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東は樺菜を見守りたい  作者: 小林弘二
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8.バレた正体

 あれから樺菜は白滝と表向き仲直りしたようだが、白滝が渚に告白した事実がある以上、距離を置いて接しているようだ。

 そんなある日の夕方、神田を一人残し、樺菜と一緒に夕飯を買いに出かけた。

 その帰り道、樺菜が今まで隠していたことを話してくれた。


「あの通信相手の彼なんだけど、実はいつも行っているカフェテラスの常連の白滝なんだ」


 うん。知ってた。


「わたしが丹下だってことを隠して、自分のことを紹介したんだ」


 そういう彼女に、今更だがなぜそんな事を俺に言ったのか気になり、そのことを訊いてみると、


「白滝がわたしに丹下と合わせてくれって言ってきたんだ」


 そう答えた。

 そう言えば白滝のやつ、カフェテラスでも丹下のことを気にしていたな。樺菜を紹介したのは丹下だから、丹下に会いたければ樺菜に訊くのが一番の近道だよな。


「で、どうしたんだ?」

「メールに自分のIDを打ち込んで送ってやったよ。一二時までにメールを開かなければ削除するって一言添えてね」

「奴はそのメールを開いたのか?」


 その質問に、彼女は首を左右に振った。


「結局開かなかったよ」


 きっと白滝はその時の樺菜とのやり取りで何かを感じ取り、丹下に辿り着くのが怖くなったのだろう。危機回避能力は高いようだ。

 ただ、俺としてはもし白滝がそのメールを開いて、丹下だと思って樺菜にコンタクトしていたらどうなっていたかだった。

 そのことを訊いてみると、樺菜は眉根を寄せた。


「別れを言うつもりだったよ」

「別れ?」


 何のことかよく分からなかった。

 なぜ別れを告げる必要があるのだろうか。


「白滝はわたしじゃなくて、丹下に会いたがっているんだ。きっと、ごちゃごちゃしたわたしとの関係より、あっさりとした丹下との関係を求めているんだよ。

 白滝が平穏を求めるなら、わたしには与えることができないよ」


 俺の横を並んで歩くそんな樺菜の頭を、ぽんぽんと叩いた。


「それは、『今のお前には』だろ」


 そう言ってやると、彼女は訳がわからないといった顔で俺を見上げた。


「ごちゃごちゃと訳の分からない状況なら、分かりやすくすれば良い」

「どういうこと?」

「ごちゃごちゃしている理由は、自分が丹下だって隠していたことから始まったんだ。そして、お前が自分の気持ちを隠して余計なことを言ったから、こんな状況になっているんだ」

「すべて話せって?」

「そうだ。自分が丹下だったことを明かし、そして想いを伝えればすべて解決する。

 たとえ、白滝がお前を選ばなかったとしても、すべてを吐き出せばスッキリするぞ」


 そう言うと、彼女は苦笑した。


「自分にそんな勇気があるかどうか」

「そもそも、なんで普通に白滝とID交換しなかった。自分が丹下だって隠さなくても良かっただろう」

「だって、恥ずかしいだろ。白滝のこと興味あります、みたいに思われるじゃないか」


 そう恥ずかしそうに言う樺菜に、俺は呆れてしまった。


「なんだよ、こんな時に乙女になりやがって。

 年上の男をはべらせているお前が口にする言葉か?」


 そう言うと、樺菜は俺の腕をバシッと叩いた。


「それは小学生の時の話だよ。

 わたしは気になる男の前では上がっちゃう乙女なんだよ」


 そんな話をしている間に樺菜の自宅に到着し、


「ただいまー」


 と樺菜が声をかけてから彼女の部屋に一緒に向かった。

 彼女の部屋に入ると、神田がパソコンの前に座り、回転椅子を回してこちらを振り返った。


「おーい、丹下。あいつからコンタクト来てるぞ」


 突然『丹下』と呼ばれ、ぎょっとした。

 パソコンのモニターに映る人物を見てマズイと思った。神田が白滝とコンタクトを取っていたのだ。

 白滝は丹下の正体を知らない。カフェテラスで丹下のことを知りたがっていた白滝は、ちょうど応答してくれた神田に丹下が誰か訊いたのであろう。神田も白滝のことを、樺菜の通信友だちとしか認識してなかった為に、樺菜のことを「丹下」と冗談めかして呼んだのだ。


 これ以上神田が余計なことを言う前に彼を何とかしようと俺は駆け出し、神田の胸ぐらを掴むと床に押し倒した。


「な、なんだよ」


 床に押し付けられ、訳の分からないと言った様子で神田がそう言った。


「あいつはカフェテラスの常連の白滝なんだ」


 神田はセンスが悪かったり女性ウケの会話ができないところはあるが、察しが悪い男ではなかった。

 俺のその言葉に、樺菜が自分の正体を隠して白滝に自分を紹介したことを察した神田は、驚いた様子で画面の消えたパソコンの前に立っている樺菜を見上げた。そして、再び俺の顔を見た。驚きと失意を混ぜ合わせた複雑なその表情は、「樺菜は彼のことが好きなのか」と訊ねていた。

 俺はその神田に頷き、彼の胸ぐらを掴んだ手を離し立ち上がらせた。


 樺菜は複雑な顔をしていたが、大きなため息を付いた。


「過ぎ去ったことはしょうがない。

 それより、飯にしようか」


 樺菜は気にしないふりをしていたが、心の中では動揺しているであろう。

 神田もなんだか困惑したような顔をしていた。

 その日の遅い夕食は、とても重い空気が漂っていた。


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