第百一話 会議は踊り、怪奇は寝てる(前編)
滅茶苦茶長い説明回になってしまったので、途中で無理やり切っています。
本当にぶつ切りにしたので大変構成が悪いです。許してください! 何でも許してください!(傲慢)
何が起きたのか誰か説明してくれよぉ!
それが恐らくあの場にいたすべての者の心情だったと思う。
調査のために立ち入った墜落現場。靄の中にまぎれていた煉界人たちの魂。その奥にいた少女。煉界の氾濫。そして少女の現出。すべてはごく短時間のうちに超過密状態で発生したイベントであり、うち、煉界人たちを知覚できない仲間たちにとっては天変地異の結末だったろう。
そして、今。
彼女は俺の部屋のベッドの上にいるのです……。
※
「なるほど。そんな事情が……」
ここはヴァンサンカン屋敷の応接間。事の顛末を聞き終えたハイペストン家長子のフォラスは、好奇心よりも圧倒的情報量を担ぎ疲れた顔で、深いため息をついた。
「何もかも信じがたいことばかりですが、これを飲み下せというのがヒトに与えられた知性というものでしょう。了解です」
さっきお茶のおかわりを運んできたメイド実習生が、廊下に出るなり「ま、魔ショタアアアアア! アアアアアア!」と奇声を上げながら走り去っていった。客人の前で我慢できたのは偉い。
そんなやはりメイドさん直撃の美ショタである彼がなぜ、山を下りてうちの屋敷に来ているのか? そしてなぜ、前回のあの場面からいきなり我が家にシーンが飛んでいるのか?
単純な話――現場からここまで直帰したからだ。
煉界船の指揮官だったスノーカインをつれてハイペストン家の屋敷に戻ることはできなかった。ベルゼヴィータや、フォラスまでならまだギリ説得できたかもしれない。しかし、その他の人々を抑えきれる自信はない。
しかしさすがにすべてを伏したままにはできないので、煉界船研究の当事者だったフォラスに事情を話し、ご足労いただいているというわけだ。
今現在この応接間にいるのは、俺、マスカレーダとエクリーフ、フォラスとベルゼヴィータの四人。子供たちには申し訳ないが「外で遊んでおいで」と無理やり屋敷の外に追い出している。遊ぶ気なんて微塵もしないことは重々承知しているが。
「……まず、ややこしいので呼び方を統一しましょうか。我々は煉界に落ちた死者たちをまとめて煉界人と呼び、死霊も亡霊もいっしょくたです。しかし、そのスノーカインなる人物は違うのですね?」
「ああ」俺はうなずき、「彼女たちは“死んではいない”。生きたまま煉界の環境に適応するために肉体を捨てた状態らしい」と聞き知った内容を打ち明ける。
焼かれる肉体を捨てることで熱さや渇きから逃れ、そして同時に不老に近い存在になったのかもしれない。煉界人たちは神話から生き続けている。しかし……。
「死んではいないが、精神も無事というわけではなさそうだった。信念や決意だけが残っているような……よく、“この不思議な剣には勇者の魂が宿っている”みたいな言い回しをするだろう? ああいう存在にまで先鋭化してしまっている感じがする」
「ふむ……。エルフの巫女が、一時的に肉体という狭い器から出て“精神体”という状態になれると聞いたことがあります。それに近いのかもしれません。それなら確かに彼らは煉界で生きる住人と言えそうです。よって今後は、彼ら不明の第七種を煉界人と呼び、それ以外の本来の死者などについては死霊や亡者としてはっきり区別しましょう」
首無しセルガイア像にとりついていたやつも今後は悪霊扱いだ。煉界に住む、生きた人類。それが煉界人。その場にいる全員がこの認識を共有した。
「それで、その煉界人の少女は今どこに?」
フォラスが話を続ける。
「わたしの部屋にいる。ベッドの上が気に入った……のかどうかはわからないが、そこでおとなしくしているようだ。帰れなくなったことがショックだったのか、あれから何も話してくれなくなってしまったが……」
一つ、スノーカインの今の状態について説明しておかないといけない。
彼女は、見える幽霊というのがぴったりな状況だった。姿は誰にでも見え、そして声も聴ける。ただ俺以外が触れることはできなかった。そしてその容姿もよく見ると薄っすら透けている。正に幽霊、よくて精霊だ。
