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九州大学文藝部・2023年度・新入生歓迎号

フリードリッヒ・ズールの遺書

作者: 樋口橙華

 本文書は私が1946年5月末日に自死をもって全ての任を退くにあたって、後任者に対して事の顛末を書き残しておきたいとして筆を執るものである。

 私は1945年5月7日まで上アルザス親衛隊及び警察指導者であったフリードリッヒ・ズール親衛隊(SS)中佐である。フライブルク大学法学博士、親衛隊(SS)隊員番号65824、国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP)党員番号2623241、1942年11月付で東部戦線の保安任務展開集団(アインザッツグルッペ)C集団隷下特別分遣隊(ゾンダーコマンド)4b隊長に着任する以前はユダヤ人問題担当局の文官だった。

 私は軍人とは程遠い血縁であったから軍人にはならず、また科学者としての才が自分にあるように思えなかった。とにかく命に関わる仕事を避け、法律を学び、文官として国のために働くことにしていた。国家保安本部では当初第二局に配属されていたが、1941年の夏から第四局ユダヤ人問題担当局に異動し、アイヒマン課長の部下になった。彼は頼りなく、イエスマンのような印象を受けたが、少なくとも真面目な官僚だったと思う。

 当時ユダヤ人問題を真剣に考えていた人は把握することができなかったが、世界はドイツ人がユダヤ人を絶滅させる気でいたと考え、また、アインザッツグルッペンは過激な反ユダヤ主義者の集まりであったとされているらしい。我々のしたことを俯瞰してみれば全くもってその通りであって、弁明の余地もない。このために私は一生の罪を背負うことになったが、妻グレーテル及び無関係のドイツ国民、今後生まれ育つドイツ人の名誉を守るために明らかにしておかなければならないことがあると認識している。

 ユダヤ人問題の最終的解決は1942年10月の会議の時点で既に決定していた。それまでユダヤ人問題担当局内では平定したフランスの植民地であるマダガスカル島やパレスチナに移住させる方針であり、そのために収容施設に集めている段階であるという認識であった。100万人を処分するという発想については、未知の領域であり、人道的、宗教的、あるいは物理的な不可能性を考えるよりも先に、衝撃と畏怖だけが頭の中を支配した。私は恐ろしくなって、他局への異動を願い出たが、もう遅かった。

 ユダヤ人――いや、人を殺すことについて、それがいかなる合理的な理由があったとしても正当化されることはない。ただ、交戦時において、自分たちの家族や友人や国家の名誉を守るために、全く同じで相反するだけの敵を殺す場合にのみ罰せられないだけである。これは特別分遣隊(ゾンダーコマンド)では邪魔なものであり、この常識があることで精神に多大なる負担を与えるものであった。同僚のうちほとんどはこれを失ってしまったかもしれない。

 ドイツ人は世界が考えているよりも随分とまともなのである。アインザッツグルッペンに志願する者はほとんどいなかった。この時点ですでに我々はユダヤ人に尊厳を認めており、自分たちの身を守るために彼らと親しくしないだけで排除する気など毛頭なかった。これは国家保安本部内でも同様であって、しかしながらハイドリヒ長官をはじめとする首脳部はそうではなかったため、ここに彼我の温度差が生じ、時機よく組織されたアインザッツグルッペンは首脳部に従わない者たちがキャリアや人生を終わらせないための左遷先の一つとなった。忠誠こそが名誉であるならば、その逆は懲罰の対象だったのである。

 特別分遣隊(ゾンダーコマンド)での仕事は警察や現地反ユダヤ主義者の過激派が連れてくるユダヤ人や共産主義者やパルチザンを、死体を含めて数えることだった。生きている場合は私が承認し武装親衛隊(Waffen-SS)隊員によって処分させた。私のキャリアと自分たちの身を守るためにはここで多数の命を犠牲にしたのである。

 これこそが私が負うべくして負った重罪であり、これを今後の裁判にて歪に捻じ曲げられ、世界の大悪人として死刑等で処分される時を待ってしまえば、私のために犠牲になった命が更に貶められ、私はこれ以上なく苦しく不幸な生活を送ることになるため、これを避けるということが自死の動機である。

 戦争が終わり、国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP)が解散した今、私が死んだ後に残るものは私についての記録だけである。これがどのように扱われたとしても私は私の死をもっても抗議することはできないだろう。唯、ユダヤ人問題と無関係のドイツ国民たちが我々の行いで理不尽を受けることのないことを願うばかりである。

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