銀の鍵と祝福の花
珍しく早め更新です……! わぁーい!
今後も気長に更新お待ちをください!
それでは、よろしくどうぞー( ・∇・)ノ
《魔王の宿屋》は凄かった。
まず一室、一室がとても広い部屋だった。だからと言って華美な訳ではない。木目調の家具で統一された、温かみのある居心地の良い内装をしていた。
浴室も凄かった。一部屋ずつ浴室がついているのだが……この宿には男女別の大浴場(+特別浴場という名の家族風呂)があり、その浴場では源泉掛け流しの温泉が沸いていて、疲労回復や美肌効果などが備わっていた。
そして、料理に至っては凄いレベルではなかった。なんせ出された肉が王族ですら滅多に口に出来ないドラゴンの肉だったのだ。もうこの時点でソフィアの開いた方は塞がらない。
なのに、一緒に出されたサラダは果物は、魔王(真)アントンが裏庭ーーつまりは家庭菜園ーーで育てたというモノで……。パンは小麦から育てて、焼いたのだとか。
夕食の席ーーソフィアは向かいに座って肉に齧り付いていたレインに、真顔で質問した。
「レイン、レイン。これ、普通の宿屋じゃあり得ませんわよね?」
「もぐもく……ん? まぁ……魔王(真)がやってる宿屋だから、普通じゃねぇわな」
「いえ、そうではなくて……」
「あはははっ! 分かる、分かるぞ〜! お前さんの言いたいこと。初めてこの宿に泊まる奴はみぃ〜んな同じ反応するんだよなぁ」
お盆を手にキッチンから現れたアントンは、ケラケラと笑いながら……「ついでだから、この宿屋のこと、ちょっと説明しとくなぁ〜」と言って話し始めた。
《魔王の宿屋》ーーこの宿屋は、先代女神が残した特殊な空間に存在する、魔王(真)アントンが経営する宿屋だ。
ここにいるアントンは具現化しているが、本当は精神体。そのため、この特殊な空間から出ることが出来ない。
しかし、宿屋をやるには買い出しなどを行わなければならない。
よってーー……。
「外に出れないオレは考えたのです。あっ、そうだぁ! 宿泊客に協力してもらおうとぉ!」
「えぇぇ……」
という感じで……外からやって来る宿泊客に肉やら調味料やらを提供してもらう代わりに、この宿屋に泊まってもらうことにしたのだった。
「宿屋経営はオレの精神を健常に保つためにやってるだけだから、金は必要ないんだぁ〜。だから、休める場所を提供する代わりに宿屋に必要なモノを貰うことにしてるんだよ」
カーテンやシーツに、消耗品類。
そして……肉・魚、野菜・果物などの食材や調味料類。
それらを客から宿泊料として受け取ることで、この宿は成り立っている。
「客によっては自分が狩ったヤツを卸してくれる奴もいて、時々出せるレア肉がウチの宿屋の売りになってるんだ。あっ、勿論時間停止魔法を使ってるから鮮度は安心してくれ〜」
「自分が狩ったヤツを卸していく!? そんなことする方、いますの!?」
「いるいる〜。こうして出してるドラゴン肉も、いらないからって渡されたんだからな〜」
「いらないドラゴン肉とは」
ドラゴンは血の一滴たりとも無駄にするところはないとされる超々高級素材だ。手の平サイズの肉でさえ、一月分の国家予算が賄えるとされている。
そんなとんでもないドラゴンの肉を容易く譲り渡すとは……どんな精神しているのか。
ソフィアは他人事でありながら、恐怖を覚えずにはいられなかった。
「ちなみに、この肉提供したのはレインだぞ〜?」
「貴方でしたの!?」
この言葉を聞き、ソフィアは思わずギョッとしながら叫ぶ。
まさか……まさか! とんでもない精神をしてる奴が目の前にいたなんて!