「彼女が可視化されたことと煉界に戻れなくなったことは繋がっているのでしょう。恐らく、霊的な状態から人に近くなってしまったんだ。しかしその原因については?」
「わからない。あの時、彼女のまわりで起こったことを挙げておくと、函に大量のミアズマを獲得した、その函は彼女の手を離れて他の煉界人たちと一緒に地下へと帰っていった、それくらいだ」
「もう一つ」と、それまで黙って聞いていたベルゼヴィータが声をはさむ。
「伯爵さんが、あの娘を抱き上げていた」
全員の視線がじっとりと俺に集まる。
「えっ、い、いや、俺は何も……。もしそれが関係しているなら、もっと前の段階から姿が見えていたはずだろう?」
「そうか、卿がその少女と直に接触したのは、あの地面からの異様な現象の直後からだったか……」
マスカレーダが思い出したようにうなずく。
そう。俺が触ったのが原因ならもっと前から彼女は顕現していた。俺は悪くない……はず。
「そう言えば、あの時の災害的な現象を卿はすぐさま“氾濫”と呼んでいたな。それはなぜだ? 事前にあれのことを知っていたのか?」
すっと目を細め、追及するような声音を向けてくるマスカレーダ。うっ……。さすがは教会の実行機関だけあって、細かいところを突いてくる。ちなみにだが、『アルカナ・クロニクル』で武力トップクラスの武将であるマスカレーダは、ラストバトルにてイクシードを削る脳筋ユニットの第一候補になる。それと引き換えに彼女の部隊総兵数一千は壊滅状態となってしまうが……。
まさかその恨みからではあるまいが、答えに窮した俺に、マスカレーダは一層鋭い眼差しを寄越した。
イクシードという呼称はスノーカインも使っている。もしそれがバレたらより厄介なことになる。ここは盗賊特有の二枚舌を使うしかない。
「あれは……すまないが、咄嗟に出た単語だったんだ。見るからにそうとしか思えなかったから……」
「む……そうだったか。確かにあれは地面からあふれ出たと表現するのが一番だった。変なことを聞いてすまない。少し神経が過敏になっているらしい」
「いや、いいんだ――」
「でも、伯爵さんは、あれの意志を読み取れたのよね?」
穏便に済ませようとした俺の言葉を、じっとりとした声が追いかけてきた。今度はベルゼヴィータ。事が事だけに、彼女の態度もいつになく厳しい。
「確かに~。何だかいろいろと、あの女の子と通じ合ってる感じはするわね~」
エクリーフが放った援護の矢は、明らかに俺を追い詰めて楽しむ気配があった。この人は……。
だが、俺が都合よく物事の中心にいすぎるのも事実。ここは一つ、腹を括るしかないか。
「実は、俺は過去に一度死にかけたことがあるんだ。九死に一生を得たというより、十二死から余った一生を拾ったというくらい、絶対的な死からの復活だった。家族や友人たちが北の山に住む魔竜の血から薬を作ってくれて……」
「む……」
「あらあら、まあまあ~」
黄泉帰りを悪とする教団の美人姉妹二人が小さく身じろぎし、逆に無反応なのはハイペストン家の二人。ベルゼヴィータたちはほぼ当事者なのだから当たり前だ。
「あの時俺は、本当に一度死んだんだと思う。目の下に残ってるクマは一種の死斑なんじゃないかな。竜の血の秘薬で今は元気全開だけど……。一度煉界に片足を突っ込んだ身だから、スノーカインや煉界人たちの存在を感じ取れるのかもしれない」
『…………』
しかし返ってきたのは予想外の沈黙。
「えっ。何その疑わしげな目は。いや他に理由ある? これ以上ないほど説得力のある原因だと思うんだが……」
「いや……」
マスカレーダが少し困った様子で目をそらす。
「卿のまわりには器量のいい若い娘がやたら集まってくるので、なんかそういう都合のいい補正でも持ってるのかと……」
「おいィ!?」
何が都合がいいだ! 若い子が多いのはアークエンデの世代に繋がる人物だからで、補正を持ってるのはむしろあっちだろ!
「違ったのね~」
「意外でした」
「まあ……それならそれでいいわ」
全員から疑われていた!? ベルゼヴィータからすらも!?
