走る悪役令嬢と転生冒険者
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ダンジョンの外に出たソフィアとレインは眩しい太陽の光に目を細めーー……ることはなく。
鬱蒼とした森の隙間から覗く空が闇に包まれていたことに、思わずげんなりした。
「まぁ、そうだわな。最下層だもん。そりゃこうなるわ」
浅い層であれば魔物の強さもそれほどではなく、層自体の広さも狭い。しかし、深い層に行けば行くほど敵の強さも倍増するし、階層の広さもとんでもないことになる。ついでに言うと、階層を移動するための階段の位置(基本、対角線上になっている)は変わらないが……他の構造は、入るたびに変わるランダム迷宮仕様だ。
例え、帰還のためのマッピングをしていても時間がかかるモンはかかる。
女神の祝福(呪いとも言う)という名の迷惑を被って、無駄に鍛え上げられた二人だからこそ一日で脱出できただけで、他の人ならば帰還に何ヶ月もかかるだろう。
………結局、何が言いたいかいうと……野営することが決定したのだった。
「……取り敢えず、このダンジョンは王都近くってことで合ってる?」
「えぇ。馬車で王都から南へ二時間半ほどの場所ですわ」
今回の実習では一番王都から近いダンジョンに訪れていた。
ちなみに、この二時間半は幌馬車の場合であり……王侯貴族を乗せた馬車は、乗っている貴人達の負担を少なくするためにゆっくりと走るので、更に時間がかかっていた。
閑話休題。
レインは彼女からの情報提供を踏まえて、頭の中に浮かべた地図から自分達の位置を把握する。
「となると……今いる位置はあそこら辺か」
「…………簡易拠点が解体されている……やっぱり、他の方達はもういないようですわね」
「……ん? あぁ、成る程。学生だもんな。それぐらい、準備してるか」
今回のダンジョン攻略は、あくまでも学園における授業の一環だ。
そのため、ダンジョンの入り口付近には簡易拠点ーー怪我をした生徒を治療するためやら、教師の待機場所としてーーを構築していた。拠点構築は、冒険者であるレインも経験がある。
ダンジョンの迷宮は入り組んでいて、下層に行っていたパーティーの方が先に帰還するなんてことはザラではあるが……完全撤収が済んでいる様子からして、ソフィアのパーティーメンバーはとっくのとうにダンジョンから脱出したのだろう。
しかし、彼は直ぐに首を傾げた。
「いや……でも、おかしくないか? 罠が発動して、最下層に飛ばされたんだろう? 力不足な学生だけで、そんな直ぐに脱出することが出来るか?」
このダンジョンは浅い層であればそれほどの難易度ではないが、下層に行けば行くほど難易度が上がる。最下層ともなれば、精鋭クラスの冒険者でなければ無事では済まないだろう。
学生……それも貴族の子息令嬢だけで生き残ることが出来るとは思えない。そんなレインの疑問に答えるように、ソフィアは呟いた。
「多分、ダンジョン脱出用の魔導具を使ったのかと」
「えっ!? それ、超高級品じゃんっ……!?」
脱出用の魔導具は、使い捨ての超高級品だ。
平民では一生手の届かない……男爵家などであっても、軽く家が傾くほどの値段がする。
「って……そんなの持ってるなら、置き去りにする必要なくないかっ!?」
「ミノタウロスはしつこかったですから……追いかけられているままでは、魔道具が使用できないと思ったのでは?」
「うわぁ……」
レインは本気でドン引きしていた。
軽く駄女神からソフィアの状況を聞いていた(※否応無しに聞かされていた)が、まさか……本当に自分の婚約者を囮にして、他の女を連れて逃げる奴がいるなんて思えなかった。
というか、王太子の行動は普通にアウトだろう。
確かに、ダンジョン内で何があっても自己責任になる。ダンジョンは巨額の富や名声を齎す夢溢れる場所であるが、死と隣り合わせでもあるのだ。
ゆえに簡単に死なないために、パーティーを組む。
互いの命を預けるのだから、連帯責任。一連托生が当然だ。
なのに、自分のために一方的に見捨てられるとなれば……。
どんな冒険者であろうとそんな奴と組もうと思わないだろう。
脱出用の魔道具を持っていながら、であれば尚更だ。
改めて、ソフィアが大変な目に遭ったことを認識したレインは……会ったことがない王太子に向かって文句を言った。
「とんでもねぇ奴だな、その王子……駄女神とは違うベクトルで碌でもない……」
「否定は出来ませんわね」
ソフィアは思わず苦笑を零す。
