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第4話・仮面を被った王子さま


「…………はぁ」


 重い空気をさらに重くするため息。私は、体をベッドに投げ出して、天井をぼんやりと眺めた。


「最悪……こんなんだからいじめられるんだよ」


 自分の言葉が、どこか遠くに感じる。心と体が切り離されてしまったみたい。

 

 でも……悪いのは私をかまった茅野くんの方だ。私のことなんて放っておいてくれれば、私が茅野くんのファンのひとたちに目をつけられることもなかったし、茅野くんが責められることもなかったはずなのだから。


 そうだ。私は被害者なのだ。


 そう言い聞かせようとする自分自身に、さらに気分が沈んだ。

 クッションを抱き締めて背中を小さく丸める。


 ……どうしよう。明日から、どうしよう。またいじめられるのかな。

 また、中学のときみたいに……。


 荒波が押し寄せるように、中学の頃の記憶が私を呑み込んでいく……。



 * * *



 ――私は、ひととは違う容姿をしていた。


 銀青色の瞳に、白と緑が混ざったような色の髪。


 おばあちゃんがロシア人だった私は、日本の血よりもロシアの血の方が濃かったらしく、ハーフである母よりも人目を引く容姿をしていた。


 それが理由で、幼い頃からいじめられていた。

 特に酷くなったのは、中学三年生のときだ。


 クラスの中でも特に目立ってた女子が当時付き合っていた他クラスの男子が私を好きになったとかで、その子が振られたのが原因だった。


 私はその男子のことなど全然知らなかった。話したこともなかった。それなのに、彼氏を寝とられたとかいう根も葉もない噂を流されて、それはあっという間に学校中に拡散された。


 もともと私の容姿に反感を抱いていた子は多かったらしく、それが一気に爆発したようだった。そして、そうなったらもう、学校という場所で、私の居場所はなくなっていた。


『前々から気に入らなかったんだよね、あの子』

『いつも澄ましてる感じ、ウザイよね』

『人の男とるとか最悪じゃない?』

『性格ドブス』

『キモオタ女』

『ビッチ』


 私は、あっという間に孤立した。


 ……なんで? 私が悪いの? 私はなにもしてないのに。

 ……じゃあ、私はどうしたらよかったの?


 どこにいても、ひとりでいても、寝ていても、聞こえないはずの声がどこからか聞こえてくる気がして、たまらず耳を塞いだ。


 思い切り叫べば、自分の声でいっぱいになるかな。

 鼓膜を破れば、なにも聞こえなくなるかな。

 もういっそ、消えてしまえば……。


 当時、私は心の中でずっと叫んでいた。


『死ねよ』

『学校来んな』

『存在が邪魔なんだよ』


 クラス中、いや、学校中のさまざまな声が全部私に刺さってくるようだった。みんなが敵に思えた。


 忘れようとすればするほど、鮮明に思い出されてしまう。

 

「…………あぁ、もうやだ、やだ、やだ……」 


 コンタクトをとって、荒々しく前髪を後ろに流すと、偽りの黒髪がぱさりと床に落ちた。

 鏡に映る本来の自分の姿を見て、何度目かのため息をついたそのとき、ぶぶ、とスマホが小刻みに振動した。


 Re:STARTからの通知だ。


 ハッと息を吐く。肺に空気がドサッと入り込んできてようやく、私は息を止めていたことに気付いた。


 スマホを見ると、私の投稿によく反応をくれるフォロワーからだった。


「……あ、キャンディさんだ!」

 キャンディさんは、『AM』の私を特に推してくれているファンのひとりで、私のたったひとりの友だちでもある。

 

『キャンディ:AMさん最近低浮上気味かな?』


 そのひとことが投稿されると、ファンのみんなが賛同して、次々に私にメッセージを送ってくる。

 

『るる:AMちゃんの新作コスプレ待ってます!』

『にゃーさん:AMちゃん元気かな? のんびり更新待ってますよ』

 

「……あ。るるさんに、にゃーさんさんも」

 

 そういえば、茅野くんに正体がバレてから、一度も更新していなかったのだった。

 

『みんな、心配かけてごめんなさい。今少し立て込んでいて……落ち着いたら必ず更新します。とりあえず新しいコスのリクエスト募集箱を置いておくので、みんな、たくさん投票してください! またあのキャラのコスプレしてほしいっていうのもありです。待ってますね』と打ち込み、投稿する。


