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第一話 異邦人は迷う

 拝啓、天国のお母さん、お父さん

 今日は末の妹・誉が高校を卒業したよ。それで今、次女の(かおる)(ほまれ)と私、(つぐみ)の三人で豪遊しようぜっつってイオンへ向かってる途中なの。もう何回も何回も車走らせてる道じゃん?迷うわけないべって思うよね?ただでさえ田舎、田んぼだらけの中の国道をまっすぐ走れば到着だもんね?私間違ってないよね?


 気付いたら森の中だったんだよねぇ。


「いやここどこ!!」

「お姉ちゃんナビ無視しすぎじゃない?」

「いやいや、そんなわけないでしょ!」


 分け入っても分け入っても木、木、木…こんなに深い森に入る前に普通なら気づくんじゃない?って思うんだけど、全く気づかなかったんだよねこれが。


「あれ、ここどこ?」

「ふふ、誉ちゃんったら今気づいたのね、姉も知らない道だよ。」

「お姉ちゃんナビ無視しすぎじゃない?」

「それさっきも言われた!そんなわけないでしょ!」

「へいSiri、イオンまでの道。」

「Siriの方が姉より賢いもんね!」


 今はまだ道があるけどもっと狭かったら車ぜったい傷つくやつね。え〜どうする?ひきかえす?ひきかえすったってUターンできるスペースはないし、バックで帰るったってこのアクセルちょっと踏んだらすぐ事故!みたいな木いっぱいの道では数十メートルいけたらいいほうだよ。姉はバック苦手なんだ!


「は?圏外なんだけど」

「まーじで、詰んだわ」


 端末も無理、カーナビもしんでる、もちろん土地勘だってない。


「まあ一応道あるし、そのまま進んでみたら?獣道ではなさそうだしそのうち木も開けてくるでしょ」

「そうしまーす…はーここどこだろ、やっぱり迷子のプロなのかな私…」


 猪とかウサギとか飛び出してきてもこわいから、徐行かってくらいのスピードで進んでいく。誉の卒業式、豪快に道に迷う。なんて数十年後まで笑い話になっちゃうんじゃない?


「あっ!木終わりっぽい!森抜ける!」

「よかったよかっ …え?」


 森を抜けるとそこは外国みたいな街並みが見下ろせる断崖絶壁の道でした。


「ど、どこ…」

「海外来た?」

「え、ねえ飛行船飛んでる!」

「嘘でしょ…」


 このど田舎に飛行船が飛ぶなんてことない、というか、このど田舎にこんな街並みはない!

 このまま進むのもこわいな、どうしよ…あっ後ろから車くるかもだからちょっと寄せとこうかな…


「えっあれなに?」


 正面から走ってくるのは馬に乗った人…


「いやいやいやこっちきた!」

「まって馬!?馬って公道走って良いの!?」

「あっ馬って軽車両らしいよ」

「じゃあ道譲らなきゃかな!?」

「知らないよ!車右か左か寄せなよ!!」

「左に寄せたら落ちちゃうでしょうが!!!」

「馬の人止まりそうだけど!?」

「挨拶する?窓開ける?」

「こわい人だったらやばいから窓は閉めてて!ロックしてて!!」


「あのー…」


「はい!」


 窓越しに話しかけてきたのは男の人…のようだった。深くフード被っててあんまり見えないけど、多分、声的に…



「ミッドガルドは初めてですか?」



「「「……は?」」」






「つまり、ここはいろんな世界の中間地点、中つ国…“ミッドガルド”で、私たちは異世界から来た人、“エトランゼ”…?」


「そういうことです」


 あの後、馬の人に誘導されながら街まで降りてきた。いやーガードレール無しの断崖絶壁ロードは掟破りの地元走りで使われてるんじゃないかっていうコーナリングだったよね。強運とダンスっちまうところだった。おかげで車の中は阿鼻叫喚。三女は笑ってるだけでしたけど。誉ちゃん呑気だねえ。馨は声にならない叫びすぎてぐったりしてた。ん、つまり叫んだの私だけか。馬の人に苦笑いされちゃった。

 お伽話みたいな街中を徐行も徐行、もうそれアクセル踏んでる?くらいの最徐行で進んで通されたのは、これまた…異国情緒というかお伽話というか、三女の誉は「魔法使い出てきそう」と言ったけど、ほんと、そんな感じのお屋敷。


 そして、やっと車から降りてさっきの説明をうけたところ。博物館に飾られてそうなソファに通されて、SNS映えしそうなお菓子と香りのいい紅茶が出された。

 まあ…ちょっとこわいので…口にはできてないんですけど…


 私たちの正面には軍服みたいな格好をした人たち十数人が正面に並んでいて、真ん中の人が総司令官らしい…うーん、軍隊とか全くわからんけど大体司令ってつく役職の人は偉い人?よね!ちなみに説明してくれたのは総司令官の隣の人。


