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短編

色魔

毎週、水曜日に短編作品を投稿しています。

シリーズにまとめてありますので、よろしければ読んでみてください!

仲良しカップルの日常系ラブコメが主ですが、たまに獣人とかも出てきます。


作品における既存のエピソードが更新されることがありますが、理由は誤字脱字及び細かな表現等の修正です。

作品の内容が大きく変わることは原則ございませんので、ご安心ください。

 色魔。


 要するに男性の悪いスケベを指す言葉だ。


 私は女性なのだが、彼に色魔呼ばわりされてしまった。


 色魔呼ばわりされたのは今朝の事だ。



 付き合っていた当初よりも少しだけふくよかになって厚みの増したモチモチのお尻が目の前で上機嫌に揺れている。


 柔らかそうな黒のスウェットに包まれているおかげで魅力は割増であるし、屈んだ時にちょっと張るのが最高にイイ。


 ボリューム満点過ぎる。


 私は近年の流行である細身な男性よりも体格のしっかりとした男性が好きだ。


 だからこそ、肉感的な彼のボディが堪らない。


 朝食を食べる前ではあるが、食欲とはまた違った欲求でお腹が鳴りそうだ。


 へへ……


「おはよう。今日も天気が良くて気持ちが良いね」


 爽やかな朝の挨拶と共に、私はいつ何時でも麗しい彼のお尻をワンタッチしようと手を伸ばした。


 しかし、ごく自然に伸ばした手のひらが空を掻く。


 布にかすめた感触すらなかった。


『かわされた、だと? お触り歴五年のこの私が?』


 癒しを得られなかった私の憐れな右手のひら。


 いつもは触らせてくれる上に揉ませてくれるはずが、唐突に裏切った彼のお尻。


 何故だ。


 何故、彼は裏切りを行使したんだ。


 いや、もしかしたら今回はタイミングが悪かっただけかもしれない。


 例えば、彼が動いた時に私が手を出してしまい、不運にもよけられたようになってしまっただけ、とか。


 そうだ。


 そうに違いない。


 頭に浮かぶ無数の疑問符と希望を胸に、私は再び右手を伸ばす。


 しかし、無情にもかわされてしまった。


 こうなると意図的に私を避けているとしか思えない。


 機嫌が悪い時や起こっている時に触らせてくれないことは多々あるが。


 しかし、怒らせるようなことをした記憶がない。


 プリンもケーキも勝手に食べていないし、彼に冷たくした覚えもない。


「あのー、———さん?」


 恐る恐る彼の名を呼ぶと、キッと睨まれてしまった。


 おまけに、

「この色魔!」

 という罵倒つきである。


 かわいい!


 朝からご褒美を賜り、誠にありがとうございます!


 ……じゃなかった。


 真っ赤な顔でフン! と拗ねたり怒ったりする彼は大好きだが、お預けを食らうのはそんなに好きじゃない。


 触りたい。


 私のモーニングルーティーン、お尻か雄っぱいをワンタッチ! が完了しなければ今日一日、一切のやる気が湧かない。


 だが、試しに雄っぱいを揉もうとしても、やっぱりかわされる。


 しかも、何故かはよく分からないが睨まれてしまう。


「俺、仕事に行くから」


 ボソッと話す彼の態度はぶっきらぼうだ。


 あ、はい。


 私もそろそろ家を出ます……


 結局、触れられないまま、不機嫌な彼から少し遅れて私も家を出た。



 失意のままに向かった職場では当然のようにやる気が出ず、しょぼんと落ち込みながら仕事をこなした。


 仕事に集中している間は良いのだが、疲れた瞬間や休憩の時に、ふと彼の不機嫌な表情が浮かぶ。


 何度も彼が不機嫌になった理由と触らせてくれなかった理由を考えたのだが、やっぱりよく分からない。


 仕事が終わっても、あるいは帰り道を歩いていても、ヒントすら思いつかなかった。


『せめて、お土産でも買って帰ろうかな』


 物で釣っていると思われるかもしれないが、何も無いよりはマシだろう。


 肉と迷ったが雰囲気的にケーキのほうが良い気がする。


 彼は甘いものと可愛い物が好きな可愛らしい性格をしているし。


 私はケーキ屋に寄り、彼が気に入って食べていたフルーツタルトと自分の分のショートケーキを購入して帰宅した。


「ただいま。帰ってたんだね。ケーキ買って来たよ」


 リビングのソファに座っている彼にそっと話しかける。


 彼は私の方に顔をやって、

「うん、ありがとう。俺はご飯作ったよ」

 と、微笑んだ。


 彼の方が帰りが早い時は料理を作ってくれることがあるのだが、今日も例にもれず用意してくれていたらしい。


 テーブルに並んでいるのは野菜炒めとみそ汁、そして白米だ。


 私の分だけメザシが用意されているという訳でもないし、にこりと笑う表情は随分と和らいで見える。


 いつものかわいらしい、ニコニコ笑顔の優しい彼だ。


 朝のは、たまたま機嫌が悪かっただけなのだろうか?


