第百八話 ヒール、放る、HELL
目くらましだった狼煙の壁も、騎翅の背から鳥瞰すれば単なる地表の染みにすぎない。
イルスター本陣を離れた俺たちはすぐさま戦場の全体図を確認した。
前方に反乱分子の拠点である廃村。その手前左方向に小さな森が見える。
ピンク色の怪物や首無し像の残党は確認できない。が、森の入り口に多くの人影が集まっているのがわかった。イルスターの攻撃部隊かと思い、空からこっそり近づいてみると、違う。
「ギャハハハハ! どうした天下のイルスター騎士様が森の中でかくれんぼか!?」
「ビビってないで出てこいよ! そこじゃご自慢の槍も使えないだろ!」
「それともチビっちまってズボンの洗濯中か!」
言いたい放題煽りまくっているのは服装に統一感のない野盗然とした男たちだ。口振りからもあれは今回の賊軍と見て間違いない。
今回の小競り合いの首謀者は、辺境貴族のドラ息子ということらしい。まともな部下など持っていないだろうから、あれらは金で集められたゴロツキや傭兵だ。
こんな少数で国に立てつくなんてバカなことを貴族がするのかと大変疑問に思うところだが、バスティーユ曰く、「辺境に近いほど、こんなアホが本当に実在していいのかと思うような貴族が無駄に権力を持っている」のだそうだ。
それでも世の中破滅せずに回っているのだから、人間もかなりしぶとい。
というわけで、ひとまず。
「ぶちかませ!」
ドグシャア!!
俺の指示貫徹。勢いよく降下した騎翅の衝撃波により、絶好調だった賊軍の皆さんははごろもフーズを体で表現するかのように盛大に跳ね飛んだ。
「イルスター騎士団だ! 運よく生き残った者はどこへなりとも逃げていけ!」
奇襲に泡を食った者たちの両耳を貫通する名乗りを上げる。
「え、援軍だと、ふざけ……!」
まだ抵抗する声が一つ沸き上がった直後、続けざまにアークエンデ、オーメルンの騎翅も地面に急速降下。またまた敵が吹っ飛んでいった。
「バ、バカ野郎、これは深族の使う大バエだ! 鉄の鎧も簡単に嚙み砕かれちまうぞ!」
「聞いてないぞこんなバケモノが騎士団にいるなんて!」
「いやだ、死にたくねえ!」
マウントで絶頂しかけていたメンタルを一瞬で真逆に転換させられ、賊軍はクモの子を散らすように逃げていった。
騎翅の衝撃で倒れたままの者もいるが、実は誰も直撃は受けていないので死んではいないだろう。気絶しているだけだ。
所詮は金や暴れたい欲求だけで小競り合いに参加していた連中。命と天秤にかけさせれば逃げ出すだろうと踏んだが、その通りになったな。
だが、こんな連中にイルスターの攻撃部隊が森に押し込まれていたというのは妙だった。何か理由があったのだろうか。そういえば、叫び散らしていた連中の中に騎翅について知ってるヤツがいたようだが……。
俺はノビている敵兵を不可視の糸で縛り上げると、森の中へと声を張り上げた。
「わたしはイルスターの援軍です! カグヨ姫に頼まれて来ました! 攻撃部隊の人たちはご無事ですか!」
すぐに反応があった。
「姫からの援軍だって?」
奥の茂みから姿を見せたのは甲冑姿の騎士二名。鎧はあちこち損傷しているし乾いた血の跡もあった。彼らの後ろには同じく疲弊した兵士たちが顔を出し、こちらの様子をうかがっている。
「こんなところで姫の名を聞くとは……って、その病人のような目の下のクマに、無駄に輝く銀髪……あなたはまさかヴァンサンカン伯爵!?」
騎士の一人が目を剥いた。どういう伝わり方だ。が、相手に知られているのはこの際助かる。
「そうだ。わたしがヴァンサンカン伯爵だ。故あってカグヨ姫に救援を頼まれた。諸君はイルスターの攻撃部隊で間違いないか?」
くたびれた背筋を騎士としての意地で直立させ、うなずいてくる騎士二人。
「現在、柳凛公が本陣で敵の奇襲攻撃を引き付けている。が、援軍を送っておいたのでそちらは無事だ。諸君らの方では何があった?」
本陣奇襲と聞いて部隊員たちは一瞬動揺したが、すぐに気を取り直してここまでの経緯を話してくれた。
「敵拠点にこもった逆賊はおよそ二百。陣容は国境から流れてきたドワーフや獣人も少数おりますが、大半は雑兵。我らをもってすれば一蹴できるはずでした。しかし、なぜか異様な粘り強さを見せ……できた傷が瞬時に塞がったという話も耳にしています」
「なに……」
傷の再生? それに人間以外の種族も混じっているのか。さっき騎翅について叫んでいたのも他種族の仕業だったか。
