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第四章『初めての女装』 その①

 次の日。

「じゃあな、速水」

 部活を終えたオレたちは、いつもの交差点で別れようとした。

「あ、まって走太」

 珍しく速水が思い出したようにオレを呼び止めた。

「これから遊ばない? 友達も来るんだけど…」

「ああー」

 どうすっかな? 

 これからメイ姐がオレの家に来て、ウソラン計画について話し合う約束をしていたのだ。

 少し惜しいが、ここは断ろう。

「すまねえ、少し用事があるんだよ」

「そっかー、残念。荷物持ちをさせようと思ったのに…」

 断って心底安心した。

「じゃあな」

「うん、バイバイ走太」

 オレと速水は別れた。

 鞄を掛けなおして帰路につこうとすると、前方から、警察官が走ってくるのに気が付いた。

「ん?」

 嫌な予感。

「確保!」

 警察官はオレにタックルをかます。

「グへえ!」

 そのまま警察官に道路の上に抑え込まれてしまった。

「はい! 午後六時四十七分! 女装罪で逮捕します」

 そう言って、後ろに捻り上げられたオレの手首に手錠をはめる。

 ガシャン!

「確保成功! これより、走太の家に連行します!」

 警察官はオレを強引に立たせると、ぐいぐいと引っ張り出した。

 そこに、若い女性と、その子供が通りかかった。

「ねえ、あれなに?」

 子供が遠慮無しにオレを指さすので、母親は「見ちゃダメ!」と子供の目を塞いでいた。

「さっさと歩け!」

 警察官がオレの背中をぐいぐいと押してくる。

 もしかして、帰るまでこの格好か?

「おい、メイ姐…」

「あ、バレた?」

 警察官が帽子を脱ぎ、顔をごしごしと擦る。落とされた化粧の奥から、メイ姐の綺麗な顔が現れた。

「今日は、警察官になってみました!」

「制服なんてどこで借りたんだよ…」

「こういうのはね、いろいろな心の闇を抱えた大人たちが売ってくれるのよ」

 メイ姐の声のトーンが急に悲し気になる。

 中学生のオレにはよくわからないが、きっと大人たちも大変なんだろうな…。

「ふう、この制服動きにくいのよね」

 そう言ってメイ姐が警察官の制服を脱いだ。

 オレは一瞬どきっとしたが、メイ姐は中にTシャツをを着ていた。

「じゃあ、この手錠も外してくれよ」

 オレは背中の後ろでオレの手首を拘束している手錠をメイ姐に突きつけた。

「はいはい、しょうしょうお待ち」

 メイ姐はズボンのポケットに手を入れて、手錠の鍵を探す。

 その指が、破れたポケットの底から飛び出した。

 メイ姐の動きがピタッと止まる。

「ごめん…」

 メイ姐の顔から血の気が引いていった。

 オレはすべてを察した。

「一応プラスチックだから…、ペンチとかあれば、切れると思う…」

 メイ姐の気休めの言葉。

「え、帰るまでこの格好?」

「この上着をかぶせて、手元を隠しておけば大丈夫」

「余計にマズイじゃねーか!」

        ※

 家に帰ると、母さんがエプロンを着たままキッチンから顔を出した。

「おかえり、走太」

「ああ、ただいま」

「お久しぶりです! おばさん!」

 オレの背後からメイ姐が顔を出して、ペコっと頭を下げた。

 母さんは近眼の目を細めてメイ姐の顔を凝視する。

「ああ! 芽衣ちゃん! 大きくなったねえ!」

「はい! 今年で二十歳です!」

「へえ! 仕事は見つかったの?」

「はい! この近くの結婚式場の専属メイクアップアーティストになりました!」

「めいくあっぷあーてぃすと?」

 母さん、オレと同じ反応しているな。

 母さんがメイ姐と話し込んでいるうちに、オレはさささっと母さんの横を抜けた。

「あら、走太、その手、どうしたの?」

 ギクリ。

 母さんはオレの腕に巻かれた上着に気づく。

「何上着なんて巻いているのよ…、手錠でもはめられたみたいに…」

 手錠、はめられているんだよなあ…。

 オレはギギギっと首を回して振り返った。

「冷え性なんだよ」

「はあ?」

 すかさずメイ姐が母さんの気を引いた。

「そんなことより、おばさん、ペンチみたいなものを貸してくれませんか?」

「工具なら、倉庫にあるけど…、何にに使うの?」

 当然、この手錠の鎖を切るためだ。

「ええと…、メイクアップアーティストの必需品でして…」

「はあ?」

 母さんは眉間に皺を寄せて気難しい顔をしていたが、すぐに表情を緩めた。

「めいくあっぷあーてぃすとって、大工みたいなものかしら?」

「は、はい!」

 何とかごまかしを効かせて、母さんからペンチを借りたオレとメイ姐は、二階のオレの部屋に避難した。

「ごめんごめん、これで鎖を切れるね」

「早くしてくれ」

 オレは両腕にはめられた手錠をメイ姐に突き出した。

 メイ姐がペンチを構える。

 鎖にペンチを噛ませて、力を込めた。

「えい!」

「んぎゃあああ!」

「あ、ごめん」

 ペンチは鎖を切断したが、オレの手の皮膚まで巻き込んだ。

 その後、鍵の方も何とか破壊したが、オレの手の腹はしばらく青くはれ上がることとなった。


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