圧倒
「夜……か」
辺りは静まり返り、窓の外は漆黒の闇。
俺はベッドからむくりと起き上がると、拘束の腕輪を弄る。
すると表面がスライドし、鍵穴が現れた。
「……よし、やはりあったな」
この手の魔道具には大抵解除の為の鍵穴が付けられている。
そしてカギは、アーミラの胸元にチラリと見えた金属片。
昔骨董屋で見たことがあるから間違いない。
あれを手に入れれば脱出は可能……!
俺はベッドを降り、扉を開けてアーミラの寝室へと足を運ぶ。
廊下を抜け、重たい木の扉を開くと天蓋付きのベッドにアーミラが横たわっていた。
本を読み疲れて疲れたのか、すぅすぅと寝息を立てている。
とんでもなく長い時間呼んでいたからな、あの根気には心底恐れ入る。
俺は気配を殺し忍び寄り、アーミラなベッドまで辿り着く。
……どうやらよく眠っているようで、起きる気配はない。
俺は毛布の端を掴むと、ゆっくりと持ち上げた。
そこにはあられもない姿で眠るアーミラの姿。
寝返りを打つとベッドに投げ出された肢体が悩ましげに蠢く。
「ん……ぅ……」
悩ましげな声を出して頭を動かすと、その黒髪がさらさらと零れ落ちた。
黙っていれば中々可愛らしいのに、勿体無い。
ふくよかな胸元に視線を落とすと、そこに乗っていた金属片がきらりと光る。
アーミラのネックレスの先端に付けられているこの金属片こそ、拘束の腕輪のカギだ。
俺は起こさぬようゆっくり手を伸ばし、カギに触れようとして――――手を掴まれた。
「夜這い、ですか?ランガ様」
言葉と共に、アーミラの目がぱっちりと見開かれる。
アーミラは起き上がると、俺を引き寄せるべく力を込めてきた。
ぎりぎりぎり、と手首を圧迫される感じ。
(強い……!)
振りほどこうと抵抗するが、拘束の腕輪で弱体化した俺よりもアーミラの方が力は上。
ぐい――――と、そのまま引き寄せられた俺はベッドに組み敷かれてしまう。
優しく、しかし強く。
両手足を押さえつけられ、俺の動きは完全に封じられた。
「ふふ、捕まえちゃいました」
耳元で囁くアーミラの首筋から、蠱惑的な匂いが漂ってくる。
何かの香水だろうか、鼻がむず痒くなってきた。
「盗人のような真似を……なんていけない人でしょう! ……でもいいです。積極的なランガ様もとっても、とっても素敵ですから……!」
上ずった声でアーミラは言うと、恍惚とした表情で俺にすり寄ってくる。
「離せ……!」
「ふふ、照れているんですか? うふふ、可愛いらしいですランガ様。ご安心ください。私が優しくリードして致しますので……」
甘く、誘うような声で囁くアーミラ。
赤みを帯びた唇は俺の耳元から頬をすり抜け、俺の眼前、すぐ傍へと移動する。
潤ませた目をゆっくりと瞑り、顔を近づけてくるアーミラ。
「や、めろ……」
「うふふフフフ、聞こえません。何も、聞こえないです」
「……から」
「え? 何? 何ですかランガ様ぁ?」
ほとんど密着状態となったアーミラの、小さく形の良い耳元で、俺は言う。
「――――迷惑だってんだよ。馬ァ鹿」
同時に、腰を思い切り跳ね上げる。
俺の言葉にショックを受けたのか一瞬アーミラの手が緩み、バランスが崩れ宙に浮いた。
隙だらけとなったアーミラに、俺は左脚に全身の魔力を集中させ、蹴りを放つ。
上体を反らせ躱すが狙いはそこではない。
本当の狙い――――首元のカギを足指で掴み、引き千切る。
勢いのままに転がりながら、俺はカギを弾き左手で受け取ると、拘束の腕輪に差し込んだ。
ガチャリ、と音がして拘束の腕輪が割れる。
その瞬間、俺の力が戻ってきた。
「……よし!」
両手足に魔力を漲らせ、感触を確かめる。
万全万調、俺本来の力が戻ってきたと確信した。
一連の動きをアーミラは信じられないと言った顔で見ている。
