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第一章 その③

 あーしんどい! 心臓がバクバク跳ねている。体中が火照って暑い! 顔から汗がダラダラと流れ落ちて、コンクリートの上に黒いシミを作った。

 くそ…、あと一本あるのに、もう身体の体力を全部消費したって感じだ…。

「すごいじゃないか!」

 大村先生がオレの汗まみれの背中をバシバシと叩いた。

「走太! 自己ベストだ。七分五秒!」

「え? マジすか?」

 オレは先生の握っていたストップウォッチを強引に奪い取って、液晶を眺めた。

「本当だ! 自己ベスト!」

 やったあああ! 二日前のタイム計測よりも二秒更新したぞ!

「よっしゃ!」

 オレは疲れを忘れて飛び跳ねた。このままの勢いなら、二本目も更新できるかも!

 だが、オレのテンションはすぐに下がることとなる。

「ふーん」

 全く疲れた様子の無い速水が、オレが持っていたストップウォッチを覗き込む。

「まあでも、私には負けてるけどね」

 うう…。

 オレは速水のタイムをロードした。

「ってお前、七分切ったのかよ!」

 六分五十八秒!

「うん。あんたが序盤から飛ばしているから後ろにつけてみたけど…、坂に入ったら失速。一キロのラップなんて三分四十秒もかかってたじゃない。だから、折り返してからの後半、坂を利用して一気に加速したのよ。まあ、ラストスパートの練習になったからいいけど…」

 平然と言ってのける速水。

「くそ…」

「はい、これで百三十四勝十四敗ね」

 速水は憎たらしい笑みを浮かべて、汗が浮いたオレの額を小突いた。

「馬鹿野郎」

 オレは速水の手を払いのける。

「百三十四勝十三敗だ。オレにとっての貴重な勝利は正確に数えているんだよ」

「それ言ってて悲しくならないの? 一勝減ったんだよ?」

 うん。悲しくなる。

 一年の時から、速水とタイムトライアルで勝負して、十三回しか勝てていないからな。

「にしても、あんた、女子に負けて悔しくないの?」

 速水は大村先生お手製のドリンクが入ったボトルを傾けて水分を摂った。

 もう一本をオレに放り投げてくる。

 オレは両手でそれをキャッチした。

「悔しいに決まってんだろ?」

 中学に入れば、男子と女子の体つきは変わっていく。簡単に言えば、男子の方が力が強くなって、男子の方が速く走れるし、男子の方が長く走れる。男子の方が力があるし、男子の方が背も高くなる。

 それなのに、オレは未だに一五〇〇メートルのタイムは速水に負けているし、背だって速水の方が高い。腕力だってギリギリ勝っているだけだ。

 男子は、女子に勝たなければならない。

 それなのに、オレは速水に負けている。

「くそ…」

 トライアルがあと一本残っているというのに、オレはドリンクをぐいっと飲んだ。爽やかなレモンの風味。のど越しもいいから、疲弊した身体にはもってこいだ。

 がぶがぶと飲んでいると、大村先生がたしなめた。

「走太、あまり飲みすぎるな。腹に溜まって動けなくなるぞ」

「はーい」

 オレはボトルを大村先生に返す。

「もっと速く走りたいな」

 思わず口に出した。

 速水が噴き出した。

「じゃあ、そのひょろひょろの身体をどうにかしないとね」

「ひょろひょろだと?」

 聞き捨てならないな。

「ひょろひょろじゃん。腕も足も細い。胸板も大して厚くない。そんな身体でいくら踏ん張ったって、スピードも持久力も出ないわよ」

「うるせえ、お前だってひょろひょろじゃねえか」

 オレと速水の体型、大して変わらないと思うんだけどなあ。

 すると、速水は我が身を抱くようなポーズを取った。

「あのね走太。男子は女子の体型をとやかく言っちゃダメなの。それに、私とあんたの身体、まったく違うから」

「どう違うんだよ」

「私の身体は確かに細いけど、それなりに引き締まっているの。赤筋がある程度発達しているからね。だけど、あんたの身体は骨と皮だけ」

 骨と皮…。

「意味が分かんねえよ!」

 オレより速いからって言って、偉そうに言う速水に苛立ちを隠せなかった。

「まあまあ。落ち着け」

 身を乗り出したオレを、大村先生がなだめた。

「男子と女子は、身体の構造が違うからな。鍛え方も違うんだ」

「じゃあ、男子はどんな特訓すればいいんですか?」

「そうだな…」

 大村先生はオレの身体をじっと眺めた。

「とにかく、鍛えることだな。腹筋、背筋、腕立て伏せ! とりあえず身体を周りを筋肉で固めれば、軸も安定するから、タイムは伸びるはずだ」

 まあ、そういう答えが返って来るとは何となく予想していたよ。

「じゃあ、速水にピッタリの特訓じゃないですか」

 オレは精いっぱいの皮肉を速水に言った。

「あいつ、ほぼ男みたいなもんだし」

 男子のオレに勝つところとか、平気でオレを殴るところか、ほとんど男子と変わりが無い。

 皮肉を言った後で、速水の拳が飛んでくることを予想したオレは、とっさに身構えた。

 だが、速水は怒る様子を見せなかった。

 それどころか、にこにこと笑っている。

「何とでも言えば? その男子みたいな女子に負けている男子は誰なんでしょうね?」

「オトコオトコオトコオトコオトコオトコ」

「誰が何度でも言えと言った!」

「ぐへえ!」


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