再会
そんな事がありつつ数日後。
いつもの下校途中、俺はレントンと一緒に帰っていた。
「でよー、その時クレア先生がさー」
適当に聞き流しながら、今日の晩飯は何を作るかな、などとぼんやり考えながら歩いていると、曲がり角からいきなり一人の少女が飛び出してきた。
美しく艶やかな黒色の髪を長く伸ばし、前髪は丁寧に切り揃えている。
白を基調としたワンピースの袖を長く伸ばし、スカートは足首まである長いものだった。
形の良い唇はうっすらとピンクを帯び、大きな瞳は鮮やかな深紅を称えている。
少女の容姿は明らかに、周りの目を引きつけていた。
「おやおや、どうしたんだい可愛い子ちゃん。もしや俺に何か用かな?」
少女に目を引かれたのはレントンも同じだったようだ。
「……」
レントンが少女に声をかけるも、無視。
「ちょ!ねーねー無視はよくないぜ!な?」
食い下がるが、少女は依然としてレントンと視線を合わそうともしない。
というか少女の目は俺に向けられていた。
少女は目を、次第に潤ませ始める。
そして――――
「ランガ様ぁぁぁっ!」
勢いよく俺に抱きついてきた。
信じられないといった顔で絶句するレントン。
俺もまた少なからず動揺していた。
「ああっ! ランガ様っ! お会いしとうございましたっ! んふー、んふー……はぁ……ランガ様の匂いですっ! はぁ、うっとり……」
少女は俺の胸に頭にぐりぐりと押し付けながら、スンスンと鼻を鳴らしている。
あまりの事態に俺もレントンも固まっていた。
「な、な、な……」
レントンは口をパクパクとさせながら、ようやく口を開く。
「なんだってーーーーーーーーーっ!?」
驚愕の声が辺りに響き渡った。
■■■
路地裏にて、俺の足元に少女が膝をつく。
目立つので慌てて路地裏に引っ張り込んだが、正解だった。
少女は目を伏せたまま言う。
「いきなりの無礼、お許しくださいランガ様」
「とりあえず立て。こんなところ見られたらいらん誤解されるだろう……アーミラ」
「はっ」
返事をし、アーミラは立ち上がる。
その目はどこか虚ろで、しかし喜びを抑えきれないといった様子だった。
猛禽類が獲物に狙いを定めたような鋭い目がちょっと怖い。
彼女はアーミラ、魔軍四天王時代に俺を副官として支えてくれていた人物だ。
種族は吸血鬼の最上位種である血の君。
血液を操り様々な武器と化したり、無数の魔眼を使う事ができる。
直接戦闘は得意ではないが、汎用力の高い能力を多数持つ補助タイプである。
尤も今となっては、その能力もほとんど使えないようだが。
「しかし驚いたぞ。お前まで転生していたとはな」
「えぇそれはもう! 勇者にやられる瞬間、ランガ様の事を強く、強く想いましたので! その想いが届いたのでしょう! あぁやはり私とランガ様は強い絆で結ばれていたのですねっ!」
うっとりとした様子でくねくねと腰を動かすアーミラ。
だから怖いっての。
「先日、ランガ様の魔力を微かに感じましたのですぐにはせ参じました! いえ、近くにいるのはなんとなくわかっていたのですが……確信を持てたのはその時だったのです。遅れて申し訳ありませんでした!」
「あー……あの時か」
猫相手にほんの少し怒りで魔力を漏らしたのを察知したらしい。
吸血種は血や魔力の匂いに敏感だからな。
いや、若干その領域を超えている気もするが。
「おーい、ランガ! あとでそのコの事、紹介しろよなーっ! 明日でいいからよーっ!」
路地口の方で、レントンが大きく手を振っていた。
……後で説明するといって誤魔化してきたが、明日はうっとおしいくらい色々聞いてきそうだな。憂鬱だ。
アーミラは後ろを振り向き、レントンへ鋭い視線を向けていた。
「あの男、我々の動向を気にしているようですね……消しますか?」
「消さんでいいっ!」
ったく、転生しても物騒だな多いなこいつは。
アーミラは俺が小鬼の頃から一緒にいた幼馴染のような存在だ。
一緒に強くなり、進化し続け、共に歩んできた、戦友でもある。
基本的に優秀だが、何故かやたらと俺を信仰し、いつもいつも祭り上げられていた。
当時の俺は悪い気もしなかったので、アーミラに乗せられるがままに魔王軍に入り、あれよあれよと四天王にまで上り詰めてしまった。
それは戦いに次ぐ戦い、心の休まる暇など全くない血みどろの日々は身を投じ続けた結果でもある。
……つまり、こいつに乗せられて平穏な暮らしが遠のいてしまったのだ。
俺が訝しむように見ると、アーミラは子犬のようなキラキラした目を向けてきた。
「……なんだよ」
「なんでもありませんっ! ……えへっ」
照れくさそうに微笑むアーミラを見て、俺は少し驚いた。
あのアーミラが、こんな風に笑うなんて。
以前のアーミラなら返り血で真っ赤になりながら、口元を歪め不気味に笑うのがせいぜいだった。
血で血を洗う戦いを繰り返し、あらゆる手段を持って歯向かうものを血だるまにしてきた、血の君に相応しい歪んだ笑顔。
それは今の可憐な笑顔は全く違うものだった。
(もしかしてこいつ、ちょっと変わったか?)
