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異邦人は眠る


「お姉ちゃん、襲撃に遭ったって何事!?…って何?」


「喧嘩したらしいよぉ」


 時計は夕刻を指していた。

 談話室は西日に赤く照らされている。


 談話室の一角、三人がけソファーの端に座ったら綺麗に真ん中一人分開けて端にアズマさんが座った。そういうのも全部むかむかして、常にご機嫌なお姉ちゃんモードは解除され、現在は触れる者みな傷つけお姉ちゃんモードになっている。うそ、そこまでじゃない。ちょっと引っ込みつかないだけです。

 なんてもやもやしている私の、ほっぺたに貼られたガーゼをホマレが撫でる。

 どうやら昼の迎撃の際に石の破片が飛んできていたらしく、アズマさんに無言で手当てをされたところ。


「痛い?」

「んーん、大丈夫…ホマレは今日何してきたの?」

「魔法を見せてもらったよぉ」

「えぇ、すごいねぇ」


あぁ、ささくれた心に妹が染みる…


「私はラボ行ってきた」

「えぇ、カオルもすごいね。お姉ちゃんどこ行ったか聞いて、市場」

「それはそれで楽しそう」


うん、楽しかったよ。後半お通夜だったけど。


「喧嘩…ってアズマおまえねぇ…」

「別に喧嘩じゃない。静かになっていいだろう」

「客人にその態度はいけない」


 おうおう、聞こえてますよアズマさん。

 ちらりと目をやるとちょうどアズマさんもこちらを見ていたところで、ぷいっと向こうへ向かれた。…ぷいって!ヘイお姉さん!


「お姉ちゃんだいぶ嫌われてない?」

「そうなんだよね」


 猫に構いすぎて嫌われるタイプだからなぁ、って茶化そうかなと思ったけどもっと嫌われそうだったからやめた。



「今日のこと、詳しくお教えしますね」


 サクラさんが掌をかざすと空中にボードが現れた。

 これが魔法か、なるほど便利でいいね。


「異邦人…エトランゼとは異世界の者全てを指します」


「異邦人はカオルさん達のように突如迷い込むこともありますし、元の世界で選ばれた人が飛ばされる場合もあるようです」

「でも我々ミッドガルド側からはどのような者がこの世界へ来るのかを知ることができない」


「だから私たち、エトランゼ探索班─"梟"がいる」


 この世界の、番人として。


「──ミッドガルドへ来て、元の世界に帰れた人はいないんですよね?」


 カオルが小さく手を上げて問う。


「なんで姉は狙われたんでしょうか。自分の住む世界ではない場所…ミッドガルドがあることを知るのって、実際来ないと知れないのでは?」

「そこで、ヴィラン…悪いエトランゼは卑怯な裏技を使うんです」


 サクラさんが苦く笑って肩を竦めた。


「今日みたいな"ゲート"が開かれて、自分たちの世界からこちらの世界を見ることはできます。体が入ってしまうと元の世界へ帰れないから、今日の敵は手を伸ばすだけで体を入れようとはしなかったのでしょう」

「最近はこの手の卑怯なヴィランが多い」


 カグラさんがボードにヴィランの絵を描く。上手だった。


「はい」

「はいホマレさんどうぞ」

「ミッドガルドの人たちが異世界へ行ってしまうことはあるんですか?その、ゲートというところから」

「いい質問だ」


 カグラさんがボードの絵にゲートを書き足していく。ほんと上手だな。少しファンシーテイストだ。


「ミッドガルドから自分の意思でゲートの向こう側へは行けない。故に、ヴィランの撃退はできても深追いはできない」

「なるほど…敵にばかり有利ですね」


「自分の意思でなければゲートの向こう側へ行けるんですか。事故とか、連れ去られるとか」

 一拍、息を吸う。

「…今日、私を狙っていたのは連れ去ろうとしたからなんじゃないですか」


 一撃目は完全に命の危機を感じたが、アズマさんが倒した腕は私を包み込もうとするように伸びていた。

 青い空に檻の格子のように伸びる黒い手、黒いコートを翻したアズマさんの背中。その光景は今でも鮮明に目蓋の裏に蘇っては肌が粟立つ。


「…ヴィランの狙いは正直わかっていません。ミッドガルドを征服したいのか、なにかの実験をしているのか。はた迷惑な話です」


 怖い思いをさせてしまいましたね、とサクラさんが首を垂れた。


「いえ、平気です。アズマさんが守ってくれたので」


「…アズマさん、お姉ちゃん守ってくれてありがとう…」

「…怪我をさせました。完璧には守れていません」

「全然大丈夫です。お姉ちゃんよく怪我してるからデフォです。ありがとうございます」

「そういう、わけには…」


 アズマさんがカオルとホマレに手を握られて戸惑っている。へえ、戸惑ったりするんだ。

 嫌いと言われて怒ったわけじゃない…はず。それよりもショックだった。この世界のエトランゼ優遇システムを聞けばより納得もしてしまった。

 なのに頬を手当てする手は優しかったから、混乱しているんだ。

 …あと私にだけ冷たいのもショック。


「この世界の掟にしたがい、我々は異世界の者を受け入れます。かといって全てを許すわけではない。それを全うしたまでです」


 だから守ってくれたんですか。私のこと、エトランゼのこと嫌いなのに。

 アズマさんが妹たちに笑いかける。ねえ、その子たちには笑うの。

 さっきまでのむかむかがちょっと帰ってきてしまった。





 夕食はトマトのスープ、お腹がそんなに空いていなかったのでメインのお肉とパンは遠慮した。食堂のおばちゃんが頬の怪我を気にしてくれて、美肌のために!とフルーツをつけてくれた。全力で懐いてしまう。

