15話:父の葬式と遺産相続
その後、朝9時頃に、A社の社員3人が来て、名刺をくれて、父の衣装を
なおし白装束にして化粧をして棺に安置してくれドライアイスを入れた。
そして、葬儀のパンフレットを渡して、プラントと人数が決まったら、
お電話くださいと行って帰って行った。親類縁者が近くにるので電話をして
30人が葬儀に参列すると行ってくれた。
その後、40部の葬儀の往復はがきをA社の人が持って来てくれ、住所録
をコピーして、数名で手分けして書き終えた。その後、葬儀の話を聞いた
という人14人が確認の電話をかけてきた。そして葬儀の最終人数が49人
となった。葬儀のプランを母と決めて返礼品なども決めた。
葬儀前日の夕方夜6時から、お通夜をして12人が来てくれて1960年代
からの急激な変化の話、田園都市線、市営地下鉄開通、港北ニュータウンの
造成の話、東急と阪急デパートが出来た話や、はま梨の話などが話題に
上がり、急激な時代の変化に驚かされたと口々にそのスピードの速さに
困惑した様子がわかった。
翌日、1月16日が晴れ渡り、寒い朝を迎えた。2010年1月16日は
実家に6人が泊まり、久保伸介が前日にレンタカー屋に9人乗りハイエース
を3台用意させ、実家の近くの人達25人を乗せて9時過ぎに出発し、
その他、自家用車でついてきた。9時40分に到着し受付に記帳とクローク
を用意した。会場には多くの花輪が飾られていた。10時前には続々と
弔問客がやってきた。
そして10時に喪主の久保伸介が挨拶をして葬儀が始まり弔問客が順番
に亡き久保栄一を見て、拝んでくれた。少しして弔電が読み上げられた。
そして11時過ぎに、坊さんのお経が始まり、11時半に終えて、棺が
運び出された。その後、葬儀出席者が大きな食堂に場所を移して、亡き
久保栄一さんの生前の活躍やエピソードなど、多くの話を懐かしそうに
しながら、食事をして1時前に、食堂を出て、遺骨への儀式を始めた。
それが終了すると喪主と関係者の挨拶を終え、お寺に向かい埋葬となった。
葬儀が終了する頃に、時雨れて、みぞれ模様になった。そして葬儀場に
戻り、次々を葬儀場を後にした。
家に帰ると久保伸介と妻の成美と妹の谷川米子と旦那さんと母の久保富子
の5人で話合い、久保伸介と成美さんが母を引き取って面倒見るという話に
なった。すると、母の富子さんがちょっと待ってて下さいと言い、奥へ行き
、封筒を持ってきた。表には遺言書と書いてあり久保栄一の署名捺印があった。
生前書いていたものですといい、封を開けて見せてくれた。財産は定期預金
で通帳があり1億円入っていた。そして、近くに住んでいる久保伸介に私の
亡き後、母、富子の面倒を見てくれと書いてあった。これについて富子さんが
大丈夫と聞くと久保伸介と妻の成美さんがわかりましたと言った。
すると久保米子さんが遺産を半分づつで、母の面倒を兄に見てもらって良い
のですかと聞くので母が子の実家の名義を久保伸介にすると父が生前、話して
いたと説明した。兄が了解してくれば何も言うことはありませんと久保米子さん
が言うので、久保良介が異論はないと答えた。そして久保米子さんの振込先
を教えてくれば振り込むというので、手帳を出して振込先を書いてくれ再度
、確認して、ここにお願いしますと言うので了解と答えた。そして良介が、
また何か母が具合が悪くなったり何かあったら、また久保米子に連絡すると
言うとわかりましたと言った。