「そ、そんな……どうして……?如何にランガ様と言えど、拘束されながらそれ程の力を出せるはずが……」
「拘束の腕輪はそれ自体が簡易の結界。つまり腕輪と距離が離れれば効果は薄れる。ごく近い距離でもそれは同じ、故に右手から最も遠い左脚へ魔力を集中させ、攻撃した――――というわけだ」
「なんと! 流石はランガ様です。魔道具への造詣も深いとは……!」
驚き目を丸くするアーミラ。
こんな時でも俺を持ち上げるのは変わらない。うーん、悪い奴じゃないんだが。
「しかし! 私諦めは悪い方なのです!」
闇の中、アーミラの目が怪しく光る。
魅了の瞳。
これは彼女が生まれ持つ固有技で、目が合った者を魅了状態とし、意思を持たない操り人形とするのだ。
そう、先日のレントンのように。
「敬愛し尊敬する我が主、ランガ様を魅了するのはともかく操り人形にしたくはありませんでしたが、こうなれば仕方ありません! しかしご安心ください、腕輪を嵌めなおしたらまた解除して差し上げますから! カギは二度と外せないよう、奈落の底に捨ててしまいますねっ!」
揺らめいていた魔力がアーミラの瞳に集中し、まばゆい光が放たれた。
緋色の閃光が闇を貫き、俺を捉える――――
「な……!」
眩しさをガードする為に上げていた手を降ろす。
現れた俺の目を見て、アーミラは信じられないといった顔をした。
「魅了の目は格下相手にしか効果はない……だろ?」
「し、しかし私の魔力は200000はあるのですよ!?僭越ながら今のランガ様よりは圧倒的に上! 効果はあってしかるべきでは!?」
「……そういえばお前は能力値を読む類の目が使えるんだったか。……ならば俺の魔力、よく見てみるといい」
そう言って俺は、改めて全身に魔力をみなぎらせていく。
先刻までは抑えていたが、この屋敷には強力な結界が張られている。
結界はそれ自身が強力な魔力を発している為、力を解放させてもバレる事はない。
徐々に大きくなっていく俺の魔力を見て、アーミラは驚愕の表情を浮かべる。
「まさかそんな……ありえません! 50000……100000……500000ま、まだ上がっていく!?」
まだまだ全力には程遠い。
更に魔力を増加させ、全身から蒸気のようなオーラが立ち昇っていく。
「ま、魔力値10000000……!!」
アーミラは目を見開き、足をがくがくと震えさせている。
少々驚かせすぎたようだが……とりあえず、まぁこんなところだろう。
「俺もそれなりに修行はしてきたわけさ。世界征服はともかく、生きるには強さは必要だからな」
「しかしそれはあまりに、あまりに……!」
戦意を失ったアーミラに、俺は拳を構えて言った。
「行くぞアーミラ、真正面を打ち射貫く。全力でガードしろよ……!」
「は、はぃ――――ッ!」
言い終わらぬうちに、俺はアーミラ目がけ歩を詰める。
魔力は軸足から体幹へ、肩、腕を通り、拳へ、そしてアーミラのかざした腕へと、一瞬にして駆け抜けた。
「か……は……ッ!?」
ずどん! と砲撃のような音と共に、衝撃はアーミラの腹を突き、内部の空気を絞り出す。
全ての空気を吐き出したアーミラは、調度品をなぎ倒しながら壁に激突した。
どおおおおおおおおおおん!! と、爆音が響く。
壁に叩きつけられたアーミラは深くめり込み、壁面に蜘蛛の巣のような大きなヒビを数本作った。
「おお、結構丈夫な壁だな。よほど強力な結界を張っているようだ」
建築物に展開された結界は、壁の頑丈さと比例する。
これだけの結界なら俺の力も外に漏れなかっただろう。
「……とはいえ、屋敷の持ち主には悪いことをしてしまったかな」
砕け散った調度品の数々、壁も破損し修復必須だろう。
すまない持ち主さん。恨むならアーミラを恨んでくれよな。