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第二話 異邦人は嫌う

 誰か、泣いてるの?


 迷子かな、ひとりなのかな?

 よしよし、大丈夫だよ。

 なんにも怖くないからね。

 

 お姉ちゃんがそばにいるからね。


「起きてください、エトランゼ様」

「ンェア!?あがっいいいいったぁああ」


 なになに、なにが起きた?

 目覚めに一発の衝撃、どうやらふかふかのベッドから落ちた模様。あれ、私こんなに寝相悪かったかな。


「…おはようございます」

「あ、アズマさん…おはようございます…」


 昨日から同室になった私の…見張り役?のアズマさんが、冷ややかな目でこちらをみていた。寝起きからそのクールな眼差しはきついぜ監査係さま…


「なーんか、夢を見てました…覚えてないけど…」

「左様ですか。早く起きて支度をしてください。朝食へ行きますよ」

「あ、お待たせしてました?待っててくれてありがとうございます」

「これが仕事ですので」


 はー監査係さんも大変だ。アズマさんの支度はもうできているようで、昨日と同じ黒いコートを着込んでいた。

 昨日はあのあと部屋に通されて、服のサイズを聞かれたりなんだりして着替えの調達をされ、温かいシチューのようなスープを飲んで広いお風呂入って寝た。罠かな!?って思うことは何度もあったが全部良い方向に裏切られた結果、たっぷり寝ました。嘘でしょ。怖い思いするかもしれないのに、今日はじめましての人がずっと行動を見てくるのにぐっすりでした。なんでしょうね、とっても快適なんですよね…我々の適応能力が怖い…甘やかされる能力に長けている…

 まあ歯磨き中の今も後ろで立たれてるんですけど。


「お化粧…」

「…手短に」


 ポーチを手にチラッと見たらため息と一緒に許可をいただけた。

 化粧道具持ち歩く民でよかったな。女の子の鞄に色々入ってるのっていつか異世界に行った時にもちゃんと対応できるようになんじゃない?まあ急遽男の家に行った時に対応できるようにでしょうけど。男の家も異世界だもんね。そういうことだね。


「ふふ…メイク見られてるの、動画配信者になったみたい…」

「早くしてください」

「次に使っていきますのはこちら!マジョマジョのクリームチーク!」

「紹介しなくて良いです」


 ふざけないと死ぬのかこいつみたいな目で見られたので急いで肌と眉毛とリップ整えました。すみませんでした。

 服もマッハで着替えました。ご用意いただいていたブラウスとタイトめのスカート。うん、就活生だね。アズマさんもコートの下はこんな服なのかな?


そういえばアズマさん、私が寝た後に寝て起きる前に起きたのかな。一度も寛いでいるところをみていない。初日から私が寛ぎすぎなのか。監査がいつまで続くかわからないけれど、ずっときっちりしてるんだろうか。




「絵に描いたみたいな朝ごはんだ…」


 バターの香りのするクロワッサン、良い焼き具合の肉厚なベーコン、とろとろの半熟の目玉焼き。

 あれ、ホテルの朝食?なんて思ったのは私だけでなくテーブルの向こう側に座っていた妹たちもで。さらに食後に紅茶までついてくると聞いたところでついにカオルが天を仰いだ。


「厚遇すぎる」

「わかるそれ」

「もっと硬いパンとか覚悟してたのに…」

「ございますよ?お持ちしましょうか」

「いや望んだわけではないです」


 ハードパンも美味しいですよね。サクラさんがにっこり微笑う。

あ、その言い方だと美味しいタイプの硬いパンですね。我々が想像してたのはカビ直前の方の硬いパンです。


 無口なカグラさんが紅茶を注いでくれた。

 これは昨日手を伸ばせなかった紅茶…?


「アッサムだ…」


 ホマレがポツリとつぶやいた。

 へーこれアッサムていうの?うちの妹はすごいな!なんてったってカフェでバイトしてたからね!馬鹿がバレるので口にはしないでおいた。


「…あなた方の世界にもあるのか」

「はい。…良い匂い。マスターの淹れる紅茶を思い出します」

「…そうか」


 え、なにです?カグラさんとうちのホマレちゃん、なかよぴなりましたです?

カグラさんは相変わらず無口で無表情だが、今の言葉のところだけふわっと柔らかかった気がする!ねえ!少女漫画なんですか!?その二人が同室なんですか!?お姉ちゃんどういう気持ちでいたらいいの!?


「基本の生活は変わらない世界からお越しなんですね」

「サクラさんみたいに馬に乗る人はめずらしい時代でしたけどね」

「カオルさんもすぐ乗れますよ」

「それはどうかな」


 えっ待って待ってカオルちゃんとサクラさんも結構仲良くなってない!?なに!?昨日部屋で一緒にトランプとかした!?お姉ちゃん完全に蚊帳の外!


 ここではた、と気づく。

 これからしばらくは監視生活になるという。ということは、早くから仲良くなっておけば監視生活も一転、友達とルームシェア程度に変わるのではないか!?


