19話:その後の豪ドル相場
やがて2010年になった。2010年1月中旬に豪ドルが80円となり、
そこで反発し4月に86円をつけ、急降下して7月中旬に77円まで落ちた。
しかし2011年に4月に88円にタッチし急降下78円と乱高下を
繰り返していた。下値を切り上げていたが、買うかどうか、迷っていると
新生銀行の担当者が下値切り上げて上値が下がるという事はもう一度、下値が
あると言うことで、そこらが買いかも知れないと言った。
そこで2011年10月の買いをあきらめ、もう一度、待つことにした。
2012年になり5月に急降下したのを見て80円で合計20万豪ドルを
1600万円で買い久保家の投資残金が1500万円となった。
2011年は寒い冬から始まり何となく暗い感じてしていた。
2011年3月11日午後3時少し前に、橫浜でもグラグラと地面が揺れたか
と思うと、次の瞬間、一気に大きな揺れが来て、1階の食器棚が音を立てて
食器が落ちてわれる音がした。そして、母の久保富子さんが1階のリビング
に来て、おびえた顔でソファーに座った。久保伸介は底のしっかりした
安全靴で食器棚の割れた食器をかたづけた。
電気は切れたままで静寂だけが残り、午後5時過ぎると、あたりは真っ暗
になり懐中電灯を棚に置いて部屋を照らした。都市ガスは非常停止となった
が解除すると直ぐ使えのでポットのお湯を沸かしお茶、珈琲などを飲める
ようにしていた。夜8時過ぎには電気が復旧し家の電灯がついて、明るく
なり、夕飯の支度をして、お風呂を沸かした。
テレビでは、東北の強大な津波の映像や流されている家や車、人が見えて
胸を締め付けられる思いがした。そして、東北の松島湾の真っ暗ら海の
向こう側に火の手が上がる様子が映り出された。また、東京から自宅へ
帰る大きな人の行列が映し出され鉄道、道路が完全に機能を失った事が
わかった。そして、まんじりも、せず、ただ映し出される映像を眺めて
寝れなかった。
その後、東京電力の原子力発電所の原子炉冷却用ポンプの電源が津波で
破壊され冷却されず、このまま行けば炉心溶融が起きて大量の放射能が出る
と危惧された。その後も計画、停電や東北だけでなく、北茨城、千葉の
沿岸地域の被害状況などが放送され、陰鬱な時間が過ぎていった。
そして2011年は暗く、やる気が起きない年となってしまい、時間だけが
過ぎて12月、年の瀬を過ぎ、2012年を迎えた。
初詣でに行き、東北、被災地、日本の復興、家族の健康と安全、
商売繁盛を祈願してきた。そして今年は心機一転、きれいな花を見ようと
決心して3月、4月と橫浜の山下公園、港の見える丘公園のバラ園を
見に行き、帰りに中華街で食事して帰った来た。
人間は不思議なものできれいな植物を見ると心が癒やされる。
そして、徐々に元気とやる気が出て来た。2012年5月5日に
北海道電力泊発電所が23時に運転停止1979年以来42年ぶりに
日本のすべての原子力発電所50基が稼働停止となった。




