし……!
「あら……そこにいらっしゃるのは英雄様ではありませんか」
「まあ……伯爵、そこにいらしたのですね?」
うっ!?
グレモリー夫人とロウレール閣下。二人の極上の流し目が、天使と悪魔の眼のように光った。
両種族はお互いのセンスを品定めしていたようだったが、趣を異にしながらも決定的なジャッジは出なかったのだろう。
そんな拮抗状態で目をつけられた男が何を求められるか、さすがの俺でもわかる……!
『この際ですから英雄様/伯爵にどちらが美しいかを選んで――』
「い、いやあどちらも何と美しい姿だろう! これはわたし一人の意見で差異をつけてしまっては失礼にあたるなあ!」
俺は必死の予防線を張った。だが、二人の女性からの優雅な眼差しはそよとも動かない。こわっ!?
それでも苦し紛れの防衛線を構築するしかない。誰かたすけて!
「あっ、あー、そうだ! いっそファッションショーを開いて町の人たちに人気投票してもらうというのはどうかなあ! 一人の意見より大勢の意見の方が説得力あると思うなあ!」
「――気に入ったッ!」
晴れ空を突き抜けるような澄み切った声が、俺のヤケクソ発言を天へと運び去っていった。
驚いてそちらに首を振れば、ミニスカメイド服のユングレリオ陛下とルーガをギャラリーの中に見つける。どちらも新聞記者のようにメモ帳を手にしており、どうやら師弟揃ってこの美しすぎる交通妨害を見物していたらしい。
「この勝負、メイドギルド長のボクが預かった! 時と場所はこちらで提供する。それまで両者矛を収めよ! そう待たせる気はない!」
堂々と言い切った声に、野次馬たちはたちまちどよめきに包まれた。ファッションショーという言葉は知らずとも、この美しさを主題としたイベントが開催されることは容易に察せられる。娯楽に飢えた町人たちから否定の声は一切なかった。
「面白そうですわね」
「わたしも異論ありません」
グレモリー夫人とロウレールが承諾したことで、急遽、世界初の深族対エルフのファッション対決が、わーくにで決まってしまったのだった!
「こいつら何でそんなことで争ってんの……Φ_廿」
スノーカインは賢いなぁ……。
※
委細ぶっ飛ばして当日!
会場には、真上から見ると長大なTの字になる舞台が置かれている。
このTの両袖部分から同時に一人ずつモデルが入っていき、一本通路――いわゆるキャットウォークの部分を二人で練り歩いて観客にアッピルするという、直接対決を意識した舞台設定だ。
テーマは「黒と白」。会場の外装もそれを意識したモダンな柄で飾られている。
わずか二日でこのステージが組まれたのには、遣り手と評判のヴァンサンカン屋敷メイド長の発案に、金の臭いを嗅ぎつけた商工会ギルドが全力で乗っかった結果である。
俺も、ファッションショーについてかすかに知っている手前、意見を出したものの、大半はユングレリオ陛下のアイデア。対決用ステージも彼の発案だ。ホントこの人、うちに来てから活躍しかしてねえな……。
そして現在、俺はT字ステージに建てられた壁の裏側、控えスペース的なところにいる。
えー、実況のヴァンサンカン伯爵です! 緊張感と対抗意識が半端ないです!
舞台への入口が左右の端なため、両者の距離は離れているものの。それでも膨れ上がったパワーがお互いの中間で押し合っている。
これ、後々両種族の遺恨とかになったりしないよな? もしそうなったら俺の立場は歴史的規模でヤバイのだが……。
「観客の皆さま、本日は美の祭典にようこそおいでくださいました。メイドギルド長のユングレリオが、心より御礼申し上げます」
開幕の挨拶を務めるのはユングレリオ。元王様だけあって黒山の人だかりを前のスピーチも堂に入っている。
「キャー、メイド長可愛すぎる~!」
「オレ、金持ちになったらギルドからあんなメイドさんを雇うんだ……!」
「くそう! 伯爵様くそう!」
男性陣は元より女性陣からも熱烈なラブコールが飛び交う。ついでに俺への不満も混じっているようだが……なんでや関係ないやろ!