「話を戻すと、伯爵殿がスノーカインから煉界の幻を見たというのもそのあたりが理由なわけでしょうね……」
気を取り直し、再び会議を前に進めるフォラス。
マスカレーダも気難しい顔で腕組みをし、
「無窮の熱砂と熱風。死者たちの灰で埋もれた遺跡めいた何かに、かすかに残った箱舟の残骸か……。よもや観念でしか知らない煉界の姿を、こうも生々しく聞かされる日が来るとはな……」
その場の全員が、同意するように深くため息をつく。いや、一人だけ……。
「すごい発見ですわこれ~! 盟主以外で煉界を見た者なんていないんですから~! 聖本に書かれている内容とはだいぶ違いがありますね~。遺跡って何~。神様のものかしら~。空が塞がっているのはやっぱり地底にあるから~? ああもうバッチリわたしの名前で記録して聖庁から禁書指定されなきゃ~」
「頼むからやめろ……」
呑気に探求心を丸出しにするお姉ちゃんに、妹は辛抱強くそう言しかない。ああ、こういうウッキウキな人がいると会議は踊りそうだ。悲観的にならないのもいいかもしれないが。
「それで結局、何であいつらはまた地上に現れたの? 船は粉々にしてやったのに」
今度はベルゼヴィータからの質問が議場に放られる。さっきの態度といい、今日の彼女は珍しく気が立っているようだ。
「ミアズマを集めに来ていた、と考えるのが妥当だと思う」
俺の解答に皆の視線が集まる傍らで、「例の函ですね」とフォラスがローテーブルの上に一枚のイラストを置いた。
それは俺が彼に頼んで書き起こしてもらった函のスケッチだった。かなりうろ覚えだが盗賊脳にフル活動してもらって何とか再現してもらった。そのプロばりの美麗スケッチを見て、しかし先に驚きの声を漏らしたのはフォラスの方だった。
「表面にある発光模様は、魔導錬金術の“深層連結回路”という高度な技術に酷似しています。あるエネルギーを別の用途へと転化するものです。しかしこれは我々が敷設しようとすれば、用途にかかわらず神殿サイズのキャンバスが必要になります」
建物一個分の装置を手のひらサイズに。さらに言うなら、そのナントカ回路は既存の技術。現行人類が全然小型化できないでいるものをここまで圧縮してみせているのだ。相当な技術力の差がある。
それをもってして彼らは煉界で生き延びた。地獄で生き残る技術力て、どんなだよ。
だがもはやそれもほぼ失われた。残っているのはほんの少しの道具のみだ。
「あのスノーカインが掲げていた函は、ミアズマを吸って煉界人たちの体を回復する。氾濫を抑える力もあった。生命維持装置……と言えるのかもしれない。だから煉界人がたびたびミアズマの濃い深族のテリトリーに現れていたのも、復讐は確かにあったんだろうけど、ミアズマの回収も任務の一つだったんじゃないかと思うんだ」
「……一つ、合点がいったわ」
ベルゼヴィータが陰鬱そうに足を組む。
「おかしいと思っていたの。煉界船戦に挑む戦士の力量には毎回ばらつきがあったのに、どうして必ず撃退できていたのか。あれは……撃退ではなかったのね。ある程度のダメージは与えたのでしょうけど、むこうはもう一つの目的、ミアズマの回収を達成したから帰還していたのだわ。わたしたちは、命懸けで、それだけのことしかできていなかった……」
黒い少女のかすかに震える声。その美しい兄も目を伏せる。が、
「いや、それでも十分に立派な戦果だ」
女聖騎士の凛とした一言がそこに重なった。
「敵の侵攻をくじき、民と土地を守る。それが剣を取って戦う者の最高の誉れだ。相手を滅亡せしむるは戦士ではなく政治家の仕事。卿らは誇るべき大役を果たした。我ら人間も知らずそれに助けられてきた。胸を張ってくれ」
俺もエクリーフも、深族の二人に向けてうなずいてみせる。
もし彼らの必死の抵抗がなければ、煉界船はそのまま地上への復讐を敢行していたに違いない。深族の戦士が世界の防波堤となってくれたことは揺るぎようのない事実なのだ。
「でも、伯爵様の見た幻が真実だとすると、地上に現れた煉界船は箱舟そのものではなさそうですね~」
エクリーフの発言に俺ははっとなる。そうだ。煉界に置かれていた船はもはや原形をとどめていなかった。俺たちが破壊したからではなさそうだ。
「レプリカか何かかしら~。それを軍艦兼ミアズマ回収船として作り出したのかも~? でも資材なんて砂くらいしかなさそうだし~?」
「そういえば……あの煉界で見た灰。愚者の砂によく似ていた気がする」
それを聞いたフォラスがポンと手を打つ。
「なるほど、なるほど! 魂を浄化させるためすべてを焼き尽くした後の灰なら、何一つ要素を持たない物質であったとしても不思議はないですね」
「でもそれなら、煉界人はそれを加工する技術があるってことよね~。わたしたちは変化の一つも起こせなかったのに~」
「何か方法があるんですよ。愚者の砂は不可逆的な物質ではなかった。いやあ、その発想はなかったなあー!」
にわかに活気づく研究者コンビ。そのやり取りを見て、マスカレーダが呆れたように微苦笑をこぼす。
「さっきから何とも不思議な会話だな。我々も煉界人も、神話の世界に対し、畏敬や信仰ではなく学問の力で立ち向かっている」
「でしょう? だから面白いんですよ!」
「そうよ~! 今さら気づいたのマスカちゃん~!?」
「あ、ハイ……スイマセン……」
たじたじのマスカレーダ。ああ、会議で踊る人がまた一人増えてしまった。
次回に続く。
本当に申し訳ない(博士)