「ええと…異世界、というのがあるんですか…そんなアニメみたいな…」

「あはは、あなた方のところも異世界トリップものの“アニメ”があるんですか?」

「…ここにもそういうアニメとかあるんですか?」

「いえ、ほかの世界から来たエトランゼもアニメみたいだと話していたんですよ」


 馨、探ってるなぁ。アニメとかくわしくないからわかんないよね。姉はね、わかるんだなこれが……ゴリッゴリにオタクだからよ……いつかトリップしたーい♡なんて事は考えてなかったけど、そういう物語があるのは自我の芽生ぐらいから義務教育で覚えた。

 そんなゴリッゴリなオタクの長女にちょっと任せてもらえませんかね。そんな気持ちを込めて妹たちを見ると頷いていた。


「この世界にモンスターはいますか?」

「オークやエルフの類は空想上の生き物となっていますがドラゴンは存在するとされます。また、平和を脅かす存在はいます」

「その平和を脅かす存在というのは人間ですか?」

「人間であったりなかったり、様々です。我々は剣と魔法で戦います。軍はあります。この街がこの世界で最も発展している街です。基本は石炭を燃料とし、市街地はまだ電気がありますが、郊外へ行くとありません」

「冒険に出るものはいない?」

「旅人くらいですね」


「なるほど、ありがとうございます…?」


 ごめん、ゴリッゴリのオタクなお姉ちゃんでもちょっとわかんなかったわ!

 世の主人公たちこれに耐えてんの?!適応力すごすぎない!?


 なんてふざけるのは、現実逃避もこみだ。

 今の頭がパンクしそうな私に聞けること、もうひとつ。


「私たちは、元の世界に帰れますか?」


「現時点では不可能とされています」


 うーん、やっぱりあんまり聞きたくなかったなぁ。




「我々は中つ国“ミッドガルド”…先祖代々そうしてきたように、異邦人との共存を目指しています。あなた方の来訪をこの世界は歓迎いたします。我々からエトランゼに危害は加えません。どうか信頼していただけるよう最善を尽くしましょう。」


「そして、その時はぜひ紅茶を一緒に囲ませていただきたい。この街の名産ですから」




「なーんて言われたら飲まなかったのが悪く思えてきた…」

「美味しそうなお菓子だったねー」

「ねー…単語とかは私たちと変わんないっぽいねケーキとか言ってたし」

「あ、でも通貨はちがうかも?円って聞こえてなくない?」


 あれから、部屋を用意してくれるとかで一旦待機になった。本当に歓迎されてるんだろうなぁ…という気持ちと信じちゃダメだ…の気持ちの板挟みだ。

 そして今は車に入れっぱなしだった惣菜パンを食べながら、車の中で緊急会議中。先程の“道の政府”というらしい組織の、大きな建物の大きな廊下の端っこに路駐させてもらっている。バイトの休憩中のお昼寝用にとりつけたカーテンが大活躍だ。車はない世界というし、周りから見たらさぞかし悪目立ちしていることだろう。旅の恥はかきすてというけど、こ、これは…馬の人が停めていいよって言ったんだからね!


「もし騙されてたらどうする?」


 なんて、長女、ふざけてる場合じゃなかった。馨はパンを食べる手も止まって、俯いていた。


「歓迎するとか、耳障りのいい言葉並べられてさ、待ってるのは人体実験とか…殺されるとか、そういうこわいこと、だったりするかもしれないじゃん。」


 こんなに震えて、かわいそうに…よく見れば普段からのんびりしている誉だって今日は一段とぼうっとしている。気付けなくて姉失格だなぁ。お姉ちゃんもね、怖くないわけじゃないんだよ。何があるかはわからないし、もしかしたら命だって落とすかもしれない。

 それでもね、


「それでも、適応して生き延びる」


 私たちが、ずっとしてきたこと。

 早くに両親を亡くして、親戚の家を転々としてきた。学校だって何度も変わった。それとは規模が違っても、その新しい世界のルールを見極める力においては長けているはずだ。


「…剣と魔法の冒険の物語ってさ、相手の命を奪ったりするじゃない?」


 この世界にも平和を脅かす存在がいると言っていた。


「それをね、例えば私たちがすることになってもいいと思ってるの…できれば怖い事はしたくないけど」


 妹たちの手を血に染めるのも嫌だ。そういう事とは無縁の世界で生きていってほしい。 もちろん私だって嫌だ。そもそも軍隊に属したこともない、ただの一般人にできるとは思えない。だからこれは例え話。


