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危険な副官

「……こ、こは……?」


 痛む頭を押さえながら起き上がる。

 目の前にあるのは白いカーテン、部屋は木造りの壁に囲まれ、高級そうな調度品が置かれていた。

 ふかふかのベッドから立ち上がろうとするが、力が入らない。

 右腕には相変わらず拘束の腕輪が嵌められている。

 ……どうやら夢や幻ではなかったらしい。


「お目覚めですかっ!ランガ様」


 俺のうめき声に気づいたのか、奥からアーミラが小走りで駆けてきて、抱きついてきた。

 勢いのまま押し倒された俺の目の前には、頬をほんのりと上気させたアーミラが微笑んでいた。


「あ、アーミラ!?」

「よかったぁ。中々目を覚まさないので、心配いたしましたよぉ。あ、お腹すいていますよねっ!今朝食をご用意していますので、お顔を拭いて少々お待ちくださいませ!」


 そう言ってアーミラはほかほかに蒸らしたタオルを手渡してきた。

 タオルは俺好みにアッツアツに蒸らされており、差し出されるままに顔を拭く。

 そして改めて、アーミラを睨みつけた。


「……ずいぶん手荒なことをしてくれたな。ここは一体どこだ?色々説明してもらおうか」

「使われていない貴族の別荘ですよ。そしてもちろん説明させていただきます。我が主人であるランガ様に隠し事は何一つとして致しませんとも」


 こほんと咳ばらいを一つして、アーミラは饒舌に語り始める。


「ランガ様に断られた私はしばし、ショックで打ちひしがれておりました。そんな私に街のチンピラが声をかけてきたのです。『君、可愛いね』『ちょっと付き合えよ』とかそんな感じでしたか。とりあえず魅了で私の下僕としたわけですが、なんと連中は違法魔道具の売人でして、丁度その束縛の腕輪を持っていたのですよ。それを見て私は思いました『そうだ、ランガ様を攫おう!』と」


 キラキラした目で物騒な事を語り始めるアーミラ。

 しかも興奮し始めたのか、声のトーンは徐々に高くなっていく。


「ランガ様が私を必要としていないのは、世界の王たる自覚がないから。それに目覚めればきっと私を必要としてくださるはず! そう確信した私はまずランガ様のご学友に魅了をかけ、ランガ様に束縛の腕輪を嵌めるよう指示しました。あとはご存じのとおりです。あ! ご学友はちゃんと記憶を削って街に返しましたし、ランガ様のご自宅にも置手紙を書いておきましたので、安心してくださいねっ!」


 アーミラはにっこりと笑い、そう言った。

 その顔は恍惚と狂気に彩られていた。

 やはりレントンを操り人形とし、俺を嵌めたのか……アーミラ、相当ヤバい奴である。

 ドン引きしていると、奥からぱちぱちと火の爆ぜる音が聞こえた。


「おっとすみません。朝食の準備が途中でした」


 アーミラはそう言うと奥の部屋へ駆けていき、どったんばったんした後にトレイを持って帰ってきた。

 トレイには目玉焼きが乗ったトーストと、ポタージュスープ。ミルクにサラダが付いていた。

 空きっ腹の俺にその食事は非常に魅力的に映り、思わずごくんと生唾を飲み込む。


「美味しそうでしょう?はい、ランガ様。あーんしてください」

「んがっ!?あ、アーミラおい!」


 アーミラは俺の顎を持ち、半ば無理やりに口を開けさせる。


「ふふっ、照れなくても大丈夫ですよ。ここには私とランガ様しかいませんしね。加えて言えば強力な結界が張られていますので、獣一匹近寄りません」

「んなもんどうやって破ったんだよ!」

「まぁその、はしたないですが、ある程度力ずくで……」


 恥ずかしそうに言ってるが、この屋敷に張られた結界……相当固いぞ。

 自主的に修行を続けていたとみえる。

 抵抗を試みるも、拘束の腕輪で力を封じられた俺にはそれを覆す力はなく、なすがまま食事を食べさせられた。


「どうですか、ランガ様。お口に合えばよいのですが……」

「……美味いよ」


 渋々答える俺を見て、アーミラは両手をパチンと叩いた。


「まぁ、嬉しいっ!さっき市場で新鮮な食材をたくさん買ってきたんですよ。朝は間に合わせですが、昼はもっとちゃんとしたものをお出しするので期待していて下さいね!さぁどんどん召し上がって下さいまし」


 再度、差し出されたパンを食べる。

 食べさせられるというのは屈辱感がありつつも、それを上回る程に美味い。

 俺の好みをよくわかっているな。


「よく食べて下さいました。では皿をお下げしますね」


 食事を終えると、アーミラは満足げに皿を下げていく。

 奥の部屋ではカチャカチャと、片付けの音が聞こえてくる。


(さて、どうしたもんかね……)


 一人になった俺は脱出のための思考を巡らせる。

 アーミラは食材を買い込んだと言っていた。

 という事はしばらくこの屋敷から動くつもりはないのだろう。

 逃げるタイミングは多くない、か。


(とりあえず、ちょっと力を入れてみよう――――ふんっ!)