だというのに、当のレインはごくんっと肉を呑み込み、思いっきり首を傾げている。
ソフィアはなんとなく察し顔で、据わった目を彼に向けた。
「そんなこと……俺、したっけ? いつも鞄整理ついでに余りモンぶち撒けてるだけだから、分かんねぇわ」
「鞄整理でぶち撒けるドラゴン肉とは」
「あはははっ、安心しろぉ〜。ここまでぶっ飛んでるのはレインぐらいだから。流石に他の客もここまではしないから。普通に売るらしいから。だって、売った方が金になるらしいし」
最後の方ではアントンの微妙に訛りっぽい小文字と伸ばしが失くなっていた。というか、真顔だった。どうやら魔王(真)でも〝あり得ない〟と思ってるレベルらしい。
けれど、それをやってしまうのがレインという男。
「あっ、また後で肉出しとくな。またテキトーに狩ったヤツが入りっぱなしだからよ」
「………ご提供、ありがとございまぁ〜す……」
アントンは諦めた様子で肩を竦め、サービスだと言ってミルクジェラートをテーブルに置いてキッチンに戻っていく。
ソフィアはスンッとした顔になりながら、去っていく魔王(真)の後ろ姿とレインを交互に見る。
(どうしてかしら……魔王(真)よりも、レインの方がぶっ飛んでる気がするのは……?)
ソフィアは一瞬、本気でそう思った。
けれど、レインはどこまでいってもマイペースで……「相変わらず美味いな、アントンの料理は」なんて暢気に笑っている。
(…………まぁ。Sランク冒険者で、あの駄女神に巻き込まれてるレインがぶっ飛んでないはずがありませんわよね)
結局は全て、それで片付いてしまうのだ。
何度も忘れかけるが、レインは《歩く天災》Sランク冒険者。一人で国を相手取れる戦略級兵器である。ぶっ飛んでいないはずがない。
ちなみに……勿論ソフィアもレインと同類である。本人に自覚はないが。
「ソフィア。肉、食べねぇの? ならくーー」
「あげませんし、食べますわっ!」
取り敢えず……ドラゴン肉は今まで食べた肉料理の中でダントツで美味しかったと、後にソフィアは語った。
*****
衝撃的な夕食から一夜明けーー……。
朝食の席でもコカトリスの卵ーーこれもまたレア食材ーーを使ったスクランブルエッグなんてモンを出されて少し現実逃避しかけたが……なんだかんだで宿屋を出る時間を迎えた。流石に今日は街を散策するので、レインは冒険者装備ではなく平民が着るようなシャツとズボン姿だ。
けれど、ソフィアの服は今日も変わらず学園のシャツにスカート、ローブである。
レインはそんな彼女の姿を見て、〝あちゃー〟と自身の額を叩いた。
「うわぁ、悪ぃ。すまん。浄化で綺麗になっちまうし、早くあの国から出たかったから後回しになってたが……ソフィアの服ぐらいは買っとかねぇとだな。午後は服屋にも行こうぜ」
「えぇ、分かりましたわ。でも、気にしないでくださいませね? 服なんて着れればなんでも構いませんわ。というか……強制転移のようにネグリジェでダンジョン攻略させられるより、同じ服でもマトモな服を着続けてる方が断然マシですわ」
「いや、構えよ!? 折角の美人なんだからな!? 後、それは同意するわ! 俺も風呂入ってる時に転移させられたことあったからな!」
朝っぱらから駄女神への殺意が増すような会話をしながら玄関まで行くと、受付席に座っていたアントンが「待ってたぞぉ〜」と声をかけてくる。
ソフィアとレインはキョトンとしながら、受付台に近づいた。
「どうかしたか? アントン」
「これこれ。ソフィアに渡しとこうと思ってなぁ」
そう言って差し出されたのは、蔦薔薇の模様が浮かんだ銀の鍵。
それを見たレインは「あぁ、成る程」と納得し、ソフィアは不思議そうにしながら鍵を受け取った。
「これは……?」
「この宿屋へ導いてくれる鍵だぞ〜。レインも持ってるヤツだなぁ」
「レインも?」
「おぅ。ほら」
