第19話
うにゅ、ねむいでござぁるぅ……。
───ガタガタガタガタ、と。
そんな振動が俺の尻を虐めるのだろうと覚悟していたのだが、実際のところ、そんなことは無かった。
馬車の内部は木でできた硬い座席があるのかと思いきや、柔らかそうな、実際柔らかい、少しだけ体が沈むクッション性のある座席だった。
また、馬車が通る街道はやはり凸凹としているのだが、車輪がガタガタと音を鳴らすだけで、実際に振動はほとんど来ない。
これは、馬車の車輪に取り付けられたとある魔道具のお陰らしい。ルリに聞くところ、特定の方向に衝撃を受け流す魔法が込められた魔道具らしく、それによって車輪が受けた衝撃は、全て車輪を一回転するように伝った後、再び地面へと流れていくようになっている。
受け流しているので、流れた衝撃でボンっと馬車が跳ねたりすることもない。
結果として音だけが耳に届き、実際の馬車はほぼ無振動で進んでいく。更に言えば今回乗っている客は俺達だけで、馬車内はある程度密閉性がある。ようは、少なからずリラックス出来る空間ということだ。
正直言って、俺がイメージしていた馬車の何倍も快適である。しかも馬車を牽く馬も、俺達の知る普通の馬とは違い、突然変異でも起こしたのかと言わんばかりに、明らかに異常すぎる程屈強な肉体を持った馬のため、馬車の移動も思ったよりはスムーズだ。
代金は長距離の移動ということで少しかかったが、必要経費だろう。少なくとも硬い椅子長時間振動コースを味合わなくて済んだのは僥倖と言える……のだが。
「……眠い」
「まぁ、暇だからな」
ふと、俺の隣で、ルリが小さな頭を左右に揺らしながら、消え入りそうな声で呟いた。今にもそのまま横に倒れてしまいそうな程で、俺は仕方ないとばかりに答える。
そう。ここまで馬車が予想以上に快適であることを語った俺だが、唯一欠点があるとすれば、それは非常に暇であるということ。
最初こそ俺は、窓の外に広がるなだらかな平原と、遠くに見えたりする森や小規模な村などを見て長閑な気分を味わっていたのだが、それも最初だけ。すぐに飽きてしまったのは言うまでもない。
既に馬車に乗って六時間。昼食は街を出る前に買った携帯食───塩漬けの肉で、歯応えはともかく、とにかく辛かった───を馬車内で摂り、それもあって眠くなってくるタイミングだ。
そもそも、既に十日ほどこのファンタジー世界で過ごしたとはいえ、俺は元々娯楽の溢れた現代日本に産まれた人間。車などの移動時には外の景色を見るよりスマホを弄っている方が多いし、友人と一緒ならワイワイ話しをするが、携帯はとっくの昔に充電切れを起こしていて使えず、ルリはそんなタイプではない。
とにかく暇になってしまって仕方がないのも当然と言えよう。
むしろ異世界に来て今まで良く、スマホやゲーム、小説などの娯楽から離れた状態で生活出来ていたと思う。
───まぁ、こればっかりはどうしようもないと分かってはいるのだが、唯一の癒しとしては、隣にルリが居ることだろう。寝そうで危なっかしいが、俺から見て幼い子供の容姿であることに変わりはなく、まるで歳下の身内を見ているような、そんな穏やかな気分になる。
……なのに、穏やかで安心しているのに、胸がざわついてしまう辺り、やはり俺はダメだなと。
確実に、明言を避けている。俺の中での認識を曖昧にしてる。
それを振り払うように、俺は口を開いた。
「───そういえば、次の街まではどれくらいだったか」
「………大、体……夜、に、着く……と思う……」
暇を紛らわそうという意図も込めてのものだが、返ってくるルリの声はいつも以上に途切れ途切れで、最初の間も長かった。
今の状態では眠くてまともに何も考えられないだろう。むしろこうして答えてくれただけでも有難い。
「了解。俺は起きてるから、眠いなら別に寝ててもいいぞ?」
「………暇、に、なら、ない……?」
「大丈夫だ」
具体的に何が大丈夫かは口にしないが、別にそうしなくともそこまで頭が回らないぐらいルリは眠そうだ。普段ずっと寝ているようなイメージがあるし、朝早くから起こされて、急いで支度をして、更に人混みを歩いた上で馬車に乗っているのだから、眠くなっても仕方ない。