「美味しそう。ありがとうね……あれ?」


 テーブルにケーキの箱を置いてスススと彼に近寄り、尻を一掴みしようとしたのだが、揉めない。


 ギュムッとお尻がソファにめり込んでしまって、決して触れられないようになっている。


 お尻を押し付けられるなんて、ズルいぞ!


 ソファの分際で!


 ソファの分際で!!


 ソファを睨んだ後、チラッと彼の顔を覗けば冷たい視線が返ってくる。


「手を洗うよりも先にお尻なんだ。ふーん、———ちゃんはお尻好きだもんね」


 言葉も刺々しい。


 でも、おっしゃる通りです。


 三度のご飯よりも貴方のお尻が大好きです。


 絶対零度の瞳を溶かすべく、私は無垢な瞳でじっと彼を見つめ返してコクリと頷いた。


 そしてシッカリと頭を下げ、右手を差し出して、

「———さんのお尻が大好きです! モチらせてください!!」

 と、真剣に頼み込む。


 しかし、彼からの答えはNOだ。


 嫌だと首を振られた後、そっぽを向かれてしまった。


「俺の一番好きなとこ、お尻なんだってね。普通、顔とか性格とかじゃないの? 体目当てのスケベに触らせるお尻はないから。この色魔」


 本日二度目の色魔。


 一度言われるだけでも珍しい言葉を一日で二度も投げかけられるとは……


 罵倒がちょっとキくけど、流石に本気で怒らせているようなので、あの、真剣に心にクる。


 ガチ罵倒はちょっと……


「い、一番じゃないよ! 雄っぱいと腰と背中も好きだし! 優しい性格とか、ニッコリ笑った表情が好きだよ。あと、ひたすらにかわいいところも好きだし、ツヤツヤの髪と柔らかい目つき、それと怒った時に怒鳴るんじゃなくて拗ねるところが好き!」


 ワタワタと慌てながら弁明するも、彼は不機嫌なままで、

「でも、一番はお尻なんだ。結局お尻なんだ。ふーん」

 とそっぽを向く。


 今日は手強い。


「一番じゃないってば。一番は、性格と表情だよ?」


 すみません。


 本当は同率一位でお尻も大好きです。


 でも、あえて言うなら、やっぱりお尻よりも性格と表情が好きです。


 顔の造形も大好きだけど、顔そのものよりもよく動く表情と可愛い笑顔に惹かれるから、ここはあえて表情と言わせてください。


「でも、その割にお尻触ってばっかじゃん。触らない日ないじゃん。何か冷たい日だって、お尻だけは触るもんね。お尻が良い人なら誰でもいいんでしょ。このスケベ!」


「いや、そんなことは無いけど」


「だって俺、———ちゃんの友達に、———ちゃんは俺のお尻が目当てで付き合い始めたって聞いたし。俺は———ちゃんが俺のこと好きなんだって思ってたけど、違うんだね。俺のお尻が好きだったんだね……」


 目線を下げる彼は寂しそうだ。


 いくら何でも、体目当ては誤解なのだが。


 彼のお尻が最高だと友人たちに触れ回っていたのが、変なことになって彼に届いてしまったのか。


 あと、流石に触り過ぎたんだろうか。


 かわいいという恋愛感情や愛情と触れたくなる欲求がセットで来るから、多い時は両手で数えきれないくらい触ってしまう。


 でも、まんざらでもなさそうな照れ笑いが可愛かったから、つい触りまくっちゃったんだよな。


「あのさ、私、———さんのお尻は大好きだし、確かにキッカケはお尻だったけど、本当に性格と表情も好きだよ。それに、———さんが好きだから、お尻を触りたいと思えるんだよ?」


 彼が、

「どういう意味?」

 と、問いかけながら私を睨む。


 単純に問うというよりは、適当な事を言うな! と怒っているかのようだった。


 別に何かを誤魔化しているわけじゃないんだけれど。


「私は確かにお尻が好きだけど、潔癖が強いから好きな人のお尻じゃないと触れないんだ。どんなに形がよかったりしてもね。だから、お尻がよければ誰でもいいってことは無いんだよ。素敵な人で、かつお尻が素晴らしい人じゃないとだめなの。『———さん』のお尻が好きなんだよ。———さんの『お尻』が好きなんじゃなくてさ」


 自分なりにかなり噛み砕いて説明したつもりだが、彼は不思議そうに首を傾げている。


「よく分からない?」


「うん。だって、俺は別に好きな人じゃなくても触れるし。いや、流石に触ったことは無いし、触るつもりもないけどさ。でも、感覚的に無理ではないよ。———ちゃんって変なところロマンチックだよね」


 ロマンチックなんだろうか?