「あなた方は肉塊のような怪物については見ていないか? 首のない石像を連れている可能性もある」
「見ていません。しかし、村の奥側の空から首無し盟主像が多数飛来するのを見ました」
村の反対側か……。
「わかった。それらはわたしたちが相手をする。諸君らは……まだ戦えるか?」
「無論です。姫が隣領に救援を求めたのはひとえに我らの頼りなさゆえ……。これ以上醜態を晒すわけにはいきません」
そう言い切る騎士の目には、さっきは弱まっていた闘志がはっきりと見て取れた。他の兵たちも同様に。
カグヨの姫としての信頼は相当なものがあるらしい。それとヴァンサンカンに対するライバル意識も。
「わかった。しかし無駄死にはするな。もし敵を見かけたらさっきの要領で踏み潰していくから、後始末を頼む」
ザイゴール・ヴァンサンカンという男は、擦れた盗賊の神経はしていても戦争で英雄になれる素養はない。人死にと向き合うなんてまっぴらだし、死体は視界の外に歩いて出て行ってほしいと願う小心者だ。
攻撃隊の無事を確認できたことで、俺たちは再び空へと浮上する。
敵拠点の中で人の動きが見られた。こちらの反撃が察知されたのだろう。首無し像は村の反対側から来たそうだ。どれ、何か見えるか……。
「伯爵、なんかあの村の向こう側に変な塔があるぜ!」
前方を皆で確認していると、オーメルンが大声でそんなことを伝えた。
「なに、どれだ……。あれか!」
櫓のようなものが立てられている。しかし単なる見張り台ではなく、何かもっと豪勢な魔導的な技術が用いられている様子。……そうか! さっきの騎士たちが苦戦した理由がわかったぞ。
「あれは“ヒールトーチカ”だ!」
ヒールトーチカとは、『アルカナ・クロニクル』に登場するちょっと凝った魔導錬金製の設備だ。
内政パートで拠点のそばに建設し、さらにユニットを一名配置しておくと、合戦パートで味方に広範囲回復魔法をばらまき兵士の耐久力を上げてくれる。
戦略シミュレーションでは兵士の数=攻撃力=残りHPなので、これを戦域外から回復してくれる設備は非常にデカい。不利な戦況や、武将の能力不足を補う可能性を秘めた、画期的かつ戦略的な施設なのだ――。
ウソをつくな!
確かに回復はしてくれる。だがその効果は果てしなく誤差。『クロニクル』の合戦は、強武将のゲージを溜めてレベル3必殺技をブッパが真理ということに多分プレイ開始から一時間くらいで大半の人間が気づくので、お気持ちレベルのヒールなんて何の役にも立たない。
設置する費用が無駄だし配置したヒーラーユニットが終戦まで忘れ去られるなどの事故も起こり、遅くても二周目プレイまでには完全に死にシステムとされる。
「せめて効果が三倍、あるいは配置するユニットによっては攻撃にも使えたらなあ」とやまとさんも配信で何度もぼやいていたように、夢だけをプレイヤーに与えて朽ちたあまりにも低いバベルの塔なのである。
それが敵兵の回復力の秘密……!?
イルスター軍からは村が邪魔になって見えていなかったらしい。だが、先述した通り原作でのヒールトーチカの効果は微々たるもの。傷がたちまち治っていくなんてそんな威力があるとは思えないが……。
念のためだ。俺たちは廃村を刺激しないよう迂回しつつ、まずはそのヒールトーチカを攻略することにした。
異変は、近づいてから気づいた。
「何だあれ……?」
ヒールトーチカは木組みの塔のような形をしていて、最上部が展望台となって周囲を見渡せるようになっている。そこに物々しい鉄格子がはまっていた。落下防止のためのものかとも思ったが、もう一つ。その塔には脱出路がなかった。塔の脇には明らかに人の手によって外された長梯子が置いてある。これは……逃げられないようにしてある――?
俺は奇妙に思って塔へと騎翅を寄せた。
途端、膨れ上がる悲鳴!
「きゃああああ! バ、バケモノ!」
「食べないで!」
「た、助けてください……命ばかりは……」
……!!?
見れば、中にいるのは女性ばかりだ。皆一様に頭巾をかぶり、口元にはスカーフ。ポンチョ風の外套には異国情緒のある模様が描かれている。
頭巾の方に何かマークがついていた。三日月と、それに絡み合う二匹の蛇……?
「お父様! あの方々、“ジプシー・ヒーラー”ですわ!」
近くに降りてきたアークエンデが、驚きと共に彼女らの正体について明かしてくれた。
ジプシー・ヒーラー……!
