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 異音

 いつもの部屋。いつもの畳にいつもの姿勢。そしていつものストロング缶を一気飲みしたところだ。

ストロング缶が精神安定剤の代わりなら、睡眠導入剤の代わりである缶ビールのプルトップに指をかけたところで、むすっと起き上がった。


涼介は嫌に静かな部屋が気になって仕方がなかった。都心から離れてるにしてもここは東京都だ。

東京の夜に……ここまで沈黙がやかましいとすら感じる場所があるだろうか?

自分は写真の中にでも閉じ込められたのだろうか?世界には、俺しかいないのか?


涼介は立ち上がって、窓の外を見た。何を待てば気が済んだのだろう。車が一台でも通れば満足だったろうか。

窓の外には……相変わらず黒いバンが見えていた。帰り道で見たまま、視界が接着剤か何かで固定されているかのように何も変化はなかった。


涼介はしばらく窓の外を見ていた。待てども変化はない。諦めて、缶ビールのプルトップに再び指をかけた瞬間だった。




 静かにバンの四つの扉が開いた。人が乗っていたのか。静かに開いたはずのバンの扉の音が妙に耳をつんざき、涼介は思わず缶ビールを床に落としてしまった。

そして自分も窓の淵に隠れるように身をかがめながらバンを眺めた。


暗くてよく見えないが……バンからは、四人の男が一言も喋らず出てきた。そしてそのうち二人は荷室を静かに開けた。残りの二人はバンの前後を見張ってるように見えた。

バンの荷室から出てきたものは、ブルーシートに包まれた大きさ1メートル以上の何かだった。

それはそれ相応の重さがあるようで、二人の男が前後でその何かを運び・・・工場の中に消えていった。 

見張りをしていた二人も、しばらくすると工場の中に消えた。




 不穏な沈黙が続いた。その時間は10分にも、1時間にも、3日にも感じた。

涼介は隠れながら工場を見続けた。やはり一言も喋らない男たちがバンに戻り、やがて去っていった。何が起きたのか涼介は混乱してしばらく動けないでいた。

まるで目の前で……まるで目の前でなんだというのか。ただ……わかってることが二つ。バンからわざわざ見張りまで立てるような何かが工場に運ばれた。

もう一つ、自分がこの家に入っていったのをバンの中の人間に見られた。




 妙な汗が止まらない。自分は見てはいけないものを見てしまったのではないか。いや実際は、現実はそんな詩的な情緒も文学的な悲劇もない。はずだ。

だが「見てはいけないものをみた」とどうしても考えてしまうのは、説明困難な後ろめたさがあるのは……それは、自分が「門限」を破ったからではないだろうか?

もし、門限が決められていた理由が、昔の大家が一階に住んでいたからではなく、「午後9時以降外で見てはいけない何かがある」のだとしたら……?そしてそれを破ったらどうなるのか?



 妙な汗が止まらない。異常な口の中の乾き。心拍数は100mを全力疾走したときと同じくらいだろうか。

不穏な何かは確実に迫っている。そしてそれは、今まで自分の人生においては未知の類の不穏さである。

とにかく、何かをしなくては。どうすればいい?誰に何を相談すれば?


しかし覚醒した脳味噌とはあべこべに、酩酊している体は立つこともままならなかった。今は眠らなくては。眠れなくても眠らなくては。

たまらず缶ビールを開けて大の字になる。仰向けのまま缶ビールを口に流し込む。口元からこぼれたビールが畳に滴っていく。


 いつもならここで意識がなくなり、眠りの世界に行けるのだが、とても歓迎できない事態がやってきた。音だ。工場から音がする。

機械の起動音、「バキバキ」と機械が何かを潰す音、嫌に圧の強いハム音、そこに人の叫び声を幾重にも重ねたような音が追いかけてくる。

膨大な情報量の、音、音、音。


続いて耳から千枚通しで貫かれているような、顔の皮膚まで響く耐え難い頭痛がした。そして部屋中をミキサーでかき混ぜられているかのような眩暈を感じた。

冬だというのに涼介は汗をかいていた。明らかに室温が上昇している。


「やめてくれ!やめろお!!!」涼介は耳を塞いでのたうち回った。


続いて悪臭が部屋中に充満した。それは涼介には今まで接点のなかった類の何かを、加熱したか発酵させたかの匂いだ。

例えようがない匂い。例えようがないが、あえて口にするなら、どこかの国の屋台だ。そこでは得体の知れない虫や生き物が大量に節操なく加熱され、そこら中から死の匂いが漂ってくる。

死の匂いが、鼻の奥からする。


いつの間にか、工場の音に加えて部屋中を羽虫が飛び回っている音までするが、聞こえるのが工場の音なのか、自分の喚き声なのかもはやわからなかった。

全力でこの夜から逃れなくては。眠れ。眠れ。頼む眠ってくれ。眠れ。頼む。眠れ・・・。


「眠れねえの?」

振り向くと、タバコに火をつける相川と山本の姿があった。気がつくと涼介は職場の工場の駐車場にいた。どうやら休憩中らしい。

事態が飲み込めず相川の顔をじっと見てしまった。

「涼介さん大丈夫スか?」

今朝の記憶が無い。酒で記憶を無くすなんて学生の時以来だ。幸い、惰性で職場には着いて、休憩時間まで業務はこなしていたらしい。

俺は思ったより、優秀な機械なのかもな。涼介は思った。

「珍しいからさ。お前が遅刻するなんて」

「あ……おう。悪い」

「おい、ほんとに大丈夫か?・・・酒臭えぞお前。酒の力で寝れるのは30代までだぞ」

「……個人差はあんだろ」

「社会的な話をしてんだ俺は」

「ドンマイッス。涼介さんドンマイ」


涼介は、アルコールの海底に落ちた昨晩の記憶を必死にかき集めていた。

そして、途端に心細くなった。有機物は何かと戦う時に感情が不安定になる。相手が未知のものなら尚更だ。

涼介は正直、二人に「何があったのか」を聞いて欲しかった。


「…… 何かあったのかよ」


自分が望んだ瞬間で聞いて欲しかった言葉がきた。自分の思い通りになりすぎて、涼介は言いたい言葉をまとめようとするがうまくいかない。

普段誰もいない深夜に、黒いバンが止まっていた。男が出てきて工場に何かを運んだ。

それを、正確な情報と、最適な熱量で、目の前の相川に伝えることができるだろうか。





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