「だけど、それをしないと生きられないのであれば、その道を選びましょう。生きて三人でご飯を食べるの。月命日にはお母さんとお父さんの好きなご飯を食べてね、暇な時間が被ったら一緒にアイス食べようよ。今までみたいに。」


「…この世界ってアイスあるのかな」

「え、ないのかな!?」

「てか食べることばっかり」

「あら、そうでした?」


 ふふ、と少しずつ笑いがこみ上げてくる。馨も誉も顔色がすっかり戻ったみたいだった。


「あーあ、大学受験がんばったのになぁ」

「発表明後日だったのにねぇ」

「今回の月9の最終回見たかったな〜!」

「選ばれるのは一番顔のいい男だよぉ」

「誉いつもそれ言う〜」


「がんばってコミットしますか、このみっどなんとかに」


 また一からするのめんどくさーい!なんて言って馨がシートに倒れこむ。誉もめんどくさーい!と続いて重なった。えーなになに、お姉ちゃんも!


「めんどくさいねー!」

「ぐえ、重い!!」

「あ、パン潰れた」

「あっはっは!食べやすくなったでしょ!」

「このクソポジ人間が!」


 天国のお父さん、お母さん。

 みっどなんとかって世界で、なんとか生きていくね。がんばるからね。

 長女として、妹二人を守るからね。


「合言葉は命だいじに、でね!」

「はーい」

「もう次ごはん食べてもいいかな」

「それは向こうの人が食べたの見てからにしよう」


「エトランゼ殿、用意ができました」


 一瞬でシンとする車内、そっとカーテンを開けたのは馨だった。

 馬の人と同じ、黒いコートを目深にかぶった三人が外へ立っている。


「お、恐れ入ります…」


 車から降りて、三人のコート人たちと向かい合った。…目深にかぶってたらこんなに顔見えないものなのかな。これも魔法がどうこうかな。


「それではついてきてください。道中説明いたします。」

「こちらの乗り物は一旦ここに停めておいてください。まだ場所が確保できておりませんので…」

「あ、はい、かしこまりました。先ほどはどうも…」

「いえ、こちらこそ。ご案内できて光栄です」


 声だけで判断したが、馬の人もいるようだった。あたっててよかった…フードとってもらえないかな、顔見せるの難しいんだろうか。しっかし、ご案内できて光栄とまでいわれるとは…


「ここは食堂、24時間開いています。右に曲がって階段を降りると大衆浴場、一般人向けです。エトランゼ殿は政府職員と同じ浴場を利用していただきます。こちらは売店、基本的なものはここで揃うでしょう。取り寄せなども可能です。」

「ふ、福利厚生〜…」


 淡々と説明されていく施設内に 馨がボソッと「ヘンゼルとグレーテル…」とつぶやいていた。わかる。甘やかされるぞここ。


「そしてこちらの三部屋がエトランゼ殿の部屋です」

「三部屋…て個別!?」


 本当にヘンゼルとグレーテルでは!?お菓子の家かここ!?いくら歓迎するからといってついさっき現れた変な人たちにこんな待遇するかな!?いくら適応するからといってそんな厚かましくはなれないぞ!?


「そそそんな恐れ多い、一つでも全然可能ですが!」

「そんな、エトランゼ殿に不便を強いるわけには」

「や、お部屋用意していただけるだけでありがたいですからね!車中泊も覚悟してましたから!」


「それに六人は狭いでしょう」


 …今なんと、言ったか。


「ろく にん?」


「申し遅れました」


 三人のフードが外される。


「我々は道の政府エトランゼ探索班、通称梟」


「長女様は、私アズマが」


 銀髪の女性が私、鶫の前に立つ。


「次女様は僕サクラが」


 馬の人、は金髪だったみたいだ。


「三女様は自分、カグラが」


 黒髪の、いままで一言も話してなかった人が誉の隣へ。


「この度この三名が監視役を賜りました。

エトランゼ殿の為人を、共同生活において見させていただきます」


「つまり…良い人か悪い人か見極められるために監視の生活を送るってことですか?」


「端的に申しますとそうですね」


 やっぱりうまい話には罠があるってなもんですよ。お菓子の家、カロリー計算機付きみたいな!?ってこの例えが正しいのかはわかんないけど!

 歓迎するったってそら全信頼を置くよとはならんわな、私でもならない!

 窮屈な生活でも背に腹は変えられない。衣食住があるんだ、素晴らしいじゃないか!


「長女、ツグミです」

「…次女の、カオルです」

「三女のホマレ…です」


 ここで生き延びると決めたから。

 何としても適応しましょうじゃありませんか!


「よろしくおねがいします!」



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