過去①
大賀 鉄郎にとってそれまでは普通の人生だった。
母親が難病を患い入院するまでは、普通の家庭で特に人生を意識したことは無かった。
それは春の晴れた日で、車で母が入院する病院に向かう車内の事だった。
「お母さん直ぐよくなるよね」
まだ小学4年生になったばかりの鉄郎は最近みたアニメが病院に入院すると、
そのままあの世に母親が逝ってしまうのを見たから不安に思い、
車内で父親に不安を解消したいがために投げた言葉だった。
「あん?良くなると思うぞ」
えらくぶっきら棒に父は答え、紙たばこを取り出して密室した車内で煙草を吸い始めた。
「お父さん!車内で煙草は吸わない約束だったじゃん」
前に母親と父親が車内が臭くなるとか副流煙でとかで、煙草が吸える場所は母親が指定していた。
その際、母は口げんかの後に殴られしばらくテレビで見た幽霊みたいな人相になっていた。
それを見た父親は、殴ったのを謝りながら吸う場所は守るように約束をしていた。
「ったく、うるせいなぁ、男のガキはこれだからめんどくさい」
「えっ」
正直それまで父親とはそんなに会話をしてこなかった。
常に一方通行で、だいたい相槌を返す程度だった父親が、怒りを向けながら言われた事に動揺をした。
それまで生きてきた中で同級生の喧嘩とかで怒りを向けられたことはあったが、
大人からこのような形で怒りを向けられることは無かった。
「大賀!降りろ!」
急な話だった。
父親は車を路肩に寄せると病院まであと少しなのに自身に車から降りるように命令した。
何を言っているのか解らないので動揺して戸惑っていると父親は車から出て、
後部座先のドアを開けると、自身の腕をつかんで放り投げた。
その際、無理やりだったので少し肩を痛め、無理な態勢で放り投げられたので転んだ。
「俺の車にはうるさい奴は必要ないから、あとは自分で歩け」
「なんで!?」
ここから丘の上の病院までは凡そ、1キロ弱
歩けない距離ではないが、精神的に動揺し途方もない距離に感じた。
「おとうさん!」
「っち、うるせぇなぁ。小学3年なんだろ少しは歩け!」
違う、僕は小学4年生だと思いながら動揺し何も言い返せないでいると父親はそそくさと運転席に戻り
車を出して遥か遠くに行ってしまった。
何で?何で!?意味が解らない。
体は痛むし、気持ちは動揺しているが、母親が入院している病院には向かわないと。
そう思いながら涙が込み上げてきた。
ここから病院までは道沿いに真っ直ぐ行けばつけるし、寧ろ少し見えているのは幸いだった。
行かなきゃと思い、色々と重い体を引きずって病院に向かった。
体感2時間程だろうか、時間をかけて病院についた。
白くて大きな病院は大学病院と言うらしく一つの街のような感じだった。
本館という場所にとりあえず向かい、母親が入院している病室に向かうことにした。
ここからどうすればと考えながら歩いていると、向こう側から趣味の悪い服装の父親が歩いてきた。
「遅かったなぁ!」
「お父さん・・・。」
「ごめんなさいは?」
正直、意味が解らなかった。
自身が煙草を吸うことを指摘した程度で何でこんな目に合わないといけないのだろうか。
なんて返せば良いのか分からずに戸惑っていると、父親は頭をつかんで土下座を強要するようにした。
押し付けられた床は大理石の為か冷たく、床は固かった。
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい!」
少し多き声で言ったら周りの目が気になったのであろう父親は直ぐに手を離すと、
病院の出口に向かって歩き始めた。
「駐車場で待っているからすぐ来いよ!返事は!」
「はいっ!」
それを聞くと舌打ちして父親は病院を出て行ってしまった。
果たしてお見舞いに来たのに僕はどおすれば良いのだろうか?
何処に向かえば母親に会えるのだろうか?
それを見かねたのであろう小柄な看護師さんが、ガーゼで体を拭いてくれた。
「君は大賀 水花さんの息子さんで良いのよね?」
看護師さんは此方を拭いてくれながら優しく聞いてくれた。
僕は正直この短時間で衝撃的なことが多すぎて頷くことしかできなかった。