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第9話・大切なもの


 キャンディさんは私をまっすぐに見据えて、言った。


「……俺、あみのことが好き。ずっと前から、あみのことが好きだった」


「え……?」

 突然の告白に息が詰まり、一瞬思考が停止する。


 好き? キャンディさんが、私を?

 

「そ、それは、私がキセキに似てるからでしょ? 好きっていうのは私のことじゃなくて、キセキにコスプレした私のことで……」

「違う」


 言い終わらないうちにきっぱりと否定され、言葉を呑む。顔を上げると、キャンディさんの真剣な眼差しに射抜かれ、動けなくなる。

 

「違うよ。俺は、キセキに似てるからあみのことを好きになったわけじゃない。……だって俺、キセキより前にあみを知ってたから」

「えっ……!?」

 目を瞠る。

「ど、どういうこと?」

「中学のとき、俺、あみに会ってるんだ」

「中学のとき……?」


 眉をひそめ、首を傾げる。


 私とキャンディさんは通っていた中学は全然違うし、住んでる場所も違う。塾にも行っていなかったし……そもそもキャンディさんほどの容姿のひとと会ったことがあれば、そうは忘れないだろう。


 ぐるぐると考えていると、キャンディさんが再び口を開いた。

 

「キセキをあみに似せたんだよ。街でたまたま見かけたあみのことが、どうしても忘れられなくて」

「私に似せた? 街で……? え、待って、どういうこと? 意味がわからないんだけど……」


 キャンディさんは一歩私に歩み寄る。

  

「すれ違いのキセキは、俺が描いてる漫画なんだよ」

「え……」

「ヒロインのキセキは、あみ自身なんだよ」

「え……?」


 意味が分からない。分からないが――次第に頭の中でぐるぐると浮かんでいた言葉たちが繋がり始める。


 すれ違いのキセキの漫画家が、キャンディさん。さらに私がヒロイン・キセキのモデル。そして、キャンディさんがキセキの作者で……。


「ええぇぇえ!?」


 混乱で大きな声が出た。キャンディさんはぎょっとして私の口を塞ぐ。

「むぐっ!? ぐー!! ぐー!!」


 高い天井いっぱいに、私の声がわんわんと響いた。


「しー! ここ、館内だから!」

 

 パニックになりながらも、私は目をぱっちりと見開いたまま硬直する。口を塞がれていることも忘れて、私はキャンディさんに訊ねた。


「へ、へも、ふぁふぁしふぁふぉんふぁひよ?」

「ま、待って待って、なに言ってるか分かんないから」


 口を塞がれたまま訊ねると、キャンディさんは苦笑混じりに手を離してくれた。口が解放され、改めて言い直す。

 

「私、そんな記憶ないよ!」

 動揺は未だに収まらない。

 

「だろうね。でも会ってるんだよ。今朝待ち合せた、あの駅前で」

「うそ……それ、いつの話?」

「中三の夏休み前かな」


 夏休み前というと、ちょうどいじめを受け始めた頃だ。

 夏休みに入るまでは学校に行っていたから、そのときどこかで会ったのだろうか。

 でも、どこで?

 まったく覚えてない。


「……ごめん、分かんない」

「だよな。会ったって言っても、すれ違っただけだし」

「え、すれ違っただけ?」


 キャンディさんが肩をすくめる。


「それなのに、私のこと覚えてたの?」

「……だから、一目惚れだったんだって。……引いた?」

 私は慌てて首を横に振った。

「……引かないよ。驚いただけ。でも、それからずっと私のこと覚えててくれてたってことだよね?」

「うん、まぁ……」


 キャンディさんは暗がりでもわかるほど頬を紅色に染めて、こっくりと頷いた。その仕草はいつもよりどこか子供っぽくて、可愛らしかった。


「うー……やば! 暑い」

 キャンディさんは恥ずかしくて堪らなくなったのか、くるっと私に背を向けて手でパタパタと顔を仰いでいる。


「うわぁ。もうなんだこれ。告白って、こんなに勇気がいるんだな……」 

「え、今の告白なの?」

「うそ、伝わってないの!?」

 キャンディさんは驚いた顔で私を振り向く。

「結構渾身の告白だったんだけど……」

 その顔はいつになく必死で、私は思わず笑いそうになるのを堪えた。


「……うそだよ」

 キャンディさんは深いため息をつく。

「もう……」

 私は、不貞腐れるキャンディさんのシャツの裾を摘んだ。


「ん?」

「……でも、話してくれて、ありがとう」

「……うん」


 あらためて向かい合うと、思ったより距離が近くて、私は恥ずかしくなって一歩下がった。

「ふふっ」

 キャンディさんにそっと手を掴まれ、どきりとする。

「!」


 キャンディさんが一歩私に寄った。

 あみ、と名前を呼ばれ顔を上げると、すごく近くにキャンディさんの顔があって、息を呑む。

 

「どこにでも連れていく。あみが行ってみたいところにも、あみがまだ知らないところにも。だから――だから、俺と付き合ってほしい」


 その声はいつもの彼らしい優しい感じはなくて、どこか縋るような、懇願するような切実さが滲んでいた。

 

 まっすぐな視線に射抜かれる。


「私も……お願いがある」

「なに? なんでも聞くよ」

 どんなことでもいいから言って、とキャンディさんが言う。


「私……ずっと、そばにいたい」

 私の言葉に、キャンディさんの目が瞠られる。


「……好き。私も、キャンディさんのこと」


 言い終わると、沈黙が落ちた。急に音量が上がったように、周囲の喧騒が大きくなる。


 いたたまれずに俯くと、キャンディさんが私の頬をすっと指先で撫でた。

「!」

「付き合ってくれる、って思っていい?」

 私は唇をきゅっと結び、こくんと頷いた。その瞬間、ぐいっと強く引き寄せられた。

「わっ!」

 私は引かれるままキャンディさんの胸に飛び込む。頬が彼の胸につき、直に体温と心音が伝わってきて、頭が真っ白になる。


「ちょ……い、いきなり」

「だって、嬉しくて」

 抗議しようと顔を上げると、キャンディさんは泣きそうな顔をして、笑っていた。つられるように私の瞳も潤んでいく。


「泣かないでよ……」

「いや、それこっちのセリフだよ」

 私たちは亀やらエイがゆうゆうと泳ぐ大水槽の前で、くすくすと小さく肩を揺らして笑い合った。


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