第8話
今回はまた短めでございます。あぁ、眠い。
「───ルリ、今日もありがとうな。お陰様で色々学べた」
「……ん」
本を読んでいれば、当然時間は過ぎる。既に夜と言っても良い時間帯で、少し暗い室内で、俺はルリにお礼を言っていた。
何度ルリに本を探してもらったことか。本当に彼女のお陰で随分と捗っている。
「それより、トウヤ」
「ん?」
ふと、珍しく名前で呼ばれたので反応すれば、ルリは数度、口に出すか迷うような素振りを見せる。
「……貴方、これから……」
何かを聞こうとしているのは明確だが、聞いてもいいものか悩んでいる様子。流石にそれだけでは俺もルリが何を聞きたいのか把握出来ないので、助け舟を出すことは難しい。
「……やっぱり、何でもない。今のは、忘れて」
「……そうか。いや、そっちがそう言うなら構わないけど」
結局止めたようだ。果たしてルリが何を聞きたかったのか、俺は少し考えてみるが、やはり分からない。可能性を出すだけならできるが、確証を持っていないし、今の状態ではどれもこれも確率的に低いとしか思えない。
そのまま俺は図書館を去る。既に夜、夕食の時間帯だ。一日ほど意識を失っていたから、腹は減っている。今日は皆部屋から出ていないが、食堂に行けば食事が用意されているのだろうか。
───クラスメイト達は、大丈夫だろうか。
◆◇◆
食堂はやっていたが、ほとんどのクラスメイトはいなかった。居たのは数人で、樹も大丈夫になったのか部屋から出てきていたが、それくらいのものだ。
残ったクラスメイト達はどうするのだろうかと少し思ったが、メイドの動きを見て、どうやら部屋まで料理を運んでくれる様子なので安心。
朝昼を皆どうしたのかは知らないが、これなら問題なさそうだ。塞ぎ込むあまり空腹にも気づかず、なんてことになれば衰弱してしまうだろうし、食欲がなくてもすぐ傍に料理があれば本人達が自分で意識して食べるはずだ。
しかし……やはり拓磨は来なかった。ということは、まだ部屋にいるのだろう。
本当ならそろそろ向かいたいところだが、その前に叶恵の様子も確認したい。昼間は俺の看病に付き合わせたせいで疲労していたが、そろそろ起きていることだろう。
「どうかわからないが、また頬の準備しとくか……」
最初から覚悟しておくなんて情けないかもしれないが、頬をぶたれるくらいで済むのなら、安いものだ。それよりも問題は、叶恵がどう思っているか。
心配をかけたことは理解しているし、憤りも少なからずあるだろう。
……いや、こういうの理論詰めとか理屈とかそんな物じゃない。誠心誠意やるだけでいい。やるのは言葉の選び方だけ。
それでも許して貰えないなら、それだけ許されない事だったということ。そしたら、それ以上怒らせないようにしなきゃな。
◆◇◆
───本来であれば、俺が叶恵の部屋を訪れるつもりだったのだが、叶恵は俺の部屋に既に居た。鍵をかけていなかったから入れたのだろうが、俺が扉を開ければ、すぐに体に衝撃が走った。
「……っと」
叩かれた、訳では無い。もちろん殴られたわけでも、蹴られた訳でもない。
ただ、抱きつかれただけだ。思わず廊下側に倒れてしまいそうになるほどの勢いで。
流石に女子の抱きつきで倒れるほどやわでは無いが、果て、俺はどう反応するのが正解だ?