なんとも言えない気まずい空気が流れていたが……レインはそんな空気を変えるように、パンッと両手を合わせた。
「まぁ、そんなクソ野郎どもはひとまず置いといて。取り敢えず、移動しようぜ」
レインは空を見上げて、月の位置から大体の時間を把握する。
「ダンジョン内ほど焦らなくていいから……俺らの足で多く見積もって、二時間ぐらい。そんだけ走れば違う街に着く。時間的には街門は閉まっちゃってるけど、こんな森の中で野営するよりは門前の方が断然マシだろ。行けそう?」
「えぇ。あの駄女神にやらされたサバイバルよりは余裕ですわ」
「……そりゃそうだ! んじゃあ……行く前に。血塗れの上着をなんとかしなくちゃな」
彼女の着ている制服は、ミノタウロスの返り血塗れである。はっきり言って、かなり鉄臭い。
当人もそれに気づいたのだろう。自身の服を見て、困ったような顔をした。
「あぁ……失礼しましたわ。どうしましょう? 川でもあったら軽く飛び込んできますのに」
「無駄にアグレッシブ! いや、そんなことしなくてもなんとか出来るから!」
「……本当に?」
「まぁ、見てなって」
レインは魔法で水を生成すると、ソフィアの身体を包み込む。
若干血が乾き始めていたが、水に触れたため水分を含み……水自体が徐々に赤く染まる。
ある程度血が水に移った瞬間ーー彼はその水を動かし、地面に落とした。
「どう?」
「……中々に高度なことをなさいますわね?」
汚れ一つなくなった服や身体を確認しながら、ソフィアはただただ感心していた。
簡単そうにしていたが、今の技には繊細な操作能力が求められる。
水の操作を誤れば完全には乾かないし、下手をすれば彼女の体内の水分すらも操作されかねない。だが、彼の様子から見てそんなことはしないだろう。レインはかなり高位の魔法使いらしい。
ソフィアは魔法に長けたレインに、ほんの少しだけ嫉妬の目を向けてしまった。
「……なぁに、その目は」
「……羨ましいですわ。わたくし、大雑把にしか魔法を使えませんのに……」
ソフィアの魔法適正は火属性。しかし、悲しいかな……いくら訓練したって、何故か上手く魔法を使うことが出来なかった。謎か、爆発させるとか爆発させるとか、爆破するとかしか出来ないのだ。ぶっちゃけ、王妃教育の一環で付けられた魔法の講師に匙を投げられるレベルである。
それを聞いたレインは困ったように頬を掻くと……苦笑を零しながら、肩を竦めた。
「んなこと言われても、どうしようも出来ないし」
「分かってますわ」
「そんな拗ねんなって」
「拗ねてません」
「嘘吐きめ。まぁ……あの駄女神のことだ。いつかサービスで魔法属性も追加してくれるんじゃね?」
「!! あの駄女神にどうにかされるくらいだったら、このままで良いですわ!」
適正属性が増えるのは確かに魅力的だ。ただし、あの駄女神の手でなければの話だが。
駄女神が適正属性を増やすなんて、絶対に碌なことにならない。確信がある。
ゆえにソフィアは、顔面蒼白になりながら全力で拒否した。
「まぁ、なんだ? その教育でつけられた魔法の講師の教え方が悪かった可能性もあるからなぁ。良かったら、俺が教えてやるよ」
「…………はい?」
ーーぽかんっ……。
ソフィアはさらりと告げられた言葉に呆然とする。大きく目を見開いて、信じられないと言わんばかりの顔をしながら。
その様子にレインは怪訝な顔を返す。彼は首を傾げながら、「なんでそんな驚いてんの?」と質問をした。
「だ、だって……魔法が上手く使えないのは……いつも……わたくしが下手だからで……わたくしが、悪いって……」
「…………はぁ? そんなこと言われてたの?」
「え、えぇ……」
「いやいやいや。俺の自論だけど、魔法が上手く使えない奴なんていないと思ってるから。上手く使えないのは、使い方を間違ってるだけだって。だから、ソフィアも絶対上手くなるよ」
自信を持ったレインの主張に、ソフィアは僅かに顔を歪める。
ソフィアは駄女神による強制ダンジョン攻略をしている間以外の時間は、全てを王妃教育に費やしてきた。いつ転移させられるか分からない。加えて、一度転移させられるとは短くても二週間、長くて半年もの間、ダンジョンに籠ることになる。ゆえに、国にいる間に詰め込んでしまおう……という状況だったのだ。
そのため、ソフィアが受けた王妃教育はとても厳しいものになっていた。休みの時間など殆どなく、出来なければ「何故、こんなことも出来ないのだ」、「やる気が足りない」などと叱責される毎日。