 夕食を終え妹たちと職員用の大浴場に行った。アズマさんは服を着たまま更衣室までついてきていた。入らないのか聞けば仕事中ですからという。サクラさんとカグラさんはやっぱり男性だからお風呂まではついて来れないようで、大浴場の前で気まずく立っていたらしい。

 監査係の方はお風呂どうしてるんですかと聞けば、魔法です。と答えられてしまった。化粧落としとか魔法でできるなら最高だなって思った。


 あてがわれた部屋に、時計の音とアズマさんが本のページをめくる音が響く。

 ベッドに入ってもあんまりに寝れなくて寝返りを打つのも飽きてきた。このベッド広いな。私がローリングして数えたところ凡そ三人は寝れる広さだ。


「…アズマさん寝ないの」


 あーあ、ついに話しかけてしまった。だってしょうがない、見てたら反応くれるかなと思ったのに頑なにこっちを見てくれないから、しょうがない。


「…お前が寝たら寝る」


 アズマさんも口を聞かないのは諦めたようだ。髪を耳にかけ直して、まだ目は本の中を追っている。


「そっか、大変ですねぇ監査係さんて…」

「そう思うなら寝てくれるとありがたいんだけどな」

「ねえそっちが本当の喋り方?」

「…敬語で話しましょう。失礼しました」

「なんで!いいのに!」

「じゃあ戻す」


 なんか遊ばれている気がする。でもさっきから同じページだね。内容読めてないね。

 私のこと考えてるの?


「…エトランゼが嫌いなのになんで監査係なの?立候補?」

「給料がいいから」

「はーなるほど…私は給料良くても嫌いな人とずっと一緒に入れないなぁ」

「残念だったな、監視係が私なうえ手当も特にないスタートで」

「なんで?アズマさんは気の毒だけど私は別にじゃない?嫌いじゃないし」

「は…」

「あとこの生活のうえ給料出たら本当にダメ人間になる…甘やかされてる…」

「…」


 あ、返事が返って来ない。リプ蹴りですか。既読無視ですか。

 ちょっとずつ目蓋が重くなってきた。体を起こして寝る場所を整え、もう一度枕へダイブした。ふっかふかだ。この部屋にベッドは一つしかない。アズマさん隣で寝るかな、ソファあるしそっちかな、なんて思いながらも昨日同様、ちょっとだけ端によってみた。


「ねぇ、監視って1週間なんだっけ」

「まずは、だ。それ以降も継続する場合ももちろんある」


「ふうん、あずにゃんって呼んでいい?」


「…は!?どこからなんの話になった!?」

「やっとこっち向いてくれたねあずにゃん」

「馬鹿にしてるのか!?」


 綺麗なアーモンド形の目を吊り上げて、眉根を寄せて、アズマさん改めあずにゃんが私を見ている!

