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東は樺菜を見守りたい  作者: 小林弘二
9/10

9.事故

 いつも行っているパソコン通信のカフェテラスで、二四日にオフ会を開くことになっている。

 オフ会には当然常連である俺も出るし、樺菜や白滝も出る。あの樺菜と白滝のあの状況で、オフ会なんて楽しめるのか?

 そのオフ会が五日後に控えている。それまでに二人の間を何とかしないといけないと思うのだが、何しろあの二人の問題であり、俺がしゃしゃり出る問題でもない。

 樺菜から白滝にコンタクトを取るつもりはないようだし、白滝からコンタクトが来るのを待つしかないのか。


 そんな事を考えながら樺菜の自宅に到着し、いつものように合い鍵で玄関のドアを開けた途端、樺菜の悲鳴が聞こえた。

 その声を聞いた瞬間、俺の頭の中で危険信号が点灯した。それと同時に俺は一直線で樺菜の部屋へ駆け出した。

 樺菜の部屋の扉を開け、目の前に広がっているその光景に驚愕した。

 白滝が映るモニターの前で、神田が樺菜を床に押し倒していたのだ。


「か、神田!」


 俺は慌てて神田に駆け寄り、その後ろ襟を掴み上げ樺菜から引き離すと、彼を正面に向かせ、その頬に鉄拳を喰らわせた。

 よろめく神田の胸ぐらを掴むと、ぐいっとその顔をこちらへ向かせる。


「お前、何やってるんだよ!」


 そう問うと、彼は涙目で小刻みに首を左右に振っていた。


「違う。そんなつもりじゃなかったんだ。違うんだ」


 返答次第でもう一発殴ってやろうかと思ったが、神田のその様子を見て殴る気が失せてしまった。


「二人とも、帰ってくれ」


 その声のした方を振り向くと、真っ黒な画面を映し出しているモニターのそばで、樺菜がこちらに背中を向け立っていた。その肩が小刻みに震えているのがわかった。

 俺はそんな樺菜にかける言葉が見当たらず、俺は神田の胸ぐらを離すと彼と一緒に部屋を出た。


 神田の丸めた背中をパンと叩き樺菜の家を出ると、二人して夜の街を駅に向かって歩き出した。


「一体何があった?」


 隣をうなだれて歩く彼にそう訊くと、彼はあの時何が起こったか話してくれた。

 どうやら、樺菜の気持ちを知った神田は白滝にコンタクトを取り、樺菜とは縁を切ってくれと掛け合ったそうだ。だが、白滝はその掛け合いに「NO」の答えを出したそうだ。


「白滝は樺菜のことが好きだと答えたのか?」

「いや。縁を切るかどうかはあいつでも、俺でもなく、樺菜が決めることだって」


 それを聞き、俺はつい口端に笑みが浮かんだ。

 白滝も渚一人に決めた割には、なかなか良いことを言う。

 話の続きを聞くと、そこへ樺菜が現れたので、神田は意を決して告白したそうだ。だが、そこでアクシデントが起きた。


「肩を掴んだ拍子に樺菜がバランスを崩して倒れたんだ」


 樺菜の部屋、足元に良く分からない機械が転がっているからな。きっとそれに躓いて倒れたのだろう。


「それからは訳が分からなくて、呆然としてて」


 あの時の神田は、樺菜の肩を掴み床に押し倒していた。あの時の俺の目には手籠にしているように見えた。実際のところは、放心状態の神田が押さえつけるつもりもなく、ただ自分の体重を彼女の肩に乗せていただけなのだろう。それを退けることのできない樺菜の筋力の無さに、俺は呆れた。

