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東は樺菜を見守りたい  作者: 小林弘二
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2.親友との無茶な活動

 俺が大学二年生の時の話だ。

 樺菜が中学に上がり、気の知れた女友達ができたようだ。

 たまにゲーセンで三人仲良くしているところを見ることがある。

 後に俺も知り合うことになる渚と百合なのだが、どうしてこうも美女同士で固まるんだろうな。


 そんな女友達ができたからだろうか、樺菜が明らかに変わり始めた。

 今までのパンクバンドのような女っ気のない格好から、年相応の女の子の姿に変身したのである。

 その姿を初めて見た俺は「熱でもあるのか?」と冗談めかして言ってやると、彼女は頬を膨らませてしまった。

 神田は神田で「女の子らしくなって、いいんじゃないか?」と褒めていた。


 女性らしいその格好は、最初こそ恥ずかしそうにしていたが、今まで外に出かける時だけ着ていたその格好も、そのうち部屋でも女性らしい格好をするようになった。

 女性としての意識が高くなったのかと思ったがそうではなく、話を聞いてみると、どうやら彼女たちに「捨てられた」らしい。


「男っぽい服しかないの!? 全部処分!」


 そう言われたそうだ。

 思い切りの良い女友達は渚という女性の方だろう。

 捨てられてしばらくはブーブー言っていたが、そのうち大人しくなった。どうやら、その格好を完全に受け入れたようだ。

 受け入れるのはいいが、スカート履きながらあぐらをかくのはやめてくれ。



 俺が大学四年生の時、彼女が中学三年に上がったばかりの頃だ。

 この頃には俺は当たり前のように彼女の家に訪れるようになっていた。

 夕方、彼女の家に上がったら、彼女はだらしなくソファーに腰掛け、腑抜けた顔をして天井を仰いでいた。なんだかそのぽかんと開いた口から、魂が漏れ出しているように見えた。

