拉致
「ついてこない……か?」
恐る恐る後ろを振り向くと、アーミラは呆然とした顔で膝を折っていた。
どうやらついてくる気力はないようでほっとする。
全く、生まれ変わっても恐ろしい奴だったな。
ていうか世界征服なんてさせるつもりだったのかよ。
確かに「ランガ様は世界の王となる器です!」とか「この調子で世界征服ですよ!ランガ様!」とか言っていたが、冗談じゃなくガチだったとは。怖すぎる。
「なるべく関わり合いにならない方がいいな……ちょっと可哀想な気もするが」
もう一度チラ見すると、同じ格好のまま固まっていた。
あのまま放置していいものだろうかと心配するも、今のアーミラにもそれなりの魔力を感じられた。
幼い頃から一人で生きてきたらしいし、自分の身は自分で守れるだろう。
そう考えた俺は帰宅するのだった。……疲れた。
■■■
「いよっ!ランガ様、ご機嫌麗しゅうー!」
登校中、後ろから声をかけてきたのはレントンだった。
とても楽しそうなレントンに俺は冷たい視線を送るが、全く気にするそぶりもなくバシバシと背中を叩いてくる。
「で、何だよあの子?やたら可愛かったじゃねーか。そんな子に様付けで呼ばれてよう?詳しく教えて貰わねーとなぁー?ランガ様ぁー?」
「……はぁ、ただの人違いだよ。俺の事を探し人と勘違いしていたらしい」
「いやいや、そんな事言ってよー。実は何かあるんじゃねーの?ランガが実は王族の隠し子だったーとか」
「ねーよ。ばか」
「なーんだ、つまらねぇ」
先刻までの興味津々な態度はどこへやら、レントンは興味が失せたのかあからさまにがっかりした。
まぁ王族の隠し子ではないが、魔軍四天王の生まれ変わりなのだが……もちろん言うつもりは微塵もない。
(それにしてもアーミラ、諦めたのか……?)
授業中、ふとアーミラのことを思い出す。
あいつの性格からいって、やすやすと引き下がるのは考えにくい。
だから警戒しているのだが、、どうも動きが感じられない。
アーミラ程じゃないが俺もある程度は相手の魔力を察知できるので、近寄ってくればすぐにわかるのだが……この沈黙、不気味だな。
結局何事もなく学校は終わり、下校時間。
「ランガ、帰ろうぜー」
俺が道を歩いていると、後ろからレントンが声をかけてきた。
のんきな顔で笑っているが、よく考えたら今俺と一緒にいるのは危ないかもしれない。
アーミラが何か仕掛けてくるかもしれないからな。
何かあったら巻き込んでしまう。ここは断った方がいいか。
「悪いが今日は用事があってな。一人にしてくれ」
「えー、いいじゃんかよー」
「だーめ、また今度な。埋め合わせはするからよ」
「ちぇっ、つまんねーの」
俺が拒否すると、レントンは不機嫌そうに舌打ちをした。
つまらなそうに小石を蹴りながら、路地裏に入っていく。
「ぎゃーーーっ!」
直後、上がるレントンの悲鳴。
俺はまさかと駆けだした。
あの道は先日通った路地裏、アーミラが何か仕掛けていてもおかしくはない。
「レントン!」
路地裏に足を踏み入れた俺の眼前には、巨漢の男二人に絡まれているレントンがいた。
「おうおう坊主、てめぇの蹴った石のせいで足が折れちまったじゃあねぇか!」
「よそ見して歩いてんじゃねぇぞ! あぁコラ、ベンショーしてくれんのかぁ?オイィ!」
……どうやら蹴っていた小石があの男たちに当たったらしい。
なんだ、ただのチンピラか。俺は安堵の息を吐く。
とはいえレントンはすっかり怯えている様子だった。
「すみません!すみません!」
「すみませんで済んだら警察いらねぇーんだよ! 親呼んで来い!」
情けない声を上げるレントンの方へ歩いていき、男二人をじっと見上げる。
「なんだぁ坊主、こいつの知り合いかぁ?」
「代わりにベンショーしてくれんのか?あぁコラ!?」
頭の弱そうなセリフを並べる男たち。
これだからチンピラは……というか弁償じゃなく慰謝料と言いたいのだろうか。
俺はとぼけた顔で、男たちに声をかける。
「ねぇお兄さんたち、その子謝ってるよ。許してあげようよ」
「はぁー!? 謝られても俺の足は治らねーんだよ! 折れてんだ! ベンショーだ!」
そう言って、自称折れた足で俺に歩み寄る。
「お兄さん普通に歩いてるじゃん。嘘はダメなんだよ」
「……あぁん?」
俺の言葉に、男たちは不機嫌さを露わにした。
「舐めてんのかクソガキ! ぶっ殺されたくなけりゃあどっかいきやがれ!」
はぁ、やっぱり聞く耳持たないか。
わかっていたけど……俺はため息を吐いて、路地の方をちらりと見やる。
「どっかいくのはお兄さんたちだと思うけどなー」
「なにぃ!?」
男が俺の襟首を掴み、持ち上げようとした瞬間である。
「おい、何か声が聞こえたぞ!」
「事件か!?」
巡回していた警備兵たちが通りかかる。
すかさず俺は声を上げた。
「わーーーっ! 助けてーーーっ! 殺されるーーーっ!」
「ゲッ、このガキ……!」
警備兵がこちらに気づいたのと同時に、男たちは俺たちを離し反対方向へ駆けだした。
やれやれ、こんな事もあろうかと警備兵の巡回ルートと時間は頭に入れてあるんだよ。
「くそっ!覚えてやがれー!」
「絶対ベンショーさせてやるからな!」
捨て台詞を吐いて去っていく男たちを見送りながら、俺はやれやれと肩を撫で下ろす。
「君たち大丈夫だったかい?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう警備兵さん!」
駆けつけてきた警備兵に礼を言うと、丁寧に敬礼を返してくれた。
「それじゃあ気をつけて帰るんだよ」
「はーい」
いい人だ。警備兵さんは俺たちの無事を確認すると、すぐ仕事に戻っていった。
「ふぅ、全く気をつけろよな。レントン」
「あ、あぁ。すまなかったよランガ」
腰が抜けたのか、へたり込むレントンに俺は手を差し伸べる。
レントンが俺の手を取ったその時、ふと俺は奇妙な違和感を感じた。
瞬間、レントンはがっしりと俺の腕を掴み、もう片方の手で何かを嵌めてきた。
「な……ッ!? れ、レン……トン……?」
途端に俺の全身の力が抜けていく。
意識が遠のいていく中、俺は腕に嵌められた正体に気づいた。
(拘束の……腕輪……!)
これは非常に高価な魔道具で、嵌めた相手の動きを束縛する事が出来るというものだ。
高い戦闘力を持つ相手すらも奴隷に出来ることから、その辺に出回っているような代物ではない。
何故、レントンが……まさか、アーミラの仕業……?
それ以上思考する事も出来ず、俺は意識を失った。