「…エトランゼ様」

「やだアズマさん、ツグミって呼んでくださいよぉ!」

「エトランゼ様、端末が震えておりますが、そちらは?」

「え?」


 私と目を合わそうともしてくれなかったアズマさんが指したのは、出勤5分前のアラームをお知らせする私のスマホだった。


「あああーーー!!!!!仕事連絡してない!!!!!」


 一瞬だけ食堂の人たちの視線が集まった。

 いやいや、どうしたもんですかねこれね!


「やばいどうしよう遅刻だ!今から車飛ばしたら間に合うかな!?地図で確認しよすみません住所教えてくださいってここ異世界だわ!」

「はぁ」

「しょうがない電話で遅刻or休む連絡を…って圏外なの!?電波の届くところ…ってここ異世界だわ!!」

「そうですね」

「せめて同期に引き継ぎの連絡をってってここ異世界だわ!!!!」


「帰れないって言ったでしょう」


 一人で慌てる私に、紅茶を飲むアズマさんの声が冷たく響いた。


「エトランゼ様は前の世界では失踪した、事故にあい命を落としたなどの理由でいないとされています。帰れない世界の仕事の心配をしたところで無駄というものですよ」


「……そ…っか」


 そうですよね。すみません。異世界、忘れてました。立ち上がっちゃって馬鹿みたい。静かに着席する。


 そっか私帰れないんだった。私もカオルもホマレも。

 カオル、大学頑張ってたのにな。私は知らない世界だから、色々みてほしかったな。

ホマレも受験頑張ってたのに。これからどんなことがあるんだろうって楽しみだったのにね。

 私も…高校卒業してから、7年…がんばってたのに。


「アズマ、言葉に気を付けろ…昨日の今日で混乱もするだろうに」

「いや姉はわりといつもこんなですし、大丈夫ですよ。この間は多分…」


「ということは…あの会社ついに辞めてやったということですね!?」


「お姉ちゃんずっと仕事辞めたがってたんですよぉ」

「なるほど…」


 最高ではないでしょうか?上司に退職届をびりびりにやぶられてから早2年、無心で働き続けたあの漆黒の会社を私は!やめたということ!しかも!引き継ぎ無しでいきなり飛ぶというダメージを与えるやり方で!!!


「いやーアズマさんありがとう!そうよね、帰れないのよね!前の世界のこといつまでひきずってんだってね!」

「よかったねお姉ちゃん」

「ありがとホマレちゃん!妹いれば問題ナッシンっすわ!オッケオッケ!出勤のアラーム消しちゃお!ポチィ〜!」


「ツグミ様はにぎやかですね」

「クソうるさいだけですほんとすみません…」


 ガタン

 ウッキウキで端末を操作する私と対象に、アズマさんが無表情で席を立つ。


「…本日は施設と街の案内です。ついてきてください。」

「はぁい」


 …怒らせちゃったかな…ごめんねアズマさん…



「わーすごい人…」

「この国で一番大きな市場です。午前中のピークの時間ですね」

「昼ピークかぁ…わー白い鳩いる綺麗」


 昼ピークとかそういうものはどの世界にもあるんだなぁ。お昼時はみんな一緒なんだ。

 露店には野菜、果実、パン、服屋もある。どこの店も活気があって見ているこちらが元気を貰えそう。

 中を覗こうと歩みが遅くなる私にアズマさんは特に何も言わず足を止めてくれる。そういう優しさはあるのに、名前呼んでくれないんだもんなぁ。


「梟さんこんにちはー!」

「こんにちは」


 この世界で初めてちびっこを見た。

 ふくろうさん?と呼ばれたアズマさんは優しく微笑んでいた。…微笑んでいた!?


「この人新しいエトランゼの人?」

「そうだよ」

「あ、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします!お仕事決まったら遊びに行くね!」


 わー無職なのバレてる。

 じゃあね!と手を振る少年をばいばいと見送る。

 どうしよう、ニヤケが治らない。そのままの顔でアズマさんを見ると眉がピクッと動いた。


「さっき微笑んでましたね!」

「……じゃあもう微笑みません」


 アズマさんがすたすたと歩き出した。置いていかれる!


「えー!なんでそんなこと言うんですかぁ〜私にも笑ってくださいよ!」

「監視にそれは必要ないので」

「息つまっちゃいません?敬語もなくて良いですよ」


 商人に差し出された試食のオリーブのような実を口に放り込む。あ、美味しいな。酢漬けだ。


「この方が話しやすいので」

「私のこと名前で呼んでくれないんですか?」

「エトランゼ様、行きますよ」


 つれなーい!と天を仰いだ。よければ一つ、と出されたフルーツを口にする。ほどよい酸味のオレンジだった。ここの人たちいい人だな。色々くれる…


「笑った顔かわいかったのにな」

「勝手に言っててください」


 そんな私のことなんて知らん顔でアズマさんは凛と前を向いている。先には行かずずっと隣を歩くのは監視だからだろう。歩くペース遅かったらごめんね。


「そういえば梟さんって呼ばれてましたね、通称でしたっけ」

「我々エトランゼ探索班はそう呼ばれます」

「へぇ、何かに由来してるんですか?森の番人的な?」

「…そちらの世界でもそう言われているんですか」


 初めて質問で返された。貰ったバケットをかじりながらアズマさんを見ると少し目を見開いていた。あ、その顔初めて見る!


