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東は樺菜を見守りたい  作者: 小林弘二
7/10

7.すれ違う想い

 その年の最後の月である十二月に入り、樺菜は一緒に訪れた俺と神田を見るなり、


「土日は友達が泊まりに来るから、来ちゃだめだからね」


 そう言った。


「例の二人が来るのか?」


 神田がそう訊くと、樺菜は頷いた。


「可愛い女の子が三人集まるところに、むさい男を入れられないよ」

「女だけの部屋なんて、かしましいだけだろ」

「女三人だけにか」


 と神田が笑っている。

 そんな神田を俺と樺菜が半眼になって呆れた。


 話を聞いてみると、東京を離れた友達の渚が東京の大学へ面接するらしく、上京するついでに三人集まってお泊まり会するそうだ。

 そのお泊まり会の日を避けて、訪れた彼女の部屋には、なんだか感情の消えた樺菜がいた。

 神田も訝しげに「どうかしたのか?」と訊いていたが、樺菜は無愛想に「別に」と答えただけだった。

 こりゃ、白滝と何かあったなと思いつつも、二人の問題である以上、俺にはどうすることもできなかった。



 少しずつ樺菜の機嫌も良くなりつつあったが、今までの白滝とトーク直後の機嫌の良い彼女と出くわすことはなかった。

 しばらくして彼女の家の玄関を開けた時、彼女のいる部屋の方から何か激しく割れる音がした。

 何事かと思いつつも、慎重に彼女の部屋へ歩を進めると、なにやら誰かと喧嘩をしているような怒鳴り声が聞こえる。当然片方は樺菜ではあるが、もう一方の声は聞こえづらい。

 俺が彼女の部屋の前まで来た時、その怒鳴り声が消えたかと思ったら、今度は、「白滝のバカー」と一声叫び、わんわんと泣く声が聞こえた。


 どうやら、白滝と通信していて、ひと悶着あったようだ。

 きっと自分の思いどおりにならなくて、樺菜が切れたのだろう。

 思い通りにならない原因は分かっている。樺菜、お前が自分の気持ちを抑え込んでいるからだ。

 泣き喚く彼女の部屋に入るわけにもいかず、俺はそっと玄関まで戻ると彼女の家を出た。

 ちょうど家から出たところに神田がいたので、俺はその肩に腕を回すと、家に入ろうとする彼の向きを一八〇度方向転換させた。


「なんだなんだ」


 訝しがる神田に、


「まぁまぁ、今日は一緒に飲まないか? 女性受けの良い会話をレクチャーするぞ」

 と無理矢理のみに誘い、彼女の家から遠ざけた。


 今は彼女をそっとしておいた方がいい。

 だが、樺菜もそうだが、あの白滝も頑固そうだから、二人の間に入らないと仲直りし

そうにないな。

 樺菜のスキを見て白滝へコンタクトを取ってみるか。

 ほんと、世話のかかる子たちだ。



 それからしばらくして、樺菜の様子もだいぶ落ち着いたようだが、相変わらず白滝と連絡を取ろうとせず、カフェテラスでも白滝がいない時間帯に顔を出すようにしているようだった。