「本日のテーマは“黒と白”。幸運な方々は先日町でご覧になったでしょうが、深族とエルフというとても美しい方々による美の直接対決でございます。けれど、メインイベントの前に、まずは皆様の緊張をほぐす前座をご用意しました。ごゆるりとお楽しみください」
ユングレリオが優雅に一礼して舞台袖に引っ込むと、町が用意した楽団が優雅な演奏を開始する。
何が始まるのかと好奇の目を舞台に集める人々の前に現れたのは――何とタマネとタガネだ。
タマネは朱色の着物。タガネも藍色の袴姿。ガチガチに緊張して右手と右足が同時に振られているタガネに対し、タマネは自由闊達、からころと下駄を鳴らしながら気ままな猫のようにキャットウォークを歩き回る。
この何とも微笑ましい光景に観客から歓声が上がった。
「わあ、可愛い~!」
「めんこいのう。めんこいのう……」
「あ、あのサムライの子が男なのか女なのかだけ教えてくれ、でないと、おれは……!」
これがユングレリオが企画した前座。ヴァンサンカン屋敷のメンバーによる、お遊戯的なファッションショーだ。
まずはこれでプログラムの進行を民衆に慣れてもらおうというのと同時に、屋敷への好感度を上げるというメイドならではの気遣いが含まれている。ありがとうメイド長!
タマネが愛想よく手を振りながら退場すると、次に入ってきたのはオーメルンとルーガという異色のコンビ。いや、うちの屋敷(の一部)ではいまやこの二人はある種の定番なんだそうだ……。
「ちょ、ちょっとこれって……!?」
「ウソでしょ、こんな……!?」
「あのポニテの子が男の子なのか女の子なのかだけでも……お、お願いしますゥゥゥッ……!」
人々から上がるどよめき。
オーメルンは余所行きのシャツと半ズボン姿で、ポニテにしたルーガも同じ格好をしていた。
オーメルンも十分美少年なれど、ルーガはより中性的で神秘的な愛らしさがある。それが男の子の服装で出てきたのだから、さっきのタガネ以上に会場は混乱することになった。
親に連れられてきた子供――特に男児諸君の中にも、呆然とルーガを見つめる子たちがいる。あの、これがきっかけで変な扉が開くとか、そういうことないですよね……?
ちなみにオーメルンは最初渋っていたのだが、“ある条件”により参加を承諾してくれた。ルーガと揃ってクールに通路を歩き、観客たちから拍手喝采を受ける。
「オーメルン君!」
「カッコイイよー!」
あ、ジプシー・ヒーラーのお姉さんたちも来てくれている。オーメルンがちょっと照れているのが遠目にもわかる。ちょっとだけ手を振り返すツンデレムーブに、お客さんたちも大喜びだ。
続いて出番となったのは、我が娘アークエンデとベルゼヴィータ。
この時、アークエンデは白を基調とした清楚なワンピースを着ていた。ベルゼヴィータはもちろん黒シルク。この二人の配色はこれから始まる白黒対決の前哨戦でもあった。
しかし二人はステージで合流すると、微笑みあって互いに手を繋ぐ。
そして仲睦まじく通路を歩き、人々に手を振ってアピールしだしたのだ。
町民とも頻繁に交流し、たまに上空を飛んでいるところが目撃されるアークエンデの人気はこれまでの出演者の中でも一番だった。ベルゼヴィータも黒シルクを町に初めて持ち込んだ黒いお姫様として知られており、並び歩く二人への歓声はいつまでも鳴りやまないほどだった。
「……!」
控えスペースから会場の賑わいを観察していた深族とエルフの両陣営に、はっとしたような顔が浮かぶのを俺は見逃さなかった。壇上の二人は白と黒の戦いを表している。だが、そんな少女たちの様子は。
二種族の表情が意味するものを俺が知るのは、少したってからだった。
それよりも今は……。
アークエンデとベルゼヴィータというある意味最高のカードを切った後、前座を締める最後の出演者に注目が集まる。
それは!
――伯爵だよ。
う、ウソだろ。こ、こんなことが、こんなことが許されていいのか?
参加を渋るオーメルンにユングレリオが言った殺し文句が「伯爵も出す」だった。
いやダメだろ。絶対ダメだろ。よりによって何で俺? まだ外面完璧イケメンのバスティーユを歩かせた方がサマになる。
さすがにこれは陛下の悪ノリだ。好評なはずがない。だがここまで来たらもうやるしかない。せめて笑いものにしてくれ。ここまで温まった会場を冷やす醜態だけは晒したくない。
そして俺は、出演た。
立ち姿が凡庸とか歩き方が普通とか散々ユングレリオに教育された結果、仕草だけはそれっぽくすることができた。せめて半端なことだけはすまいと、颯爽と通路に走り込んだのだが――。
「伯爵! 伯爵だ!!」
「きゃあああ、伯爵様よ!」
「ウオオオオオオ!!! ヴァンサンカン! ヴァンサンカン!!」
怒号じみた歓声が、俺を迎えた。
無論、本当に怒っているわけではない。歓迎されている。だが今までの黄色い声援と違って、やたら太い。
この予想外すぎる反応に俺はビビった。声量で言えばエンデ・ベルゼ組を超えている。何でただの領主が人気あんだよ……!
しかも絶叫しているのは主に男性、それもまだ独身っぽい若者たちが中心だ。一体なぜ、そこに支持層が……?
