序章
脳を空っぽにして読んでください
「ねえ、走太くん。ちょっと手伝ってよ」
おう。
「ねえ、走太くん。木にボールが引っ掛かっちゃって…」
おう。
「ねえ、走太くん」
おう。
「ねえ」
おう。
「ね」
「うっせええええええええええええええええええええええええっっ!」
オレが叫んだ瞬間、オレを取り囲んでいたクラスの女子たちは一斉にたじろいだ。
「どうしたの? 走太! 早くジャムの瓶の蓋を開けてよ!」
クセの付いた長い髪の毛をポニーテールにした「風上速水」という女が、オレにイチゴジャムの瓶を差し出してきた。
「どうしたの? 走太くん! 早く日誌を職員室に届けてきてよ!」
ツインテールの女がオレに、日直の学級日誌を渡してくる。
「どうしたの? 走太くん! 早く図書館にこの本返してきてよ!」
ショートカットの女がオレにシャーロックホームズの『赤毛連盟』を渡してくる。
「うっせええええええええええええええええええええええええ!」
オレはもう一度叫ぶと、その手を振り払った。
「んなもん! 自分でやれよ!」
「だって走太くん、男の子じゃん! 力あるでしょ?」
「うっせえうっせえ! 大体、何で学校にイチゴジャムの瓶なんか持ってきてんだよ! しかも徳用! 学級日誌は日直のお前が持っていけよ! 図書館に本を返すだけで力なんていらねえだろうが!」
ほんっと、自分の力でなにもしない女どもには頭に来た。
毎日毎日、オレが男だって理由で、何でもかんでも頼みやがって!
「とにかく! オレを男子だからって理由でこき使うのは金輪際無しにしてくれ!」
オレがライオンみたいに唸ると、クラスの女子たちは一斉に手を合わせた。
「お願い! 今日だけでいいから、手伝ってよ!」
その言葉も、今日で四十六回目だ。
「一生のお願い!」
その言葉は三十四回目。
「男の子でしょ?」
その言葉は百五十六回目。
「うるせえ! うるせぇ!」
たとえどんなに頼まれようと、オレはもう女子の頼みごとには従わないと今決意したんだ!
「お願い!」
「嫌だ!」
「おね」
「嫌だ!」
「お」
「いいいいいやあああああだああああああああああ!」
オレは喉と肺に鞭を打って、渾身の叫び声をあげた。
オレの叫び声は、教室の開いた窓を通り、やまびことなって返ってくる。
ああ、喉が痛い。
「……」
叫び声の反動からか、辺りは水を打ったように静かになった。
これで、普段からオレを「男子」と言う理由でこき使ってくる女子も懲りただろう。
そう思って女子たちを見ると、みんな俯いていた。
「そう、わかった…」
イチゴジャムの瓶を持っていた風上速水が静かに頷いた。
うんうん。これでわかったか。オレは不平等が大嫌いだからな。これからは女子たちも自分の力で何とかするだろうよ。
その時オレは、速水が握っていたジャムの瓶がミシミシと音を立てていることに気が付いた。
ミシミシ、ミシミシ。
何だこの音…。
と思っていると、いきなり瓶の表面に亀裂が入り、蓋がはじけ飛んだ。
「え?」
蓋はオレの足元まで飛んできた。
粉々に握りつぶされた瓶からイチゴジャムがねっとりと流れ出て、ワックスをかけたばかりの床に落ちる。
「え?」
オレの背中を冷たい汗が伝った。
「おい…、速水?」
オレは俯いている速水の肩を叩こうとした。
振り払われる。
「触んな! 馬鹿あああああああああああああああああ!」
えええええええええええええ?