レインはバックパックに手を突っ込むと、ソフィアが渡されたモノと同じ鍵を取り出す。
「言うなれば認証キーみたいなモンだな。アントンから渡された奴以外が持つと効力が無効になるらしいぜ」
「………にんしょう、きー?」
「あー……そうだな。もっと詳しく説明すっと……《魔王の宿屋》はアントンのお眼鏡に適う奴ーー疲れ切ってる奴とか、俗世と離れてる奴とか、駄女神被害者とかが来れるらしいんだが……。まぁ、それでも辿り着くのは容易くない。なんせ先代女神の造った特殊空間らしいし? だから、この空間に来やすくするための魔道具だと思えば良い」
「成る程……」
ソフィアはマジマジと銀の鍵を観察する。
世の中には不思議な魔道具があるモノなんだなと、改めて思った。
「この鍵を持ったまま、人気のない道をテキトーにぐるぐ〜る歩いてるとこの宿屋に辿り着くから。コツは〝あ〜……早く休みた〜い……〟って思いながら歩くことだぞ〜」
「えっ、コツなんて必要なんですの?」
「そーなんだよ。何回か泊まったことがある俺ですら、毎っ回、歩き回る時間がバッラバラだかんな。結構、大変だったりするぞ?」
「他の人が近くにいたりすると上手く来れないから、気をつけてなぁ」
そんな忠告を受けながら、ソフィアは銀の鍵をどうしまっておこうかと悩む。
生憎とレインが持っているようなバックパックは所有していない。だからと言って服のポケットにしまうのもどこか不安だ。
そんな彼女の気持ちを見透かしたのか、レインがバックパックから銀のチェーンを取り出す。
「ソフィア。鍵、寄越せ」
「えっ、あ、はい」
そう言われて素直に差し出すと、レインは鍵の先端にある開いてる部位にチェーンを通して、ソフィアの首にかけてくれる。
ソフィアは首から下がった鍵を一撫でしてから、彼にお礼を言った。
「ありがとうございます、レイン。これなら失くしませんわ」
「おぅ。まぁ、俺と一緒にいりゃぁそれを使う機会はねぇーかも知れねぇけどな。それでも何かあった時に逃げる場所はあった方が良い」
「つまりは、緊急避難場所と?」
「あぁ。けど、そんな状況になる前に俺がなんとかすっけどな」
レインは気負った様子もなく、そう告げる。
きっと、彼がそう言うのであれば実際にそうなるのだろう。
それほどの自信が……実力が、レインにはある。
だが、生憎とソフィアは彼だけに頼りっきりになるつもりはない。
「……もしもの時はよろしくお願いしますわ。ですが、何かあった際は勿論わたくしも協力しますから……一人で全てをどうにかしようとか思わないでくださいませね」
「………一人でどうにか出来ても?」
「二人でやった方が早く終わりますわよ?」
「………ふはっ! そりゃそーだっ!」
レインは噴き出しながら笑う。
Sランク冒険者なんてモノになってからは、力ある者にはその力を行使する責任があるーーなんて馬鹿げた風潮の所為で面倒ごとを押し付けられたり、強いから大丈夫だろうと全てを任されたりしてきた。
なのに、ソフィアは違う。レインに任せるのではなく、二人でやろうと言ってくる。だって、その方が早く終わるからと。
それが……任せっきりにしようとしない彼女の気持ちが、凄く嬉しい。
「………本当、お前と結婚出来るのは俺の人生で一番の幸せだわ」
「まぁ。それは良かったですわね」
「おぅ。つー訳で、とっとと神殿行くか〜」
「えぇ」
レインはソフィアの手を取って、宿屋から出ようとする。
しかし、その前に二人を外出を阻む者がいた。
「ちょ、ちょぉ〜っと待ったぁ〜!?」
ーーアントンである。
レインはピタリッと足を止め、怪訝な顔で振り返る。
「なんだよ、アントン」
「えっ!? いや、二人はこれから結婚するのかぁ!? 今日!?」
「えぇ、そうですわよ?」
「えぇぇぇ〜!? そういうことは早く言えよぉ〜! そしたら、結婚祝いとか準備したのにぃ〜! 取り敢えず、ちょっと待ってて!」
