第一章 その④
「何とでも言えば? その男子みたいな女子に負けている男子は誰なんでしょうね?」
「オトコオトコオトコオトコオトコオトコ」
「誰が何度でも言えと言った!」
「ぐへえ!」
やっぱり速水の拳が飛んできて、オレの頭を殴る。
コンクリートの上に突っ伏したオレは、キッと速水を睨んだ。
くそ、こいつはやっぱり男だ。
「まあ、いいじゃない。タイムはそこまで差が無いんだから、そのうち勝てるわよ」
そう言って、肩をポンポンと叩かれる。くそ、嬉しくない。
「次こそ勝つ」
オレは立ち上がって視線を合わせた。
「勝ってみなさいよ」
速水の挑戦的な目。
やっぱりむかつく! 絶対に勝つ!
その時、大村先生が二本目が始める合図を出した。
「あと三十秒でレストが終わりだ。準備しなさい」
オレと速水は「はい」と返事して、再び校門の前に並んだ。
クロスカントリーコースでの二キロタイムトライアル。
一本目でかなり体力を消費しているが、それは速水も同じということ! 絶対に男子の方が体力があるんだ。
持久戦に持ち込んで競り勝ってやる!
「オンユアマーク!」
位置についての合図とともに、姿勢を低くしてスタンディングスタートの構えを取った。
「ドン!」
それから七分後。
ヘロヘロになりながら校門のゴールをくぐったオレを、速水の乾いた拍手が出迎えた。
「おかえりー」
はあ、はあ、はあ、はあ。
苦しい。息ができない。声が出ない。
身体のありとあらゆる汗腺から水分が抜けだして、ぼたぼたと落ちた。肺に血液が回ったおかげで喉元に鉄の味が込み上げる。
生まれたれの小鹿のような足取りで、地面に倒れこんだ。
「…、タイムは?」
「七分二十三秒だ!」
くそ…、十八秒も落としちまった…。
「ちなみに私は七分三秒」
涼しい顔をした速水がオレを見下ろした。
「これで私の百三十五勝十四敗ね」
「負けた…」
持久力もバケモンかよ…。
「お疲れ!」
大村先生がボトルに入った水をオレの頭にぶっかけた。
火照った顔が冷えて気持ちがいい。
「今日の練習はここまでだ! このまま校舎を五周して、クールダウンするぞ!」
もう、走れませんよ…。
※
クールダウンを終えたオレたちは、汗が冷えて風邪を引かないように、制服に着替えた。
それから再びグラウンドに集合して、大村先生とミーティングをする。
「みんなお疲れ様!」
今日のオレたちの練習を労って、飴玉を二つ渡された。
「運動後は血糖値が低くなるからな! 一つ舐めておけ!」
オレはすぐに封を切って口に放り込んだ。
ああ、やっぱり運動後の甘いものは身体に染みわたる…。
速水は「ありがとうございます」と言ったものの、食べずに制服のポケットに入れていた。
「ところで、来週の大会の出場種目はどうするんだ?」
あ、忘れていた。
そういえば、一週間後に、県主催の陸上競技大会があるんだったな。
当然、オレは一五〇〇メートル走にエントリーするつもりだ。
「私は、一〇〇メートルにエントリーします」
え?
オレは首がねじ切れるような勢いで速水の方を見た。
「お前、短距離走に出るのか?」
「そうだけど?」
速水はさも当たり前のように頷いた。
「二週間後にもっと規模の大きな大会があるじゃない。私、そっちの方を狙っているから、次の大会は本気を出さないって決めているのよ」
くそ、こいつ、苦しい長距離走から逃げやがったな。まあ、こいつは長距離も短距離も速いからなあ。ほんと、「名は体を表す」だよ。
「走太は?」
「ええと…、一五〇〇です」
一五〇〇メートルがオレの専門種目だった。
というか、一五〇〇以外の選択肢は存在しない。
「じゃあ、速水が一〇〇メートルで、走太が一五〇〇だな。これでエントリーしておくから」
そう言って、大村先生は手に持っていたメモ帳に書き綴っだ。
「じゃあ、解散!」
オレと速水は同時に頭を下げた。
「「ありがとうございました。!」」