何より、ルリは善意で俺についてきてくれているのとほぼ同義だ。俺の方が本当は色々と気遣わなければならない。
問題は、すぐ近くにいて寝てもらえるほど、俺はルリに信用されているかどうか、ということだが……。
「次の街に着いたら起こす。それまで寝ててくれ」
「………ん、わかった……」
それ以前に、最早眠気が限界だったのだろう。コクリと頷いた後、すぐに穏やかな寝息が聞こえてきた。
そのまま、座っていた場所は特に左右に支えがない場所なので、ルリは体を傾けて倒れてしまう。
───丁度俺の膝の上にジャストフィットするように。
俺は視線を窓の外に向けて、少しだけ気まずさを紛らわした。
まぁ、予想はしていたことだ。眠る前から微かにこちらに体を傾けていたし、例え俺とは反対側に倒れようが、今と同じようにするつもりだったので、構いはしない。
膝枕って、意外と気持ちいいのだ。俺もしたりされたりとやっていたので、分かる。まぁ、ズボンが柔らかいものであることが前提だが、幸いにして俺のはその条件を満たしているので、問題は無い。
そりゃ、戦闘も見据えているので動きやすい服にするのは当たり前で、動きやすい服は大抵伸縮性があったり柔らかかったりだ。クッション性があるとはいえ、座席に頭を預けて寝るよりは、何かしら頭を支えてくれるものがあった方がいい。
とはいえ、普段なら膝の上に乗った頭を撫でたりするが、相手はルリ。流石にそこまでは出来ない。その柔らかそうな頬を指でつついたりも、もちろんしない。
俺にとってルリは、幼い女の子で、少し身内のようにも感じているところはあるが、それはあくまで俺の認識。それでスキンシップまでしだしたら、少し犯罪臭がする。
ルリがしていいって言ったら、遠慮なくするが。邪な思いがあるとかではなく、ただ純粋に、俺の気持ちの問題だ。
距離を縮めたいと思うことは、自然ではないだろうか。友達、と言うには少し違う気がするし、もちろん男女の仲という意味でもない。この世界に相応しい言葉を使うとすれば、『仲間』として、だろうか。
もしくは───。
「……あくまで、俺の認識だけども」
呟いて、思考を振り払う。兎にも角にも、唯一の話し相手であるルリが眠ったことで、本当に暇になってしまった訳だが、その間は魔力操作の練習でもしておこう。
魔法を使うにはどうしても魔力操作が必須で、現状、魔力操作の技量は既に結構な域にあるとは思うが、それもあくまであの城の中での話。世界的に見れば、現状はまだ『超一流』の領域には足を踏み入れていないはずで、そして俺としても成長が止まるとは思わない。
むしろまだ俺の限界は見えていない。魔法の有用性は魔族との戦いで理解出来たし、純粋な近接戦闘よりも優先すべき事項かもしれない。
魔力操作の技量を鍛え、使える魔法を増やしつつ、魔力量も増やす。後者はレベルアップが主な方法となるだろうが、前者は時間を見つけては地道にやっていくしかない。
そしてそれは、今のような暇な時間が最も適している。ルリが魔力を察知して起きないように、魔力を極力隠蔽しつつ、上級魔法の構成を何度も辿るとしよう。
どうせ、魔物との戦闘も遠くはない。何だかんだ俺はまだゴブリンしか倒したことがないのだ。魔族というイレギュラーを入れたとしても、この世界においての戦歴の浅さは覆せない。
過剰に警戒する訳じゃないが、かといって魔族を倒したから大抵の魔物を相手にしても大丈夫だろうとは思わないし、思っては行けない。なんせ俺の身体能力は高いとはいえ、それでもレベル1。面の攻撃が来たらいくら俺でも避けられないだろう。魔法だって無制限に使えるわけじゃないのだから。
その差を埋めるために、不測の事態すらも対応できるように、やれることはやっておこう。
結局のところ、出来ることが多いにこしたことはないのだから。
明後日の日曜日はまた一日用事がありまして、なのでもしかしたら投稿は明明後日になるかもしれないです。ご了承ください。
あと多分もうちょいで第二章も終わります。




