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第一章 その②

「こら走太。もっと真剣にやりなさい!」

 大村先生は何を見ているんだよ…。

 

 校舎の周りを五周したところで、オレたちは走るのをやめた。

 ジャージに包まれた身体はほんのりと熱を持ち、頬を汗が伝う。

 この感覚、好きだな。

 一日中教室の席に座ってガチガチに固まった身体は、動かせば熱を持つ。まるで、自転車のチェーンに油を刺したみたいに、滑らかに動き出す。

「さあ、体操をするよ」

 オレたちは、校舎の横の藤棚の下でストレッチを始めた。

「いちにさんし…」

 ストレッチをしているときも好きだ。硬直した筋肉が引き延ばされて、研ぎ澄まされるような感覚になる。

 大腿四頭筋を伸ばして、ふくらはぎを伸ばす。あとアキレス腱。忘れてはいけないのが広背筋。これをほぐしておかないと、肺が上手く膨らまないから呼吸が苦しくなるんだよな…。

 いちに、さんし。ごーろくしちはち…。

 あと股関節周りもほぐしておくか。今日はクロスカントリーコースだし…、関節の可動域は広げておく方がいい。

「はい! 準備運動完了!」

 アップが終わると、オレはジャージを脱いだ。

 肌が露出して、一気に涼しくなる。オレの身体はいい感じに熱を持ち、肌には、汗が浮かんでいた。

 黒色のストップウォッチを首に下げた大村先生がオレたちに近づいた。

「じゃあ、今日は、昨日から言っていたタイム計測をするぞ!」

「はい」

「はい!」

 今日の練習は、クロスカントリーコースにて、二キロのタイムトライアル二本だ。

 速水は黙々とジャージを脱いで、ランニングパンツにノースリーブのランニングウェアの格好になった。ピンク色のランニングシューズの口紐をしっかりと結ぶ。

 オレはその様子を見ながら、腕の筋肉を伸ばした。

 今日こそ、今日こそこいつに勝ってやる…。

 

 裏門から外に出る。

「じゃあ、いつものコースを回って帰ってきなさい。先生はタイムを計測するから」

 オレは頷くと、ふくらはぎをパンパンと叩いて筋肉に刺激を入れた。

「速水、今日は絶対に勝つからな」

 宣戦布告。

 速水はオレの顔を見てにやっと笑った。

「勝ってもらわなくちゃ困るわ。あんた、男の子だもの」

 くそ、むかつく。この顔…。

 まあいい。今日こそこいつに勝って、オレの強さを証明すればいい話だ。

「じゃあ、オンユアマーク」

 先生の掛け声で、オレたちはスタンディングスタートの体勢に入った。

 オンユアマークとは「位置について」と言う意味で、スタンディングスタートとは、「立ったままのスタート姿勢」という意味だ。

 右前足を半歩前に出し、体重を掛ける。

 少しだけ身を屈め、地面を見る。

 左手首にはめられたランニングウォッチのボタンを操作して、「ストップウォッチモード」に切り替えた。

「ドン!」

 その合図で、オレは腕時計のストップウォッチを起動させ、地面を蹴った。

 へへっ、先手必勝。

 オレは一気に加速すると、速水の前に立った。

 陸上の試合。特に長距離種目は、「位置取り」が重要になる。

 どれだけいいポジションを獲得して、試合の駆け引きに対応できるか。それができてこそ一流の陸上選手ってもんだ!

「はあっ、はあっ」

 山道に入るまでの直線。コンクリートで足元も安定しているし、平坦なので加速しやすい。

「はあっはあっ」

 加速した状態のまま、裏山のクロスカントリーコースに入っていく。

 コンクリートの地面が土に変わり、ランニングシューズのアウトソールから伝わる感触が変わった。

 柔らかくなったおかげで、地面からの反発が消える。

 失速する。

「はあっ、はあっ」

 何のこれしき。

 オレは腕をぶんぶんと振って、脚を前に出した。

「はあっ、はあっ」

 ふと、後ろに意識を集中させてみる。

 速水の足音が小さくなっていた。

「はあっ、はあっ、はあっ」

 あいつとはかなり差が開いたようだな。

 まだ油断できない。あと一五〇〇メートル。この差のままぶっちぎって、あいつを負かしてやる!

 オレは脚に力を込め、クロスカントリーコースの急こう配を一気に駆け上った。

「はあっ、はあっ」

 さすがに、柔らかい地面を駆け上るのはきついな。

 酸素も消費するし、筋肉にも負担がかかる。

 地面に折れた木の枝が落ちていて、危うく転ぶところだった。

「はあっ、はあっ」

 何のこれしき!

 しばらく進むと、大村先生が立ててくれた「現在一キロ」の看板が視界に入った。

 ここが折り返し地点…。

 看板を通り過ぎるときに、腕時計のラップを取る。

「はあっ、はあっ」

 一キロのタイム、三分四十五秒…。

 あとは折り返して下るだけだから、これよりも加速できるな。

 さあ、速水!

 今日こそお前に勝つ時だ!

 オレはくるっと折り返した。

 目の前に、速水がいた。

「え?」

 オレが折り返すのとほぼ同時に、速水が折り返す。

「はあっ、はあっ」

「はあ、はあ」

 速水はオレの後ろにぴったりとくっついて、体力を温存していた。

「はあっ、はあっ」

 速水の足音と、オレの呼吸が重なり合う。

 くそ、調子狂うぜ。

「はあっ、はあっ」

 そのまま、二人で残りの一キロを一気に駆け下りる。

 やばい! 負けたくない!

 オレは坂道の重力を利用して、もう一段階スピードを上げた。

 速水も加速する。

「はあっ! はあっ!」

 まずい…。

 オレの太ももの筋肉が痺れ始めた。

 序盤で飛ばし過ぎたおかげで、疲労が蓄積していたんだ!

「はあ! はあ!」

 山道を抜けて、コンクリートの道に出る。

 残り二百メートル! あとは直線だ!

 このままさらにスピードを上げていきたいところだが、オレにはもう加速するだけの力が残っていない!

 その瞬間、オレの横に速水が立った。

「はあ、はあ」

 横目でちらっと、オレの苦悶の顔を見る。

 そして、一気に加速した。

「はあ! はあ!」

 くそ、待ちやがれ…。

 オレも必死に腕を振ってスピードを上げようとするが、身体が思うように動かない。

 速水の細い背中が、一瞬で小さくなった。

「はあ! はあ!」

 結局追いつくことができないまま、オレは大村先生が待ち構える校門をくぐった。

「あああ!」

 ゴールした瞬間、雄たけびを上げる。

 あーしんどい! 心臓がバクバク跳ねている。体中が火照って暑い! 顔から汗がダラダラと流れ落ちて、コンクリートの上に黒いシミを作った。

 くそ…、あと一本あるのに、もう身体の体力を全部消費したって感じだ…。


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