そう考えていれば、小さくボソリと、俺の胸に顔を預けたまま叶恵は、言葉を吐いた。
「……バカ」
「そう言って貰えると、心配されてたってことがわかって、安心するな」
結局、俺は見えないと知りながら、柔らかい笑みを浮かべていた。そうして、その背中に腕を回す。
過剰なスキンシップだろうな。それでも、叶恵は幼馴染みで、華奢な体を抱きしめるぐらいは許されるだろう。
久しぶりに叶恵から吐かれた罵倒だ。むしろ心地良さすら感じる。
「本当に……っ、心配、したんだよ……刀哉君、し、死んじゃうかもって……凄く、心配したん、だから……っ……!」
俺の回答に、叶恵は泣いていることも隠そうとせずに、更に強く力を込めてきた。感情を表すように、俺の事を強く強く抱きしめる。
分かってる、そんなこと分かってるんだ。どれだけ心配かけたのかなんて、理解している。
俺が拓磨達を心配していたように、叶恵もまた、俺のことを心配してくれたんだろう。俺が想像している以上に、心配させたんだろう。
特に、心配しか出来ないなら尚更、恐怖すらも与えてしまう。待つことしか出来ない辛さを、俺は知っている。
「……一人で突っ走って悪かった。ゴメン」
「悪いよ……凄く、悪いよ……っ……人の気も、知らないで、たった一人で……沢山の人、助けてきてっ……それじゃ私、怒れない、のに……っ」
見開かれた瞳は、涙で溢れていた。閉じたくても閉じれない。次から次へと際限なく涙は零れていて。
「凄く、怒りたく、て……でも、褒めたくて……っ、生きてたの、喜びたくて……私、分かんないよ……刀哉君に、どうやって、言ったらいいか、っ、何も、わかんない……っ!」
俺が一人で突っ走ったことを怒りたい。俺が皆を助けたことを褒めたい。俺が生きていたことを喜びたい。
そんな感情が叶恵の中でグチャグチャになっていて、だから叫ぶ。泣いて、感情を整理しようとしている。
泣くことは、悲しいからだけじゃない。嬉しいから泣いてくれることだってある。だから今叶恵が泣いているのは、決して悲しみという感情だけのものでは無いのだろう。
俺がこうして普通に生きていることを、目を覚ましたことを喜んでくれている。
もちろん、そうやって心配から泣いてくれることだって、俺はとても嬉しく感じている。怒ろうとしていることを、嬉しく感じている。
だって、そうだろう? それだけ叶恵にとって俺は、大切な存在だと、示してくれているんだ。泣く程に、感情の整理がつかないほどに、色々な影響を与える存在になっていて。
それが分かるから、ただ俺が読み取るだけじゃなく、叶恵が示してくれているから、嬉しいんだろう。
叶恵は泣いていて、俺は笑っていて。酷く対照的でありながら、悪い雰囲気じゃない。
「……いいよ、落ち着いたらゆっくり、言いたいこと言ってくれ」
「うん……うんっ……刀哉、君が、死ななくて、良かった……っ……ホントに………安心、して……っ」
落ち着いてからでいいと言っているのに、俺に伝えようとする叶恵の頭を撫でる。嗚咽混じりの声に、頷きながら。
全く……なんで、なんで俺の視界も曇っているのだろう。
泣いてなんか、いない。別に、叶恵だけじゃないだろ。今日は何人にも感謝されて、心配されていたじゃないか。
なのに……叶恵の時だけ泣くとか、叶恵の言葉が一番響いてるってことじゃん。
……その通りだ。幼馴染みで、ずっと昔から一緒にいる相手だ。遠慮も何も無いし、クラスメイトの誰よりも気持ちが伝わる。第一、相手が泣いてるなら、つられてこっちだって泣きたくなるだろう?
だから今は、叶恵を宥めて、俺自身も涙腺が引き締まるまでゆっくりとしていよう。温もりを感じながら、俺自身もそろそろ癒されよう。
こうやって出来るのも、幼馴染みの特権なのだから。
シリアスから抜け出したいのにシリアスが終わらないというか、泣いてる感じって難しいですね……。
個人的にはこういう展開嫌いじゃない。
さて、次回が結構難航してまして、もしかしたら明明後日とかになる可能性もありまして……はい。
しかもそれに加えて、今はソードアート・オンラインの新作ゲームのビーター版をプレイ中、明後日に製品版が発売するので、執筆時間も削られているのですよ……。
取り敢えず今回は明日から明明後日にかけてとなると思います。予定より一話伸びそうですが、頑張っていきたいところ。
幼馴染みこと叶恵にも頑張って欲しいですし、拓磨も。早く回収したいですからね。