「そう言われてますね。あんまり詳しくは知らないけど…」

「…その通り名のとおり、我々もこの世界の番人として梟と呼ばれています」

「かっこいいですよね梟。あれで猛禽類なのがまた」

「そうですね」


 ああなんか、これはこれでいいか。相変わらず敬語で距離を感じる態度をとられているけど、徐々にでも仲良くなれたらいい。


「そういえば、私の今後なんですが何をすればいいんでしょう」

「何を選ばれても我々は受け入れます。エトランゼ様には給付金もありますし、仕事をしないのも手ではあります」

「うわぁ本当にエトランゼを甘やかすシステムですね」


 そっか、就職。手に職系がいいのかな。事務職でも私はいいけれど、この世界のことの知識でいうとさっきの少年の方が上だからなぁ。私がここでできることってなんだろう。


「アズマさんはどうして梟になったんですか?」


 あ、答えづらければ大丈夫なんですけど…。と続けようとしたところで、アズマさんの手が遮る。

 口を真一文字に結び、空の一点を見つめていた。


「空に何か…え、ひび?」


 空に亀裂が入っている。


「伝令!南西の空!目測レベル1!」


 アズマさんの声に町中の白い鳩が羽ばたく。視界を覆い尽くすような白に思わず目を閉じた。


「アズマさんあれってなに…えっ誰もいない!?」


 あんなに活気のあった市場から露店ごと人の姿が消えている。

 空の"ひび"からパキリと音がした。


「私がどうして梟になったか、知りたいですか。」

「え、え?」


 混乱する私をよそに、アズマさんは"ひび"から目を離さない。


「この世界を守るためです」


「班長!」

「よろしい、相手は!」

「一昨日現れたヴィランと反応が酷似しています!」

「了解、迎撃用意!」


 どこから来たのか、黒いコートの人たちが建物の上に立っている。

 ──割れた空から、複数の黒い手が伸びてくる。それらはヒビを広げて、…こちらに出てこようとしている?

 ひ、と引きつった声が漏れ出た。目が離せなかった。足は硬直してしまって、一歩も動けなかった。


「許可はまだですか!」

「まだだ!焦るな!」


 アズマさんが声を荒げる。無数の黒い手の、ひびの向こう側のなにかと、目があった。


「ひ、あ、」


 ひびの向こうは暗く、全体は凡そ見えない。が、ずっと見られている。アズマさんを?

 ちがう、わたしだ。


「…敵の狙いはエトランゼだ!失礼、舌を噛むなよ!」


 アズマさんが動けない私を抱きあげて駆け出す。一飛びで屋上までたどり着き、胃の中のものが出そうだ。驚異のジャンプ力、なんて今は茶化せない。


 鈍い動きだった黒い手が、ぴたりと止まる。私を抱きかかえるアズマさんの手に力がこもった。


「歯を食いしばって」


 アズマさんが言った瞬間、再度訪れる浮遊感。

 一拍置いて衝撃音が辺りに響く。

 音の出所へ目を向けると、先ほど立っていた屋上が土埃に塗れて崩れていた。


「攻撃認定!迎撃許可!抜け!直ちにひびを塞げ!」

「はい!」


 黒いコートの人たちが剣を構え、空に向かって飛んだ。襲いかかる黒い手を切り裂いていく。

 アズマさんが抱きかかえていた私を下ろした。私の腕を掴んでいるアズマさんの手を支えにしても立っていられなかった。


──平和を脅かす存在はいます。

──その平和を脅かす存在というのは人間ですか?

──人間であったりなかったり、様々です。


 昨日の会話がフラッシュバックする。


「あれが敵ですか」

「そうです。我々エトランゼ探索班、梟はあれらを見つけ世界を守るのが仕事です」

「エトランゼ探索班…」


「あれらも、エトランゼです」


 コートの人たちが取り逃がした黒い手が、こちらに向かってきた。

 アズマさんが剣を抜く。


「中つ国、ミッドガルドは異世界の者を拒まない。こちらから攻撃をするなんて言語道断。こちらからは迎撃のみ、つまり、最初の攻撃は受けなければいけない。」


「ばかみたいだ」


 アズマさんの一閃の後、黒い手が霧散した。


「撃墜!結界を解除する。ご苦労!後ほど報告へ来い!以上!」


 アズマさんが手をかざすと、風が吹いた。

 がやがやと先ほどの活気のいい街の音が聞こえる。壊れていた建物も元どおりだった。

 私はまだしばらく立てそうにない。震える手、風に舞う髪が邪魔だった。


「…私が梟になってこの世界を守るのはエトランゼが嫌いだからだ」


 ああ、そうか。そうだろうなぁ。怒りも何もわかない。ただただ納得した。


「お前たちなんか、だいっきらいだ」


 私も、この世界のこと好きじゃないよ。


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