 そんな状態の樺菜に、神田はグラスに注がれたオレンジジュースをストローで飲ませていた。だらしない女王様に尽くす忠実な従者のような奇妙な光景だ。

 俺はそんな樺菜を指差し、神田に「どうしたんだ」と訊いてみた。


「花やしきで乗り回されたそうだ」


 樺菜はどういうわけか絶叫系が苦手だ。樺菜に遊園地へ遊びに行くかと訊いたことがある。そしたら、


「わたしは宙に上がる乗り物は嫌いだ。人間は人間らしく地べたを這いずり回っていればいいんだよ」


 などと良くわからない言い訳をして断られた。

 それから一度も遊園地へ誘ったことはないが、彼女は極力自分から遊園地へは近づかず、仲の良い友達と行く場合でも、なるべく絶叫系は乗らないようにしているそうだ。


「なんでまた乗り回された?」


 そう訊いてみると、樺菜は呆けた顔をこちらに向けて答えた。


「ジェットコースターを慣れさせるんだと」


 うんざりしているその顔は、相当乗り回されたのだろう。

 それからしばらくして訪れた彼女の家には、目をギラギラさせた樺菜がいた。


「わたしは克服したんだ、わたしは克服したんだ」


 などとギラついた目でブツブツと呟いているのだ。

 そんな彼女を気持ち悪く思いながらも、神田に尋ねてみると、


「明日はとしまえんへ行くそうだ」


 そう苦笑いをしながら答えた。

 花やしきではどこまで成長したか聞いてみると、あのローラーコースターを悲鳴を上げることなく乗れるようになったそうだ。


「しかも目をつぶることなくだよ」


 と自慢げに言っていたが、当たり前すぎて何の言葉も出なかった。

 あの小学生が喜ぶローラーコースターを今まで悲鳴を上げていたのかと、俺は呆れてしまった。

 悲鳴を上げずに乗れるようになったことで、自信がついたのだろう。

 どれだけ成長したか、としまえんでその成果を見せに行くようだが、嫌な予感しかしない。

 真剣に自己暗示している樺菜を見て、俺は心の中で十字を切った。


 翌日、ソファーに寝転び、口から魂が漏れ出た樺菜がいた。

 こうなると思ったよ。



「あいたたた」


 ある日彼女の家に訪れた時、歩き辛そうにしている樺菜がいた。


「どうした、筋肉痛か?」


 そう訊いてみると、彼女は迷惑そうな顔をしてこう答えた。


「来月、体育祭があって百合にしごかれているんだ」


 どうやら、体育祭はクラス対抗らしく、彼女は注目種目であるリレーに出場するそうだ。そこで、同じクラスでリレー選手でもある百合に、厳しくしごかれているようである。

 確か前に聞いた時、百合とは別クラスだと思ったが。その事を訊いてみると、


「三年になって、同じクラスになったんだ。その代わりに、渚とは別クラスになったけどね」


 そう答えた。

 その渚もリレーに出るようで、仲の良い三人が出場するだけに、本腰を入れて練習をしているようだ。

 ただし、本腰を入れているのは渚と百合の二人だけで、それに巻き込まれた樺菜はいい迷惑だと愚痴っていた。


 樺菜は知識に関してはスポンジのように吸収は良いが、スポーツに関してはそれは当てはまらない。つまり、運動音痴なのである。

 樺菜と仲の良い二人は、行きつけのゲーセンや彼女の部屋でたまに見かけるが、運動の方はどうなのだろうか。


「渚はともかく、百合は凄いよ」


 あのお嬢様然とした百合は、俺が想像する以上に運動神経が良いようだ。

 どうやら百合は全国大会で凄い記録を出したらしく、その彼女が出たら勝てるはずがないと、他のクラスから不満が出たそうだ。

 そこで足の遅い樺菜が出場することで、公平を図ったようである。

 驚異的な脚力を持つ百合でも、樺菜が出ることで勝負の行方がわからなくなり、百合は本気で樺菜をしごき始めたそうだ。


「走りのフォームから、バトンパス、ランニングまでやらされるんだ」


「まぁ、それぐらいは当たり前じゃないのか?」


 そこへ買い出しに行っていた神田が戻ってきた。


「運動したらタンパク質を取ればいい」


 そう言って鶏の胸肉のパックを樺菜に見せた。


「別に筋肉はいらないよ」


 その言葉に、俺は眉根を寄せた。俺は極度の筋トレ好きではないが、適度な筋トレを好む男だ。先程の彼女の言葉に物申したい。


「筋肉は骨格を支える重要なものだ。適度に鍛えないと猫背になったり腰痛になったりするぞ」


 俺の言葉に、神田が「最近、腰が痛くなることがあるんだよな」と言った。


「今年二五だっけ? もう痛くなるのか?」


 樺菜は信じられない顔をしている。

 そんな二人に、「腰痛には前屈が良い」と前屈をやらせてみると、二人とも信じられないほど硬かった。ガタイの良い神田はしょうがないとしても、樺菜は心配だ。


「樺菜、これからお前を人並みに柔らかくなるように鍛えてやるからな」


 そう言うと、彼女は迷惑そうな顔をした。


 その翌月、体育祭が開かれたらしく、その日の夕方彼女の家を訪れると、膝と肘に絆創膏を貼り付けた樺菜がいた。


「リレーで転んだ」


 と仏頂面で、まだ訊いてもないのに答えてくれた。

 鈍臭いなと思いながら話を聞いてみると、転んだのは走っている時ではなく、バトンをアンカーの百合に渡した後に、ベチーンと転んだそうだ。


「抜かれたのは一人だけだったようだぞ」


 と神田が付け加えたが、それ、褒められることじゃないからな。

 リレーの結果はどうなったか訊いてみると、どうやら樺菜からアンカーの百合にバトンが渡った時点で、最下位だったそうだ。共にアンカーの渚が三位でバトンを受け取り、一位に駆け上がっていく後ろから百合が猛追し、ゴール手前で渚を追い抜き一位でリレーを制したそうだ。


 アンカーで最下位から一位ってどんだけ速いんだよ、と驚いていると、


「樺菜は最下位から二番目でバトンを受け取って良かったな」


 そう、神田が余計なことを言った。

「あぁ、おかげで抜かれたのは一人だけで済んだよ」

 そう樺菜は頬を膨らませて言ったのだった。


あの二人に交じるとどうしても貧乏くじを引かされる樺菜であった。

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