エピローグ
領主であるハンニバル、そして息子のナーバルが死んだ事により、和平会議は当然中止となった。
しかし完全になくなったわけではなく、また新たな領主が決まり次第行うそうだ。
今回、人間側に不手際があったというのもあるが、レアンが和平会議の再開を強く望んだからとの事だ。
まぁあいつの悲願だからな。俺の平穏な暮らしの為にも頑張って欲しい所である。
ともあれ親父たちの仕事も終了、俺たちもようやく家へ帰ることになったのだ。
「それでは世話になりました。ミゲル殿」
ガエリオの差し出した手を、ミゲルが両手で、固く握り返す。
「なんの、こちらこそ本当に世話になりました。ガエリオ殿。改めて和平会議が行われる際は是非ともおいで下さい。もちろんダリル殿も一緒にね」
「えぇ、また事件が起こったらこの鬼十字のダリルにお任せを! 瞬く間に解決に導いて差し上げましょう! ガッハッハ!」
自信満々にどんと胸を叩く親父。
おいおい、こんな事件が何度も起きてたまるかよ。縁起でもない。
「ランガ。少しいいか」
レアンの声に振り返る。
歩み寄るレアンの後ろには、アレーシアにいた獣王軍が集まっていた。
街を訪れていた獣王軍も撤収するようだ。
「なーに? レアンさん」
人前なので子供っぽく答える。
レアンもまたそれに合わせるように、腰を屈め俺の前にしゃがみ込んだ。
「君には色々と、本当に世話になった。お礼と言っては何だが、いいものをあげようと思ってね」
「わぁーい、なんだろー?」
演技ではしゃいで見せるが、嫌な予感がした。
レアンはそれを見越したように、満面の笑みを浮かべて腰の剣を手渡してきた。
即ち、鬼刃王を――である。
「ほら、あの時に私の剣を欲しがっていただろう? プレゼントだよ。受け取ってくれ」
「えええっ!? ちょ、そんなものを渡されても困るよっ!?」
あの時ってどの時だよ、初耳だぞオイ。
この野郎、勝手にでっち上げやがって……確かに元は俺のものだが、もう戦いを辞めた俺には必要のないものである。
慌てる俺の肩に、親父がぽんと手を載せた。
「ガッハッハ! よかったじゃあねーかランガよ。獣王殿の剣なんて、そう貰えるもんじゃないぞ!」
そして、レアンの耳に顔を近づけ小声で話す。
「そいつは鬼王の剣の愛刀のレプリカですな。いつの間に土産屋で買っていたのかはわかりませんが……自分の剣と称して渡すとは何とも粋な事をなさる。息子への最高のプレゼントですよ。本当にありがとうございました」
「大したことはないさ。気にしないでくれ」
「うーむ獣王殿は本当に器がデカいですな! はっはっは!」
いやいや、レプリカじゃなく本物だから。
ていうか今更鬼刃王を押し付けられても困るから。
「なんじゃ主殿、そんなに嫌そうな顔をしてからに。ワシゃショックじゃわい……とほほ」
嘆く鬼刃王だが、嫌そうじゃなくて嫌なんだよ。
血を浴びるたびに狂戦士化するような危険物を持ち歩いていたら、何が起こるか分かったもんじゃない。
俺は平穏な生活を送りたいんだ。
鬼刃王を押し付けるのに成功し、ニコニコしているレアンに耳打ちで抗議をする。
「おいレアン、鬼刃王を俺に返してよかったのかよ。必要だったんじゃないのか!」
だが俺の言葉に、レアンは微笑を返す。
「あぁ、だがもはや不要だ。剣に支えて貰わずとも、新たな支えを見つけたからな」
そう呟いて、レアンは目を細める。
まるで狩人が獲物を見つけた時のような目だった。
レアンは自分の顔を俺に近づけ、そして――
「あーーーっ! な、何をしているのですかっ! レアン様っ!」
アーミラが悲鳴を上げると、レアンはゆっくり俺から顔を離した。
上唇をぺろりと舐めるその姿は、獲物を捕らえた百獣の王そのものだった。
「……ではな」
満面の笑みを浮かべるレアン。
呆ける俺の腕にアーミラが抱きつき、引き離すように引きずっていく。
「行きましょうランガ様っ! これ以上ここにいたら、あの金髪デカ女に犯されてしまいますっ!」
「こ、こら引っ張るな!」
「ははははは!」
ズルズルと引きずられる俺を見て、レアンが楽しげに笑っている。
くそう、見世物じゃないぞ。
そんな俺に親父が声をかけてくる。
「しかしランガよ、お前いつの間に獣王殿と仲良くなったんだ?」
「……さぁ」
「何がさぁ、だよ。後で何があったか聞かせろよな」
本当に、全く、心当たりがないのだが……首を傾げる俺をアーミラが睨む。
「全く本当に鈍いですねランガ様はっ! もういいですから行きましょう! さぁ、早く、さぁ!」
「おいアーミラ、押すなって」
馬車に無理やり押し込められ、奥の座席へと座らされた。
「早く馬車を出してくださいましっ!」
「はいはい、お嬢様」
カーテンを閉め、ガエリオに早く行くよう促す。
ガエリオが苦笑しながら馬に鞭を入れると、馬車が走り出した。
こっそり窓から顔を覗かせると、レアンは俺たちを見送っている。
俺が手を振ると、レアンがウインクを返してきた。
「……じゃあな」
俺の呟きに、レアンは唇を動かし「また」と応えた。
馬車はガラガラと音を立てながら、アレーシアの街から遠ざかっていく。
「やれやれ、とりあえず一件落着って感じかな」
「えぇ、色々とヤキモキしましたが、終わってみれば丸く収まったといった具合でしょうか」
アーミラは複雑そうな顔で答える。
それでも口元に笑みが浮かんでいるところからして、レアンに会えて満更でもなかったのだろう。
仲がいいのか悪いのか……そういえばこの二人、昔っからこんな感じだったっけ。
「しかし最近立ち続けに昔の知り合いと会いすぎだぜ。まさかまた顔を合わす……なんて事はないだろうな」
「二度あることは三度ある、と言います。魔軍四天王はもう一人いらっしゃいますし」
「あるいは魔王様って線もあるな」
ともあれ、二人とも俺の望む平穏な生活とはかけ離れた存在だ。
どちらもあまり会いたい相手じゃないな。薄情かもしれないが。
馬車に揺られていると、眠気が襲いかかってくる。
「ふぁぁあ……少し疲れちまった」
「私も……です。あふぅ」
アーミラも俺の肩に頭を乗せ、すやすやと寝息を立て始めた。
俺も目を閉じ、うつらうつらとし始める。
「おや、子供たちは疲れてしまったようですね」
「おう、なんだかんだ言ってもガキだよな」
前の座席でガエリオと親父がこちらを見て勝手な事を言っている。
やれやれ、とにかく今は眠りたい。
夢の中でくらい、平穏な日々を見させてくれよな。
俺はゴロンと横たわると、しばしの平穏に身をゆだねるのだった。