 すぐにメッセージが返ってきた。


『キャンディ:⸜( •⌄• )⸝』

『ビビ:元気でよかった! 更新楽しみ! 投票はもちろん、キセキちゃん一択!』

『きらら:投票なににしようか迷う! でもやっぱキセキちゃんかな。どれも可愛過ぎたけど、一番ハマってた!』


 フォロワーからの優しい反応に、表情がほころぶ。強ばっていた全身の力が、風船がしぼむようにゆっくりと抜けていくようだった。


 私はスマホを胸に抱き、そっと目を閉じる。


 ネットは好きだ。私の精神安定剤だ。

 ネットの中のみんなは優しい。


 本当の私がどんなかなんて詮索してこないし、ちょっと浮上しなかっただけでもすごく心配して、優しい言葉をかけてくれたりする。


 Re:STARTのみんなのメッセージを見ていたら、少しだけ心が落ち着いた。そのままネットサーフィンしていると、新たにDM通知が来た。タップして開く。


『キャンディ:心配になっちゃったからDMしちゃった。立て込んでるって言ってたけど、大丈夫?』

『AM:キャンディさん……実は今日、クラスのひとにからかわれたんだ。それで少し、気分が落ちてて』

『キャンディ:からかわれた?』

『AM:うん……学校の人気者に私がAMだってことがバレちゃって、それからずっと付きまとってくるの。ずっと、ずっと……なんかもう監視されてるみたいで、息ができないの』


 私はキャンディさんに、これまでの出来事を簡潔に説明した。言いながら、少し苦しくなった。


『キャンディ:そっか。そんなことがあったんだ。そんな気持ちになってただなんて、辛かったね』

『AM:キャンディさんだけだよ……私のこと分かってくれるの』

『キャンディ:そんなことないよ。ぼくだってAMさんが話してくれなかったら分からなかったよ』


『AM:でも、聞いてくれた。私はそれが嬉しい。私なんかの話を聞いてくれるひとなんて、ほかにはいないから』

『キャンディ:私なんかなんて言わないでよ。そんなことないよ。AMさんのことを分かってくれるひと、近くに必ずいる。それに話聞いてて思ったけど、そのひとはAMさんのことをからかってるわけじゃないんじゃないかな?』


『AM:え?』

『キャンディ:なんていうか……』

『AM:なんていうか?』


『キャンディ:……いや、なんでもないよ。とにかくそんなに落ち込まないで。AMさんの悪いところは自己否定するところと自己評価が低過ぎるところだよ。AMさんにはぼくがいるんだから。ぼくは絶対に裏切らない。絶対的にAMさんの味方だよ。それだけは忘れないで』


 キャンディさんの言葉に、思わず泣きそうになった。返信を打つ。


『AM:うん、ありがとう。あーぁ。キャンディさんと同じ学校だったらよかったのにな』

『キャンディ:推しのAMさんにそんなこと言ってもらえるとは』

『AM:ふふ。いくらでも言うよ。いつもありがとう。私、キャンディさんがいなかったら生きていけないよ』

『キャンディ:そんなことないって』

『AM:……会ってみたいな、キャンディさんに』


 送信してからハッとする。うっかり、本音が文字になってしまった。今日いろいろなことがあって、寂しかったからかもしれない。

 私のひとことを最後に、キャンディさんからの返信が途絶えてしまった。


 まずい。今のは私が悪い。ネット上の友だちに、個人的なことに踏み込むのは、いけないことだ。私は慌てて文字を打った。


『AM:ごめん、ルール違反だよね。今のはひとりごとだから気にしないで』

 すると、すぐに返信が来た。私はほっと胸を撫で下ろした。


『キャンディ:ううん。そう言ってくれて、すごく嬉しいよ。あ、もう行かなきゃ。ごめん、またね、AMさん』

『AM:うん、また』


 ネットは……キャンディさんの言葉は、私の心を穏やかにさせてくれる。優しくてあたたかくて、私を否定するような言葉は絶対に言わない。

 顔も知らないひとだけど……私はたぶん、彼のことが……。


 ベッドに寝転がり、天井を見上げる。

 と、そのとき。

 ちゃらりん、と、今度は別のSNSの通知が届いた音がする。


 でもこれは、滅多にならない音。だけど最近、少しだけ耳にするようになった音。


 RINEの通知だ。

 誰だろう、と首を傾げて、ハッとする。


 現実世界で友だちがいない私に届くのは、これまでは基本家族か公式アカウントからの広告だけだった。


 でも、最近ひとりだけ――友だち欄に増えた名前がある。


「もしかして……」


 RINEを開く。通知は、やはり彼からだった。


『茅野チトセ:さっきはごめん』


『私こそごめんなさい。ひどいこと言ってごめんなさい』

 メッセージを打っては消しを繰り返し、指先を迷わせた。


 結局なにも打てないままRINEを閉じた。そのまま電源もオフにする。


 ベッドにスマホを投げ出して目を閉じる。


「明日……学校行きたくないなぁ……」


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