先刻、レントンに対しても物騒な事を言ってはいたが、それだけだった。
今までなら無言で惨殺していてもおかしくなかったしな。
もしかしたら、人間の身体に転生した事で大人しくなったのかもしれない。
……どれ、ちょっと探りを入れてみるか。
俺はアーミラに世間話を切り出した。
「なぁおいアーミラ、お前人間に転生したなら家族がいるんだろう。今はどうしているんだ?」
「あぁ、父と母は戦争で死にました。ですがお気になさらず。幼い頃の話なので対してショックも受けておりません」
「そいつは……大変だったな」
「いえいえ、小鬼だった頃に比べれば人間の幼子は皆に可愛がって貰えますし。幸い私は顔形に恵まれましたので、大した苦労もしませんでした。この街の門番さんも身の上を話したら簡単に街に入れてもらえましたよ」
そう言ってアーミラはあっけらかんと笑うが、そんな容易いものじゃない。
俺は苦い顔のまま、首を振る。
「大した苦労もしない、と言ってはいるが、そう簡単なものじゃなかっただろう。俺も同じだからわかるが人間の世界だってそれなりに苦労はある。親の庇護がない子供は施設に預けられるかのたれ死ぬか……ここまで生きてこられたのはアーミラが優秀だからこそだよ」
「ランガ様……」
うっとりとした目を向けてくるアーミラの頭を撫でてやる。
……そうなんだよな。優秀なんだこいつは。
だから俺みたいなのでも四天王にまで上り詰めてしまったのだ。
アーミラは俺に頭をすり寄せると、惚けた様子で俺の背中に腕を回す。
「ランガ様にもう一度会えて、本当に嬉しいです」
「そう、だな。俺もそう思っている」
俺の言葉に、アーミラはパッと顔を輝かせる。
「本当ですかっ! ではまたお傍においてくれますよねっ!」
「まぁ、うん……」
側にいるだけなら害はない。
こんな少女の姿だ。アーミラもそう悪さは出来ないだろう。
それがなければ普通にいい奴なのだ。
「嬉しいなぁ。またランガ様と一緒にいられるんですね! また一緒に戦えるんですねっ!」
……ん? 今何か物騒な言葉が聞こえたような……
訝しむ俺に気付く事もなく、アーミラは恍惚とした顔でで続ける。
「前回は私の助力及ばず魔軍四天王程度で終わってしまいましたが、ランガ様の器はそんなものではありません!戦って、勝って、成り上がって、そして世界を征服しましょう!ランガ様なら出来ますっ!私も今度こそ失敗しないよう、誠心誠意尽くさせていただきますのでっ!」
屈託のない笑みで、最高に物騒な事を言うアーミラ。
その目は血の君として俺に仕えていた頃と、全く変わらないものだった。
駄目だこいつ……早くなんとかしないと。
やはりアーミラはアーミラだった。
「……はぁ」
俺は頭を抱えため息を吐くと、アーミラを冷たい目で見た。
「それは出来ない」
「え……?」
きょとんとするアーミラに、毅然とした態度で言う。
「俺は平穏に暮らしたいんだ。世界を征服するつもりなんてさらさらない。そういうつもりなら……悪いが一緒にはいられねぇ」
「ランガ様……い、一体何をおっしゃっているのですか?私には何が何だか……」
すがるような目を向けてくるアーミラに、俺は口調を強くする。
「迷惑だって言ってるんだよ!じゃあな」
信じられないといった顔のアーミラに背を向け、俺は立ち去る。
背後からはすがるような視線が、いつまでもいつまでも送られていた。