或るご主人様とメイドの会話
……どっかで見たことある?
「ご主人様。気分は如何ですか?」
「お前がそれを聞くか? 当然最悪だ」
「それはようございました」
「おいっ! 反省ってものは無いのか、反省は!」
「私は反省するようなことなどいたしてはおりませんが」
メイドの格好をした女性は平然とした顔で答える。罪悪感の欠片も無さそうだ。
「お前、寝てる間に勝手に俺を連れ出した上、これからはここが御住まいです、だぁ!? いくら使った? いくら使ったんだっ!?」
「問題はありません。私がご主人様の資産を運用してあげた利益のみによって建設いたしましたので。そうですね………50億は使ったかと」
ぐらり、と青年の上体が傾いた。すかさずメイドな女性がそれを支える。自然と青年の顔はメイド女のその豊満な胸に埋もれる形になり、
「やんっ。ご主人様のえっちー」
「ニセチチのクセして偉そうなこと言うな」
青年はメイドの頭をはたいて立ち直る。メイドは青年が離れると素早く無表情になる。見事な変わり身だ。
「つまり、お金のことはよろしいということですね?」
「何がつまりだ、何がっ! 今の文脈をどう取ればそうなる!?」
「分かっております。分かっておりますとも。ご主人様の照れ隠しだと言うことは」
「お前なにも分かってないし!」
「ご主人様もこの屋敷が気に入られたようで安心いたしました。では、屋敷を案内させていただきます。ご安心下さい。設計したのは私ですので迷うことはありえません」
「ツッコミどころ多すぎ! 俺はどっからツッコめばいいんだっ!?」
「ご主人様。そんな初歩的なこともお忘れですか」
メイドは微妙に頬を染めておもむろに口と秘所をおさえた。
「こことここに突っ込めるのですよ?」
「ここで下ネタかよ! 見た目は良いのに、中身は10年は常温で保管した卵みたいに腐ってるな!!」
「見目麗しいなんてそんな………嬉しいです」
「そこまで言ってないし! それ以前に褒めてねー!」
「ご主人様が屋敷を気に入ってくださったようで嬉しゅうございます」
「一言もそんなこと言ってないぞ!?」
「………」
「………」
青年とメイドは無言で睨み合う。片や眉間にシワを寄せて、片や変わらぬ無表情で。
先に声を上げたのはメイドだった。
「ご主人様のアイコンタクト、確かに読み取りました」
「俺は送ってないぞ!?」
「いいえ。この屋敷を拠点に巨大ハーレムを作りたいという願望が伝わって来ました」
「それはお前の妄想だっ!」
「安心してください。客間、使用人部屋を合わせて128用意してありますから」
「無駄に多いな!? てか話噛み合ってねぇ!!」
「え………。ご主人様は私のこと、お嫌いですか?」
メイドは急にしおらしい態度になって、上目遣いで青年に詰め寄る。青年は頬を紅くして頭をかいた。
「そそ、そんなことは、なな無いけど。む、むしろ好きな部類に入る、かな」
「では、ハーレムをつくりましょう!」
「変わり身早っ!? てかどうしてそれに拘るんだよ?」
「………ハーレムをつくりましょう!」
「だからどうして」
「つくりましょう!」
「だからりゆ」
「つくれ」
「命令!?」
一進一退、いや、進みも退きもしない完全なる膠着状態。片や眉間にシワを寄せて、片や無表情。
しばらくの睨み合いの末に、折れたのは青年だった。
「あー分かった。もういい。屋敷の金のことは不問にする。俺はハーレムづくりに励む。………これでいいんだろ?」
「理解の早いご主人様で助かります」
「単に押し切られただけだと思うが。というか、ハーレムつくるって言ってるけどどうするんだ? 金と暴力と権力で連れて来るのか?」
リアル犯罪者になっちまうからそれは勘弁してくれ、と青年。メイドは青年を安心させるために緩く微笑んだ。
「そんなことする必要はありません。向こうから自然に寄ってきますから。そのように仕込みました。ついでにプチ整形もさせていただきました」
「整形!? 俺に黙って工事したのか!?」
「工事だなんて大袈裟な。ちょっと二重にしただけでございます」
「それならいいや」
青年もあっさりしたものである。メイドさんの教育の賜物だろう。
青年は一つ、大きく息をついた。
「とりあえず部屋に案内してくれ。その後で部屋に使用人達を集めろ。まずは挨拶をしたい」
「………はい? 改めての挨拶など必要ありませんが」
「改めて? 俺は一度も使用人たちと会ったことは無いように思うんだが」
「目の前に居りますのはメイドでは無い、と?」
メイドは必殺技、潤んだ瞳で上目遣い! を繰り出した!
効果は抜群だっ!
青年は焦った!
「違うから! そういうことじゃないからそんな泣きそうな顔するな! ただ俺は他の使用人に挨拶をだな………」
「私以外に使用人は居りませんが」
「………は? お前、大丈夫か?」
「大丈夫とはどういったことでございましょう?」
「だってお前、この屋敷東京ドーム何個分の敷地面積なんだ?」
「5個分はゆうに越えています!」
「それを一人でか?」
「…………」
「…………」
長い長い沈黙が二人の間を流れた。
「無理です、ご主人様」
「だろうな」
「どうすればよいのでしょうか?」
「二十人くらい雇えばいいだろ」
「………私のお金は使い切ってしまいました」
青年は軽くため息をついた。
「だと思ったよ。お前、詰めの辺りでヘマするからなぁ」
「………いいです。一人でやりますので」
「強がんなって」
「強がってなどいません」
「………」
「………」
二人は睨み合う。片やニヤニヤ、片や眉間にしわを寄せて恨めしそうに。
「二十人くらい俺が雇ってやるよ」
「………はい?」
「プレゼントを受け取らないのは勿体無いし、俺は掃除が行き届いていない家には住みたくなくてな」
「ありがとうございます。しかし………元はといえばご両親が築き上げてくださった資産ですのに、生意気でございますね?」
「や、お前、生意気って」
「私が居なければ1日さえ生き長らえられることもできませんのに」
「そんなバカな。俺はどこぞの長い耳の小動物か」
「そのような可愛げのある生きものであったなら、どれだけよかったことか」
「俺はその言葉をそっくりそのまま返したい気分でいっぱいだが」
「私に可愛げがないとでも!? それは暴言です! 訂正を要求します!」
「訂正できるか。お前には可愛気が圧倒的に足りてない」
「がーんっ」
メイドは口で効果音を顕わして、分かりやすく崩れ落ちる。ここでさっと華麗に支えるのが紳士の行動だが、駄目御主人さまは完全に他人事。面白そうにメイドの一人芝居を眺めるだけだ。メイドはしぶしぶ立ち上がる。
「ノッてくれてもよろしいでしょうに」
「日が暮れるわ!」
「……仕方のない御主人様」
「何がだよ!?」
「それは言えません」
「気になるだろ! 言えよ!」
「……ぽ」
唐突に頬を赤らめるメイドさん。
「ご主人様の、えっち」
「何が!?」
「とりあえずご飯に致しましょう。もう正午はとっくに過ぎてしまいましたし」
そう言い終えぬうちに、メイドは風のように屋敷の中へと消えていった。一人残された青年は大きなため息をつく。
「誰のせいだよ、誰の。……てかあいつ、俺の案内忘れてやがるし」
屋敷のどこに何があるのか分からない青年は、もう一度大きなため息を吐きだすのだった。
過去に書いていた執筆中小説に加筆を加えて投稿してみました。……なんだか最初からあった前半セクションのほうがボケもツッコミも鋭い?
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