 俺は肝心なことを聞き忘れていたことを思い出した。


「で、告白はどうだったんだ?」

「分かりきったこと聞くなよ」


 そう、神田は眉尻を下げて言った。


「とりあえず、いつもの居酒屋へ行くか? 結果はどうあれ、お前が樺菜に告白できたお祝いに奢るぞ」


 そう言ってやると、神田は顔を伏せて落ち込んでしまった。


「あそこの居酒屋はおでんがメインだろ」

「ネタに白滝があるか」


 そう言って俺は笑った。


「じゃあ、酒でも買ってお前の家で呑むか」


 そういう話になり、コンビニで酒を大量に購入してから神田のアパートへ行くと、彼の部屋の前に仁王立ちしている男がいた。短髪で、三〇代半ばのがたいの良いその男には見覚えがあった。


「神田!」


 その男がそう名前を呼んだかと思ったら、次の瞬間、神田を殴り飛ばした。

 あまりにも突然の出来事に彼を止めることもできず、呆気にとられるだけだった。

 神田のあまりの吹っ飛びように、彼の部屋が一階で良かったと心底思った。そうでなかったら彼は地面に向かって真っ逆さまだったであろう。


 男は神田に馬乗りをすると、「あいつに何やってるんだよ!」と怒鳴りながら殴りつけた。

 俺は慌てて馬乗りにしている男の背後から羽交い締めにすると、神田から引き離した。


「ちょ、ちょっ、待て、弁慶!」


 俺が彼を「弁慶」と呼んだことに、殴る手を止めた彼は俺の方を振り返り、


「なんで俺のハンドルネームを知っている」


 そう訊いてきた。

 彼の名前は大塚一彦。神田の友人なのは前々から知っていた。神田の友人ということもあり、彼がカフェテラスの常連ということも聞かされていた。


「俺だ。カフェテラスのサンだ」

「サンだって?」


 もう神田を殴りつける様子はないが、念のためにゆっくりと力を緩め羽交い締めを解くと、彼から離れた。


「あぁ。それよりなんで弁慶がここにいる」


 そう聞きながら、俺は神田を心配した。


「うぅ……」


 神田の殴られた顔は痛ましい痣だらけだ。そんな災難の神田の上半身を起こし、俺は彼の体についたホコリを払ってやった。

 弁慶は腕組みをして上半身を起こしている神田を見下ろした。


「白滝が怒っていたぞ。丹下を押し倒したんだってな」


 俺は弁慶を見た。白滝の思いだけで、神田がここに来たわけではなさそうだ。きっと樺菜が押し倒されたからではなく、丹下が押し倒されたからここに来たのだろう。

 丹下はカフェテラスの中心だ。当たりの強い丹下に、「だから丹下は嫌いだ」などと言っていた弁慶も、なんだかんだ言って丹下を一目置いているのだ。

 俺は口の中を切っている神田の代わりに答えてやった。


「丹下を押し倒したのは偶然に起きたんだ。許してやってくれ」

「偶然?」

「あいつの部屋は物で溢れているんだ。肩を掴んだ拍子に、それに躓いて丹下が転んだ。それ以上何もやってない」


 痛そうに頬を押さえて立ち上がった神田を見て、弁慶は大きくうなずいた。


「押し倒すつもりじゃなかったのは分かった。俺も殴ったことは謝る。

 ただ、白滝が心配していた。あとで白滝に連絡取って、謝っておけ」


 神田は痛みに顔を歪め、喋るのも辛そうに「分かった」と返事をした。


「弁慶も来たことだし、部屋に上がって飲まないか?」


 そう言い、俺は地面に落としていた酒の詰まったコンビニ袋を拾い上げ、彼に見せた。


「なんだ、あんなことしたのに、宅飲みするつもりだったのか?」

「神田の奴、遂に樺菜に告白したんだよ」

「あっ? 丹下にか?」

「結果は惨敗だったそうだが、神田も告白できる男に成長したことを、これから祝うんだ」

「神田が女を作らなかった理由は丹下だったのか。

 それじゃ、新しい恋を実らすことを祈って乾杯するか」


 俺と弁慶で勝手に盛り上がっているその隣で、痛む頬を押さえて神田が呻くように言った。


「口の中が痛くて飲めねえよ」


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