アントンはアワアワとしながら廊下の奥へと走り出した。
ソフィアとレインは互いに顔を見合わせ、首を傾げる。
だが、待っていてと言われては待つしかない。そのまま待つこと数分。
やっと戻って来たアントンの手には、水色と白をメインにした彩りの花束が抱えられていた。
「ごめんなぁ〜! 急だったから、リボンでまとめただけなんだが……はい、これ!」
アントンはソフィアに花束を渡す。レインには右の胸元にあったポケットに、濃青色の花をぶっ挿した。
「あ、ありがとうございます……えっと、これは?」
「オレのいた故郷の風習で、祝福の花って言ってなぁ……。花嫁は母親がまとめた花束を手に、花婿には父親が選んだ花を胸に挿して、結婚式を挙げるんだ」
そう言ったアントンは、どこか遠くを見つめながら呟く。
その瞳はソフィア達を見ているのに見ていないようで……。
望郷を思わせるその姿に、悲しそうなその姿に、ソフィアは息を呑んだ。
「もう、今は忘れ去られた廃れた文化だろうし、オレは二人の親じゃないけど。それでも今日、オレの宿屋から行くんなら、これぐらいはっと思ってなぁ……」
(あぁ……彼は、言ってましたわね。魔王となった者は不老不死になる、と……それはつまり……)
アントンがどれだけの時間を生きてきたかは分からない。
でも、故郷がなくなるほどには……長い時間だったのだろう。
ソフィアは彼に哀れみの気持ちを抱きかけるが、アントンはそれを見抜いて困ったような顔になった。
「おっと〜、同情はしないでくれ〜? 確かに、なりたくてなった魔王じゃないけど……魔王がいたから、家族はこの世界で生きれたんだ。オレはなすべきことをしただけだから……だから、可哀想なんて思わないでなぁ。そんな風に思われたら、本当にオレは可哀想な奴になっちゃうし……同情されるなんて惨めだからなぁ」
そう言われてソフィアは自分が恥ずかしくなる。
なりたくてなった訳ではない。けれど、アントンは魔王になったことに後悔はしてないようだった。
なのに、一方的にソフィアが哀れんだら……それは、ソフィアが彼を下に見ているのも同然。アントンに、失礼だ。
「申し訳、ありませんわ……」
「いんや? 気にしないでくれ〜。ソフィアの方が普通の反応だからなぁ」
「……………」
「オレの事情を聞いても哀れむどころか、〝そういうこともあんだろ〟で片付けちゃうのもソレはソレで強いよなぁ〜」
……悲しいかな。
その発言に、普通じゃない反応をした人がいると、察することが出来てしまう。
そして、その普通じゃない反応をしたのは……。
「ん? どうかしたか?」
首を傾げるレインに、ソフィアはなんとも言えない顔になる。
アントンをチラリと見ると、ウンウンと頷いていた。
あっ、やっぱり……。ソフィアはレインはどこまでもマイペースだなっと、心から思った。
「レインだからなぁ〜」
「レインですものね……」
「えっ、なんだよ……」
「「なんでも(な〜い)ありませんわ」」
ソフィアとアントンは互いに顔を見合わせて、苦笑する。
けれど、その顔は決して困っているのではなく……どこか楽しげでもあった。
レインはそんな二人に、怪訝な顔になる。
しかし、どうやら答えてもらえなさそうだと理解すると、少し呆れ顔をしながら口を開いた。
「……? なんかよく分からねぇけど、まだ行かねぇの?」
「あっ、行きますわ」
「おっ、引き止めちゃってごめんなぁ。んじゃ、レイン。ソフィア。今日という日に祝福を。新たな門出に祝福を。どうか幸せになってくれ。行ってらっしゃい」
アントンは満面の笑顔を浮かべて、二人に手を振る。
「「行ってきます」」
こうして……ソフィアとレインは魔王(真)に見送られて結婚しに行くーーという、世にも珍しい門出を迎えたのだった。
よろしければ、ブックマーク・評価をお願いします!