 私の感覚では、好きではない人間には触れられないどころか嫌悪感すら催すのが普通だから、よく分からない。


 でも、まあ、ここら辺の感覚は人それぞれか。


 ただ、ちょっとショックではある。


 一夜限りの関係でも、そこに恋愛感情がなくても、キス以上のことをすれば私の中では浮気判定だ。


 私は自分の感覚が原因で彼以外の人間と「そういうこと」はできないが、彼の感覚なら絶対にできないことも無いのだろう。


 私はよそ見ができないのに彼はよそ見ができるのが悔しいというかなんというか。


 いや、だからと言って浮気すると思っているわけじゃないが。


 失いたくないというか、私だけの宝物が万が一にでも、よその宝物になってしまうかもしれないのが嫌というか。


 感覚の問題だから仕方がない事なのかもしれないが、こう、胸にせり上がる激情が……


「浮気だけは許さないからね?」


 負け惜しみのように釘を刺せば彼が苦笑いになった。


「なんで浮気の話になるの。それに、触らないって。触れるのが不可能ってわけじゃないだけだから。それにさ、俺も———ちゃんの、あの……好きだよ」


 顔を赤くした彼がモゴモゴと口籠る。


 そこは照れるんだ。


 私は余裕で言えるぞ、貴方の身体で好きな部位。


 ほぼ全てだから「体」とまとめていった方が早いだろうけど。


 やっぱり感覚って不思議だな。


 まあ、モジモジしている姿がかわいすぎるから、オープンスケベな私よりも恋人に照れるくらいがありがたいんだけれどね。


 品があって素敵だし。


 感覚の違いって、幸福を生むこともあるんだな。


 しみじみしてしまう。


 ただ、いくら感覚が違うとはいえ、彼のことそのものが大好きだからこそ麗しいお尻も大好きで、触れたくなるんだって、そこだけは分かってもらえないと厳しいな。


 あ、それに、もう一個あった。


「私、お尻は大好きだし好きなタイプもあるけど、好きな人のお尻が一番好きになる性格をしてるから、どんなに良いお尻を見ても、———さんのお尻が一番になるよ」


 他の体の部位も同様だ。


 容姿や匂いがあまりにも好みからかけ離れている時は、そもそも相手を異性として好きになれない。


 相手が大好きだから体も大好きっていう考えが根本にあるから、お尻が好き! って甘えるのも、彼そのものに対する愛情表現のつもりだった。


 うまく伝わっていなかったみたいだけれど。


 言葉を重ねれば彼もようやくわかってくれたようで、

「俺も、それは結構わかる。でも、そっか。———ちゃんは俺のことが好きなんだ」

 と上機嫌に笑う。


 そんなこと、とっくに分かっていただろうに。


 それにしても、彼が今しているような「えへへ」という笑い方が好きだ。


 少しの照れと嬉しさが伝わる愛らしい笑い方で、他に彼のような笑顔を浮かべている人間を見たことがない。


 堪らない。


 一生見ていたい。


 この笑顔を守れるなら、なんだってできる気がする。


「ねえ、キチンと手を洗って来たら、触ってもいいよ。俺のお尻」


 私の大好きなホワホワとした笑顔のままで言う。


 最高だ。


 この許可を与えられる瞬間が堪らない。


 それに、彼が不機嫌になって結構大変な思いもしたが、彼のご機嫌を取ること自体は結構好きだ。


 勿論面倒だという感情もあるし、困ることには困るんだが、彼がにっこり笑ってくれた時に苦労が弾けるというか、報われた感じがするというか。


 なんだかんだ言って、構うことが好きというか。


「ありがとうございます!」


 急いで洗面所へと向かう私を見て、彼が、

「本当に俺のお尻が好きだなぁ」

 と、まんざらでもなさそうに笑っていた。

おまけ

こういう二次元にしかいなさそうな癒し系の男性が好きです。

むっつりスケベなら、なお癖! という感じです。


ちなみに、ガタイがよくて恥ずかしがり屋の照れ屋で、優しくて弱気に見えるけれど内弁慶で、意外と気の強いむっつりスケベな落ち込みやすい成人男性が、「3 ひねくれカルメはログの溺愛が怖い……はずだったのに!」に出てくるコールです。

興味がおありでしたら覗いてみてください。


いいねや評価、感想等いただけると大変励みになります!

よろしければ、是非!(*´∇`*)

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