だから……そんな風に言われたことなんて、なかった。こんな優しく言われたことなんて……一度も、なかった。
「本当に、上手くなれる……?」
「おう」
「絶対……?」
「絶対に」
「…………嬉しい……」
ーーふわりっ……。
「!!」
レインは綻ぶように微笑んだソフィアに、目を奪われた。
元々、ソフィアはかなりの美少女だ。腰まで伸びた艶やかな黒髪。紺碧の瞳。肌は雪のように白く、濃紺色の制服を纏って凛と背筋を伸ばす姿はまさに令嬢らしい立ち振る舞い。
彼女には綺麗、という言葉が相応しい。
けれど……その笑顔は、酷く無防備な柔らかいもの。
可愛らしいとも言えるソフィアの表情に、レインの頬はじわじわと赤くなっていった。
「………」
「……レイン? どうなさいましたの? 顔が真っ赤ですわ」
「あー……うん。大丈夫、大丈夫。ちょっと気温が暑いだけ」
「………? そんなに暑いかしら?」
キョトンと首を傾げるソフィア。
そんなちょっとした仕草すらも可愛らしく見える……気がする。
レインは〝こりゃアレか……? もしかしてアレなのか……?〟と思いながらも、ワザとらしく咳払いして、話を戻した。
「よし、もう大丈夫。話を戻すぞ」
一瞬一瞬の判断が重要視される冒険者。切り替えの早さは流石と言うべきだろう。
パッと顔を上げたレインは纏っていた浮ついた空気が嘘のように、飄々とした笑みを浮かべていた。
ソフィアは「分かりましたわ」と答えて頷く。
だが……レインがスッと胸元に顔を近づけてきたことに、彼女は驚きのあまりビクリッと身体を震わせた。
「!?!?」
「うん。血の匂いもある程度収まったみたいだな。後、その制服は無駄に目立つから……ローブでも羽織っとくか」
パッと離れたレインは腰に付けていたマジックバックから焦げ茶色のローブを取り出し、ソフィアの制服の上着を脱がし始める。
匂いを嗅がれるという行為に動揺し、ピシーンッと固まったソフィアは、されるがままになってしまう。
しかし、ローブを羽織らせられて、胸元のベルトが留められたところでーーハッと我に返った。
「ちょっと!? 何してますの!?」
「ん? ローブ着せてる」
「そうではなくて! 不躾に淑女のむ、胸元に顔を近づけるなんて……! 勝手に服をぬ、脱がせるなんて……! マ、マナーがなってませんわ!」
「…………あっ」
そう言われて、レインは自分が無意識にやっていた行動にハッとする。
確かに、貴族の男性であっても女性の上着を脱がせたりはしないだろう。するとしたら……夜のそういう時ぐらい。
彼は今更自身の行動に気づいた様子で……またもや顔を赤くしながら、素直に謝罪した。
「ごめん、無意識」
その一言に顔を真っ赤にしたソフィアは、ギロリッと鋭い視線で彼を睨んだ。
「最低! 無意識にやるってことは、女性の服を脱がすのに慣れてるってことじゃありませんの!」
「慣れてませんけど!?」
「嘘吐き! タラシ!」
「嘘じゃない! タラシでもない! 女性とそういう関係になったことなんて、一度もないんだからな!?」
「えっち!」
「ぶふっっ!?!?」
ソフィアは急に噎せたレインを置き去りにして走り出す。
余計な光がないため、月明かりでも充分に視野が確保できる。まぁ……駄女神のおかげ(怨)で暗視スキルを手に入れている二人には、どれほど真っ暗であっても関係ない。
ソフィアは木の根に足を取られることなく、彼から逃げるように走り続ける。
しかし、相手は現役S級冒険者。直ぐに追いついたレインは顔を真っ赤にしながら……彼女に怒った。
「勝手に先行くな! 一人じゃ危ないだろ!?」
「危なくありませんわよ! わたくし、強いもの!」
「それでも女の子なんだから、一人は駄目だろっ!」
「っ〜! やっぱりタラシですわっ!!」
「話が戻ったっ!?」
ギャーギャー言い合いながらも、二人はさり気なく周りの警戒も怠ることはなかった。
ついでに……ソフィアは顔を顰めながら、心の中で呟いた。
(…………この人の振る舞い……きっと、勘違いする女性も少なくなかったはず……なんだか、女難の予感がしてしまいますわ……)
………ちなみに、ソフィアの予想は大的中する。
後に彼女は……レインの渾名に《超鈍感キング》と不名誉なモノがあり、彼に熱を上げている女性が複数いることと知ることになるのだが、それはまた別の話であった。
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