ともあれ、俺は陛下仕込みの偉そうウォークで通路を練り歩く。
「ヴァンサンカン! ヴァンサンカン!(゜∀゜)」
あっ、夢中で絶叫してる人たちの中にシノホルン司祭がいる!
何をやってるんだあの人は……。一人で来ているようだが、教会と領主の癒着が疑われたりしないだろうな……。
「伯爵様、素敵なドレスを町にありがとうございます!」
「メイドさん、メイドさんをうちに……!」
「トメイトオー!!」
「くそう! くそう!」
熱狂的な歓声が俺を包む。だがあまりにもまとまりがなく聞き取りにくい。
ヴァンサンカン伯爵は町でどういう評価を受けているんだ……?
それでも俺が無事キャットウォークから戻ると、そこに待つのはメイド姿のユングレリオ。
上出来だと言わんばかりの小生意気な笑みを見せる彼と手を取り合い、民衆に向けて一礼する。ここまでが予定通りのプログラム。観客からは盛大な拍手が贈られた。
な、成し遂げた。なんかものすごく予想外だったが……評判は悪くはなかったから、いいか。
さあ、いよいよここからが本番だ。
どんちゃん騒ぎの様相を呈していた会場に、優雅で神秘的な楽曲が注入される。
商工会ギルドや新聞社が宣伝しまくったせいで、この対決の期待度は抜群。あの大通りでの対峙はすでに町の伝説になっているという。
どれだけ熾烈なバトルが開始されるのか。固唾を飲んで見守る人々の前に、それぞれの勝負服を身に着けた深族とエルフの先鋒が現れた……。
だが。
彼女たちは舞台の上で合流するなり、お互いに優雅な種族の一礼を交わした。
反目するどころか、礼を尽くした恭しい仕草だった。
『…………!!』
これは……まったく予定にないことだった。
両者のプライドがバチバチなことは自明だった。会場入りを見守ったスタッフも、そして民衆でさえその気配を感じ取っていた。
しかし、これが彼女たちの答え。
どちらが上かという競争心は今はなく。ただお互いの美意識に敬意を払う、誇り高い姿勢だけがそこにあった。
エルフ側の一番手は、ロウレールの侍女で一番美人だというアーシュ。そして深族側は、ベルゼヴィータの妹でリリスという黒髪ロングの少女だ。
結構挑発的で大胆な性格の――いずれどこかで話す機会があるかもしれないが――女の子なのだが、二人は互いを尊重しあうように、しかし堂々と通路を歩き、その先端で手を取り合って観衆に一礼してみせた。
さっきまでバカ騒ぎに陥っていた人々からは、別世界のような神秘性にため息しか出ない。
そうして次々に新たなモデルが現れ、黒シルクの新作を、はたまたエルフたちの伝統衣装を披露していく。
最後は、グレモリー夫人とロウレールの頂上対決。いや、もう共演と言ったほうがいいか。
もう定番となった互いの一礼から、彼女たちはもう一歩進んで、お互いに腕を組んだ。エスコートし合いながらのランウェイ・ウォーキングは、美の女神が人々に教えを授けに来たようにすら見えた。
自分の出番が終わって以来、舞台裏からしきりにメモを取っていたルーガも、この時ついに手を止める。
体の末端まで充溢した彼女たちの美意識は、文字で表せるものではなかった。素直な感受性のみが、それを捉えることを許されるのだろう。
そうしてあまりにも圧倒的で深長な耽美の世界を見せつけ、史上初の深族エルフ共演の祭典は終わった――。
※
優雅な笑い声が屋敷の庭園から聞こえてきている。
ふとそちらに足を向けてみれば、東屋のテーブルで小さなお茶会を開いているのはロウレールとグレモリー夫人だ。
他にも深族とエルフたちが、別々のテーブルを囲み談笑している。
〈第一次美神戦争〉(後に商工会ギルドが命名)以来、両種族はすっかり仲良しになってしまった。元々好みが違うだけでセンスの高さは同等。一旦打ち解ければ、交流に大した障害はなかったのだろう。
我が家はすっかり、深族とエルフの貴重な社交場と化していた。
「あの人たちなんで仲良くなってんの……Φ_廿」
終始振り回された側としては、スノーカインの言葉もわからないではない。だが、
「その方がいいと思ったんだ」
「でも何も解決してない」
「そうだな……。でも、俺もこれでよかったと思うよ」
「どうして……」
独りごとのように漏れた不満の言葉は、かすかな戸惑いを含んでいた。
「地上にいるのは、みな邪悪な種族のはずなのに」
ちらと盗み見た彼女は、ロウレールたちを茫洋とした瞳のまま、しかし片時も離さずに見つめていた。
ヴァンサンカン屋敷では世界の法則が乱れる!




