32話:吉川君の突然の死
2015年1月30日午後7時半に久保伸介の家に電話がかかって来た。
電話に出ると吉川里美さんが泣きながら吉川光夫が倒れて熱海病院に運ばれ
大変なのと言った。そこで久保伸介と奥さんの成美さんが、新横浜駅から
新幹線で熱海に午後8時半に熱海病院に到着した。そして病院の先生に
状況聞くと心筋梗塞と脳梗塞で状況は厳しいと言われた。
助かる確率はと思わず久保が聞くと先生が下を向いて難しいと言った。
午後9時に自立呼吸停止したの人工呼吸器を外したいと聞いてきたので
吉川里美さんがどうしましょうと言い、気が動転して、久保さん先生と
話して下さると、言われ、先生に話すと、もし助かっても植物状態で医療費
がかかるが、もって4日、脳もやられているから意識もないし会話もできない。
だから人工呼吸器を外した方が家族、親戚の方のためにも良いと思いますよ
といわれ、唇をかみしめてわかりました人工呼吸器を外して下さいと言った。
そして10分位で、先生からご臨終ですと言われて久保夫妻と吉川里美さん
が呼ばれた。奥さんの里美さんが吉川光男の亡骸にすがって、私を置いて
いかないでと号泣した。気が晴れるまで、そっとしてあげましょうと
久保成美さんが言って病室を出た。
30分位して吉川里美さんがすみません取り乱してと言い、少し
落ち着いて葬儀をどうしましょうと、久保伸介に聞くので、東京に、親戚、
関係者はいないのですかと聞く子供達は米国で連絡がつきませんと言い、
その他、いませんと答えた。すると、久保が中学時代の連中にだけでも
知らせて吉川光男を送ってやりたいのですがと言うと吉川里美さんが
、お願いして宜しいですかと聞くのでわかりましたと返事をした。
その後、以前、父母の葬儀で世話になった橫浜の葬儀社に連絡すると
遺体移送車で2万円かかり3人まで乗れると言われた。遺体を橫浜まで
送るのには2万円かかりますが良いですかと聞くと、手配を宜しく、
お願いしますと言われ、明朝8時に熱海病院に来てくれることになった。
その後、近くの温泉ホテルに宿泊して迎えを待つことにした。翌朝8時
に病院に行くと遺体をのせる終わり、直ぐに橫浜の久保の家に向かった。
そして両親が住んでいた家の床の間に吉川光男の入った棺を置いた。
直ぐに北部斎場の葬儀の予定を聞いてもらうと5日後、2月4日の昼が
空いていると言われ、その時間で葬儀をお願いした。そして中学の同窓会
名簿で片っ端から電話をかけまくり、2月3日の夜7時からのお通夜と
2月4日から午前10時からの橫浜北部斎場での葬儀を知らせた。
すると金井悦子先生、西藤秀夫、佐藤明美、平山節子、戸部賢一、
池内淳之介、泉田幸夫、その他、3人の10人が葬儀に参列し、お通夜に
別の6人が顔を出すと連絡があった。2月3日は底冷えのする寒い晩で
ファンヒーター2つ使いお通夜の会場を温めた。翌2月4日は寒く久保の
家を出る9時過ぎから、みぞれが降り出した。
会場では佐藤明美、平山節子さんが受付をしてくれ9時40分頃から
次々と参列者が入ってきた。そして、お坊さんの読経がながられる中、
ご焼香が続いて弔電が読まれた。そして喪主を頼まれた久保伸介が泣き
吉川光男の悲しい生まれと育ち、苦学の末に栄光について要領よく心に
訴えるように話をすると嗚咽や、すすり泣く声が聞こえた。