それは流浪のヒーラー集団だ。遍歴医団とも呼ばれ、国境なき医師団と流浪民を掛け合わせたような特殊な性質を持っている。
『アルカナ・クロニクル』では月の始めの内政パートに拠点を訪れ、減っていた兵士を補充してくれるという突発的良性イベントがある。
また、眼鏡主人公とソラが活躍する『アルカナ・アルカディア2』でも医団が騎士団を訪れ、主人公に回復術を授けてくれるというエピソードがある。浅黒い肌に魅惑的な肢体、エキゾチックなパープルの髪とあって、メインキャラを張ることはなくともファンの多い名脇役たちだった。
その彼女たちが、こぞってここに押し込まれているということは……。
そうか、一人では大した効果が見込めないから、大勢ぶち込んでその問題を補っているということか! この野郎、やまとさんたちが一生解決できずに苦しんだ欠点を力技なんかで正解しやがって!
「みな、落ち着いて! わたしはヴァンサンカン伯爵だ!」
そんな憤りを抑えつつ、俺は極めて冷静にそのことを彼女たちへと伝えた。
「ヴァンサンカン伯爵……!?」
さっきとは異なるざわめきが彼女たちの間を巡る。お互いに交わす視線には恐怖とは異なる戸惑いが見て取れた。
「本当に、あのヴァンサンカン伯爵なのですか?」
ややあって一人の女性が鉄格子の近くへと歩み出た。
すらりとした長身、品格ある物腰からして彼女たちのリーダーのようだ。そして衣類から除く切れ長の目は、そこから美しい素顔を連想せずにはいられないほど綺麗だった。
「“あの”が何を指すのかわからないが、本物のヴァンサンカン伯爵だ。わけあってこの戦闘に参加している。君たちはジプシー・ヒーラーのようだが……なぜここに?」
わっ、と歓声が上がった。抱き合う者、泣き出す者までいる。なんだなんだ? どうしたんだ?
「ああ、こんなことがあるなんて……! 伯爵様、わたくしどもは“ロンギヌス高地”から逃れ、ヴァンサンカン領に保護してもらいに行こうとしていたところなのです」
「えっ、うちに保護を……?」
ジプシー・ヒーラーは王国内を旅しながら各地のケガ人や病人を救っている。すべての関所をスルーパスする特権を有し、領主も喜んでこれをもてなす。
だが保護という言い回しはいかにも示唆的だった。彼女たちがいれば領地の健康状態は劇的に向上するため、手元に置きたがる為政者は多い。が、それは国の統治法で固く禁じられている。医療団が旅をするのは彼女たちが古くから受け継ぐ信念。また一人の領主による独占も許されない。
それが名指しで保護を求めに来るとは。
それに物騒な地名も一緒に聞こえたぞ……。
「避難の途中、賊に捕まってしまい、ここから回復魔法を使うよう脅されていました。戦闘が始まってもう助かる見込みはないと覚悟していましたが……。伯爵様、わたくしどもに戦う意思はありません。どうかお慈悲を……」
深々と首を垂れる女性に、俺はすぐさまうなずいていた。
「もちろんです。こんな逃げ場のない地獄のようなところに押し込まれて、さぞ怖かったでしょう。わたし――ザイゴール・ヴァンサンカンの名において、あなた方を我が領で保護しましょう」
再び上がる歓声。その素直な喜びようから、彼女らがどれだけ心細い思いをしたかがわかる。
ヒールトーチカには貴重なヒーラーが使われる。まず第一に彼ら彼女らの安全、そして退路が確保されて然るべきなのだ。それを、こんな牢屋のような場所に押し込むとは……。いよいよもって今回の首謀者の度し難さが浮き彫りになる。
だがこれで敵軍の謎の回復力は途絶えた。イルスターの攻撃隊も思う存分暴れられるはずだ。
「オーメルン、ソラ。二人は彼女たちをつれてここから避難しててくれ。さっき逃げてった連中に見つかると厄介だからな」
「わかったぜ伯爵」
「りょーかい」
彼らの乗る騎翅もそのまま護衛につける。これで守りは盤石だろう。
オーメルンが梯子をかけて彼女たちの脱出路を拓くと、降りてきたおねーさんたちからたちまち「ありがとう!」と熱い抱擁で感謝を示されていた。設定画集によるとジプシー・ヒーラーは皆、セクシーでエキゾチックな美女揃いらしい。
こんな子供の時期からこんないい思いして……オーメルン、おまえが主人公だ!
「パパ」
くい、と肩をつままれ、俺は肩越しに相手を見た。
「どうしたスノーカイン?」
「あっちからイクシードの気配がする……」
ヒールトーチカがあった場所よりもさらに先を指さし、スノーカインが目を細める。
一見して何の変哲もない平原。だが、彼女が言うのならば間違いない。
「わかった。では……俺たちの戦場へ向かおう」
昔、見境なき絵師団という言葉がありましたが、昨今の海外ファンアート(ミクとかジャンプ作品とか)を見るに確実に拡大している……。




