少し前の王都では
ちょっと別視点でーす。
よろしくどうぞ!
「お前は! 何をしているんだっ!」
レスション王国の王宮にある国王執務室で、部屋の主人が怒鳴り声をあげていた。
撫でつけられた金髪に、怒りに染まった碧眼。豪奢な衣装を見に纏ったその男性の名はーー国王ハロルド・ランド・レスション。冷静沈着な王として有名であるハロルドではあるが、今の彼にそんな影は一切ない。
初めて見る父のそんな姿に……執務机の向かいに立った金髪碧眼の青年ーーソフィアの婚約者であった王太子ロイル・リンク・レスションは、大きく目を見開いて固まっていた。
「…………父、上……」
「黙れ。お前は自分がしたことが分かっているのか? お前は、自分の婚約者を見捨てたんだぞ」
冷たい目で睨まれたロイルは、そっと目を逸らす。
報告では、転移トラップによって最下層まで転移させられてしまい……魔道具を使って脱出することが出来た、ということになっている。
しかし、真実は違う。ロイル達は自分達が助かるために、ソフィアを生贄にしたのだ。
だが、そんなことは口が裂けても言えない。ロイルは目を逸らしたまま……謝罪を口にした。
「申し訳、ございません……ですが、わたし達も意識を失ったアルルを連れて行くので、精一杯で……」
「婚約者を見捨てた癖に、その平民の女はちゃんと連れて来たのか」
「……………アルルは、聖女です」
「……………」
確かに、アルルは聖なる力を持っている。聖女とも言えるだろう。
しかし、優先順位で言えば、ソフィアの方が断然上だ。
ハロルドは険しい顔で息子を睨みつけ……溜息を零しながら、視線を外した。
「…………もういい。下がれ」
「……父上」
「何度も言わせるな」
「っ……! 失礼、します」
ロイルが退室したのを見送ってから、ハロルドはまたもや大きな溜息を零す。
はっきり言って、今回の件は最悪だ。レスション王国史上、最も危機的な状況と言えるだろう。
ロイルが見捨てたソフィア・スターリング公爵令嬢は……《女神の愛し子》なのだから。
《女神の愛し子》ーーそれはその名の通り、女神の寵愛を一身に受ける存在である。
ソフィアが《愛し子》と発覚したのは……彼女が六歳の時のこと。彼女が誕生日を迎えた日、ハロルドの夢の中に黒髪黒目のとても美しき女神が現れたのだ。
真っ白な雲の上。涙が出そうなくらいに美しい青空を背景に……白い法衣を身に纏った女神は、こう告げたのだった。
『ソフィア・スターリング公爵令嬢は《女神の愛し子》です。ですが、あの子の歩む道先は重く、苦しく、暗い未来しか広がっていません。ゆえにわたくしは……彼女に試練を与えることにしました』
普通であれば信じられないような出来事だと断じるだろう。
しかし、ハロルドはその言葉を疑うことなど一切なかった。
『試練はとても辛く、険しいモノです。そして、誰の手も借りることは出来ず。ソフィア一人で挑まねばなりません。ですが、それを乗り越えし時……彼女は未来を切り拓く力を得るでしょう。どうかソフィアを時に助け、時に見守ってあげてください』
「……わたしが、助ける……?」
『えぇ。ソフィアが《愛し子》だと知られれば、悪しき者達に狙われるようになってしまいます。そういった有象無象からあの子を守れるのは……国王たる貴方にしか出来ないでしょう?』
何故、女神がハロルドの夢に現れたのか。その理由を理解して、彼は納得する。
国王である自分を利用するためだと分かっても、ハロルドは不快感など抱かなかった。それどころか……どこか誇らしい気持ちにすら、なっていた。
それに、この話にはハロルド側……国としてもメリットがある。《女神の愛し子》ーーその存在は、女神の寵愛を受ける者であり、存在するだけで富と幸運を運ぶ吉兆の存在でもあるのだ。彼女がいれば、これからレスション王国は更に繁栄していくことになる。
「…………成る程。ならば、国王ハロルド・ランド・レスションの名に置いて……力の限り、ソフィア嬢を支えることを宣言しよう」
こうして、ソフィアが《女神の愛し子》であることを知ったハロルドは、彼女を支える立場になったのだった……。
(…………ロイルにもソフィア嬢が《女神の愛し子》であることを伝えるべきだったか? いや、駄目だ。アイツは王太子でありながら、隙があり過ぎる。ソフィア嬢が《愛し子》だと知れば、容易くその情報を漏らしただろう。そうなれば……ソフィア嬢が、本格的に狙われてしまっただろう)
女神に愛されているソフィアがいるから、この国は豊かになった。出来ることならば、ソフィアが傷つかぬよう大事に大事に囲ってしまいたかったのだが……生憎と試練という名の強制転移によって、それは叶わない。
たとえ秘密裏に囲ったとしても……秘密裏に囲ってしまうからこそ、更に情報漏洩に気をつけなくてはいけなくなってしまう。《女神の愛し子》は、そこにいるだけで国を豊かにし、親しい人に幸福を運ぶ存在だ。そんな存在がいると分かれば、喉から手が出るほどに欲しくなるだろう。下手をすれば、欲に眩んだ貴族や犯罪組織だけに留まらず……他国すらもソフィアを狙い、連れ去ろうとするだろう。
ゆえに、ハロルドはソフィアを守るために情報規制をするーー《女神の愛し子》であることを公にはしないーーという選択をした。
そして、王太子の婚約者にすることで……護衛騎士を付けてもおかしくないような立場に、国として彼女を守れるようにしたのだ。
ソフィアが《愛し子》であることを知っているのは国王夫妻とスターリング公爵夫妻、宰相と騎士団長という必要最低限の者のみ。
だが、今の状況から省みるに……その選択が正しかったのかと不安を感じていた。ソフィアを守るためにした行動だったが……まさか、自身の息子が婚約者を見捨てるなんて思いもしなかった。
もしもロイルが自身の婚約者が《愛し子》だと知っていればーーきっと聖属性の魔法が使える程度の聖女など放って、ソフィアを優先して助けただろう。
それが簡単に想像出来てしまったからこそ、ハロルドは顔を顰めずにはいられない。
(………アイツが王になるなんて、碌でもない未来になりそうだな……まさか、女神様が仰っていた重く、暗い未来というのはロイルが原因なのか……? 最悪、継承権の順位を見直さなくてはならないな……)
ハロルドはそこまで考えて、ハッと我に返る。
今はソフィアのことを優先すべき状況。ロイルのことはひとまず置いておき……考え込んだ。
(確か……女神の試練とはダンジョン攻略のことだと、ソフィア嬢は言っていたな。あの夢で見た女神の言葉が本当ならば……今のソフィア嬢はある程度の力を有しているはず。ということは……学園が選出したダンジョン程度のレベルであれば……一人でも、問題なく帰還出来るかもしれない……? 今直ぐ騎士団を出せば、間に合うか……?)
どうやら多少の希望は残っているらしい。
そう判断したハロルドはソフィアの捜索・保護を目的とした命令書を製作すると……扉の側で控えていた騎士に声をかけ、騎士団長を執務室に呼ぶよう手配した。事情を知っている騎士団長であれば全てを察し、上手く手配をしてくれるだろう。
(………大丈夫だとは思うが、どうか無事でいてくれ)
しかし、ハロルドは知らない。
もうこの時点で既に、後手に回っていることをーー。
全てが手遅れだと国王ハロルドが知るのは……それから五日後のことであった。
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