 俺は右手に嵌められた拘束の腕輪を掴み、思い切り力を込める。

 ミシミシと軋む音が鳴るものの、腕輪は固くビクともしない。

 くそう、ただの鉄の輪っかなら何とか千切れるんだがな……力も普通の子供並みになっているようだ。


(力ずくじゃあ外せない、か)


 舌打ちをしながら他の方法を試そうとしていると、片づけを終えたアーミラが戻ってきた。

 両手いっぱいに分厚い書物を抱えて。


「お待たせいたしました、ランガ様っ!それではお勉強の時間に致しましょうかっ!」


 どんっ! と重々しい音と共に、大量の書物が俺の目の前に置かれる。

 百冊はあろうかという本の山を見て、俺は言葉を失った。


「……なんだこりゃ」

「王に関する書物でございます。これを読んで王の在り方を学んでいただければと!少々冊数は多いですが、えぇもうランガ様ならすぐに自分のモノにしてしまうでしょう!間違いありませんっ!」


 本の背表紙には「帝王学」だの「様々な国の王」だの「王道を往く」だの、王にまつわるものばかりが揃えられていた。

 どこから集めてきたこんなもん。本屋にも中々並んでないようなものばかりである。


「この別荘の書庫に沢山あったので、それを借りてきちゃいました」


 可愛らしく舌を出すアーミラ。

 貴族の別荘とか言っていたが……本当に貴族か?

 張られている結界も相当な強度だし、置いてある本もバリエーション豊かすぎる。

 まさか王族とかじゃないだろうな。


「さぁっ! 読みましょう! 聞かせましょう! どれから読みます? コレですか? アレですか? ソレですか?」


 色々な本を手に取り騒ぎ立てるアーミラに、俺はため息を吐く。


「……俺は本は嫌いなんだ。つか王なんて目指すつもりはないと、言っておいたはずだが?」

「そんな事はさしたる問題ではありません」


 俺の拒絶の言葉に、アーミラはにっこりと笑って返してきた。

 その明るく朗らかな語調に、俺は何とも言えぬ不気味さを感じる。


「ランガ様はどのような道を辿ろうとも、世界の王となられるお方。あなた自身が何を言おうと、何を望もうと、それが宿命なのです。何物も逆らう事は出来ないのです」

「いや、だから――――」

「しかしそう意固地になられるとは少々想定外でした。昔のランガ様なら『やれやれ、仕方ないな』とか言いながらも私の言葉を聞いてくださったのに!……どうやらランガ様は人間に転生した事により、随分ぬるくなった様子。荒療治が必要なようですね」


 そう言うとアーミラは、部屋の隅に置いていた大きな鞄をゴソゴソと漁り始める。

 嫌な予感を感じる俺に、鞄から取り出し差し向けてきたのは巨大な芋虫を乾燥させたものだった。


「はいっ!干しタンゴムシの幼虫です!昔は戦争中に兵糧としてよく食べていましたよね!懐かしいですよね!これを食べて魔族だった頃の戦いの日々を、思い出してくださいませっ! さぁ!」


 ずい、ずいと乾燥芋虫を近づけてくるアーミラ。

 俺の顎を掴んで口を開けさせ、無理やりにでもねじ込もうとしてくる。

 この芋虫、確かに栄養はあるがとにかくクソ不味い。

 戦場では食べるものがないから仕方なく食べていただけで、わざわざ好き好んで食べるようなものではない。

 後ずさる俺に、アーミラは詰め寄ってくる。


「やめろ馬鹿!いらねぇってんだろ!」

「何を仰いますやら!さぁさぁさぁ! どうか遠慮なさらずに!」

「や、やめ……ん?」


 何とか抵抗する俺の鼻に、据えた匂いが漂ってくる。

 これは――――匂いの正体に気づいた俺は、アーミラの目をまっすぐに見て言った。


「……その虫、ハラワタがまだ残ってるぞ」

「え?……くんくん、本当だ!」


 アーミラは初めて俺の言葉を聞き入れた。

 鼻を近づけ、芋虫の匂いを嗅ぐと眉を顰める。


「それじゃあ腹を壊すだろ。それとも俺の腹痛が望みか?」

「こ、これは失礼を致しましたっ!」


 俺にした処理の甘さを指摘され、アーミラは慌てて頭を下げる。

 そして乾燥芋虫を持って、台所へと走っていった。

 ふう、何とか切り抜けられた。

 このご時世にわざわざあんなゲテモノ食べるもんじゃない。

 安堵する俺の耳に、アーミラがくすくす笑う声が聞こえてくる。


「――――なんだか昔の事、思い出しちゃいました。憶えてます?私がタンゴムシの下処理をしようとして、よく失敗してた時の事」

「まぁ……そんな事もあったかな」


 まったく憶えていないが。


「えぇ、あったんです。困ってた私をランガ様が手伝って下さって……えへへ、嬉しかったなぁ……」


 芋虫の身体を掻っ捌きながら、幸せそうに笑うアーミラ。

 ぶちぶちとハラワタを包丁で切り取り始める。


「出来ました。また乾燥させますから、後で一緒に食べましょうねっ」

「……」


 有無を言わさぬ満面の笑みだった。

 手にした血塗れの包丁がなんとも言えずミスマッチだった。


「そうだ!本を読むのが苦手なのでしたら、私が読み聞かせましょう!そして分かりやすい本からなら、ランガ様も好きになって頂けるハズです!さぁまずはこれを読んでみましょうか!」


 そう言ってアーミラが俺に向けて広げたのは「幼き日の王たち」だった。

 うんざりする俺に気づく事もなく、アーミラは本を俺の前に広げる。


「アルトレオという国がありました。そこを治めていたのは美しく賢い一人の女王様。周りを強国に囲まれながらも機転を利かせ、臣下の力もあり、強かに国は大きくなっていきます。……」


 アーミラは声を出して本を読み始めた。

 それを左から右に聞き流しながら、俺は脱出の為に思考を回す。

 さて、どうしたものやら。

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