 あは、と思わず声に出てしまう。意趣返しのつもりじゃなかったけど、昼間のむかむかはすっかり晴れた。


「いやぁ、この世界のこと好きじゃないしあずにゃんが私のこと嫌いでもいいんだけどさぁ、私はあずにゃんのこと嫌いじゃないから…親しみをこめて?」


 声にならないようで、あずにゃんは真っ赤な顔して震えている。

 ほんと、猫には構いすぎて嫌われちゃうんだよねぇ…と思わなくもないがどうせ嫌われているならいいだろう。


「却下だそんなもの!名を呼ぶな!」

「おやすみあずにゃん」

「聞けよ話を!」


 寝返りをうって布団に潜り込んでしまう。ああもう!と、本を閉じた音と、カツカツ歩く音が聞こえたが少し止まった。

 布団から顔を出して様子を伺うと、ドアの前で行き場をなくしたようだった。

 ふふ、怒っててもこの1週間はわたしから離れられないんだねぇ。


「言い忘れてた、今日守ってくれてありがとうございました」

「…なんだんだ、お前ほんと…」


 長いため息をついて、ドアにもたれかかる。

 キッと顔を上げて私を指差した。


「梟として当然のことしただけだ!お前じゃなくても私は助ける!」

「かぁーーっこいーー…」


 そのあともなにか怒った声が聞こえてた気がするけど、眠気に身を預けてそのまま意識を落とした。

 文句は明日聞くね。明日も私と話してね、あずにゃん。





「はぁ、う、…っっ」


「…おい、どうした…」


「ひ…ぅ、…んん……っ」


 苦しそうな息に目を覚ます。隣で眠るエトランゼ…ツグミが魘されていた。

 昼間のヴィランとの戦闘が相当に衝撃だったのだろうか。何かから逃げようと首を振るたびにぱさぱさと長い髪が鳴り、目からは涙が溢れていた。


「…怖い夢でも見ているのかな…」


 胸元を握りしめる手を解いてやると、そのまま手首を掴まれる。

 剣を持ったことのない、白くて柔らかい手。華奢な爪先には桃色が塗られている。


 ──このエトランゼ一行は、剣も魔法もない世界から来たという。

 馬のかわりに自走の車に乗る。敵もいなければ、国同士で争うといったことも特になく。悩みといえば人間関係のことであったり、将来のこと。

 平和な世界から来たんだ、今日みたいなことがあれば魘されもする。


「…敵はもういないよ」


 掴まれた手から怖がらないよう指をなぞって、手のひらを合わせる。指を絡ませて握るだけで気休めになるのか、涙は止まったようだ。


「…ふ、…ふっ」

「よしよし…こわくない…」


 とん、とん、と腹のあたりを優しく叩く。あやす方法なんてしらない。親が子にするようなものでも効果はあったらしく、次第に息が落ち着いてきた。

 しょうがないからつないでいてやろう。なんだこいつは、赤子か。


 エトランゼは嫌いだ。勝手に私たちに入ってくる。好き勝手に奪おうとする。

 だからと言って苦しめたいわけじゃない。


 知らない世界へ飛ばされて、敵なんてものに遭遇して…ふざけることの多い目の前の女も、気疲れはしているのだろう。

 嫌いだなんていって悪かったか…


『あずにゃんって呼んでいい?』


 あ、前言撤回、そういえばこいつ少し私で遊んでいる節がある。そんなやつに罪悪感を覚えてもさらに調子に乗られるだけだ!


「くそ…なんなんだよもう」

 

 すっかり息が落ち着いたようで、叩く手を止めた。しっかり握られたままの手は諦める。


「おやすみ、エトランゼ」


 このままよく眠るといい、明日からもこの世界の事を覚えてもらうので忙しいのだ。





「起きろエトランゼ」

「ん、ぁい…おはようアズマさん…じゃないやあずにゃん」

「言い直すな!おはよう」


 昨日よりは早起きかな、くらいの時間。寝汗をかいたせいでべたべたと気持ち悪い。

 今日はなにするんだっけ、就職活動か。うーん、人に会う前に身嗜み的にも乙女としても気持ち的にもさっぱりしたいところ…。


「シャワー…」

「…5分だ」

「いってきま〜す!」


 部屋に備え付けのシャワーブースあってよかった!布団から飛び起きた勢いのまま髪ゴムを持ってシャワーブースに突入する。ぽいぽいと服を脱いでいるとドアの向こうにアズマの気配がした。監視って言ったってちょっと照れるね。人によってはこの共同生活厳しいだろうなぁ。

 やっと温かくなったシャワーのなか、思い出す。


……やっぱり、手繋いでくれてたよねぇ。


 夜中に目が覚めた。喉はカラカラなうえ寝汗はひどくて、覚えてない夢に心臓がうるさかった。目の周りの違和感から察するにきっと泣いていたのだろう。ああやだやだ、最悪。

 窓から月明かりが落ちている部屋、ぼんやりと天井を眺めていると小動物みたいな静かな静かな寝息が聞こえた。…コートを脱いだところを初めて見た。驚愕のあまり寝ているアズマを見て一番に思ったことはそれだった。

 そして、繋がれた手に気付く。しっかりと指を絡ませて繋がれていて、心臓が鳴った。さっきとは違う鼓動。


 私、魘されてたりしたのかな。泣いてたの気にしてくれたのかな。

 また泣いてしまいそうだった。だってこんなのずるい。嫌いなんじゃないの。


 意味のわからない世界、世界で一番大切な妹たちが一緒なのは不幸なのか幸運なのか、歓迎するけど監視するとか、守るけど嫌いだとか。思ったより私辛かったんだろうな。

 涙が流れていく。嗚咽が出なくてよかった。アズマが起きてしまったらきっとこの優しい夜は終わってしまう。

 2回目の眠りではもう怖い夢を見なかった。


「あずにゃんご相談が…」

「あずにゃん言うな…何だ」

「タオル持ってくるの忘れた…」

「と思って持ってきている。ほら」

ドアの隙間からタオルが差し出される。ほんとお世話になっております。

「ラブフォエバーだよ…ありがと…」

「なんだそれ」

呆れるアズマの声をドア越しに聞きながら、アズマがエトランゼの私を嫌いでも私はアズマのことを嫌いになれないだろうなと思った。


「浦島太郎の亀の気持ち…いやちょっと違うか…」

「何の話だ」

「どっちかっていうとここが竜宮城だから私が浦島よね?」

「知らないよ」


 BBクリームを塗る私の後ろでちょっと湿った髪を温風が出る魔法で乾かしてくれた。

 えーもうあずにゃん最高に優しくない?どんな辛辣なこと言われても平気だわ。

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