 夕方彼女の家に訪れた俺は、


「何かうまそうなカップラーメンでも買ってきてくれ」


 と樺菜にコンビニのサンクスへ買い出しに行かせた。

 樺菜がいなくなったところで、樺菜のパソコンを起動し、早速白滝にコンタクトを取ってみた。

 コンタクト拒否をするのではないかと思ったが、白滝はあっさりと応答してくれた。

 その白滝は、俺の顔を見て驚いた様子だった。樺菜と思って応答してみたら、俺だったわけだから、その反応は当然だ。


「樺菜と派手に喧嘩したんだって?」


 そう本題を振ると彼は眉根を寄せて顔を歪ませた。


「まぁね。向こうが八つ当たりするからさ」


 話を聞いてみると、どうも樺菜は白滝を別の男に例えて彼に当たり散らかしたようだ。当然、白滝はその別の男が自分のこととは気づいてないようで、機嫌が悪い。


「他人のことなのに俺に八つ当たりして、樺菜の行動は訳が分からないよ。

 俺はそんな奴なんかに、これ以上付き合っていられないよ」


 樺菜の気持ちを全く理解できてない白滝に、妙に腹が立った。たしかに樺菜も自分の気持ちを隠して、白滝にその想いが伝わりにくいところはある。だがあのワンワンと泣いていた時のことを思うと、黙っていられなかった。


「いい加減にあいつの気持ちをわかってやれよ!」


 樺菜の彼への気持ちを隠していたことを無視して、俺はそう怒鳴るように言った。

 彼は訳がわからない様子で「あいつの気持ち?」と小首を傾げていた。


「君に素っ気ない態度をするのが、あいつにとっての愛情表現なんだよ。

 お前が好きなんだよ、あいつは」


 そう、俺は樺菜の気持ちを代弁した。

 こうでもしないと、樺菜と白滝の間の溝はどんどん深まり、仲直りもせずにつまらない最後を迎えそうでならないのだ。


 彼はしばらく考えていたようだが、なにやら納得したようで「やっぱり、そうだったんだな」と口にした。

 それでも、まだ腑に落ちないところがあるらしく、彼はこんな事を言った。


「あいつには彼氏がいたんだろ」


 その言葉に俺は首を傾げたが、彼は続けて「彼氏が別の女に告白したのを見たって」とそこまで口にして黙り込んでしまった。

 どうしたのか訊いてみると、樺菜の友達がお泊まりした夜、彼はモニター越しにあの渚に告白したらしい。どうやら、そこを樺菜に目撃されたようだ。

 これであのお泊まり会の後に、樺菜の機嫌が悪かった理由が分かった。

 樺菜もいくら目撃したとはいえ、あの渚に譲る覚悟でいたはずなのに、白滝に八つ当たりするのも筋違いだと思う。きっと割り切れなかったんだろうな。割り切れずに、白滝への思いを募らせていたのだろう。


 その時、玄関の方から「買ってきたぞー」と樺菜の声が聞こえてきた。俺はとりあえず、白滝に樺菜との仲を取り持つためにコンタクトしたことを伝え、あとはうまくやれと言って、部屋の出入口に立つ樺菜を振り返った。

 その樺菜はモニターに映る白滝を見て気まずい顔をしていた。


「なんであいつとコンタクトしてたんだ」


 非難がましく言う彼女に歩み寄り、


「お前も少しは正直になれよ。あいつとよりを戻したいんだろ」


 そう言うと、彼女は黙り込んでしまった。当然、彼女も白滝と仲良くなりたいと思っているのだ。

 彼女からカップラーメンの入ったコンビニ袋を受け取り、


「ゆっくり話してな」


 と言って部屋を出ようとする俺の背中に向かって、「わたしの分は、東の奢りだからね」と樺菜が拗ねた声音で言った。

 なんだよ、俺はお前たちの仲を取り持つために一役買ってやったのに。

 まぁ、樺菜の幸せのためだ。言いたいことはあるが、ここは黙って飲み込もう。


 カップラーメンが出来上がって、大声で「ラーメンできたぞ」と樺菜に声をかけると、自室から目を赤くした樺菜が出てきた。

 テーブルに置かれたカップラーメンの前に腰掛ける樺菜に、


「振られでもしたか」


 そう直球を投げつけた。


「そんなんじゃない」


 樺菜はそう答えたが、白滝から「樺菜とは付き合えない」と間接的に言われたのだろう。

 白滝も一人に決めたら一途な男らしく、樺菜の気持ちを知ってもなびかないようだ。

 どうしようもないのかね。

 樺菜の初恋は片思いで終わってしまうか。これについては俺にはどうすることもできないよな。


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