共闘、そして……②
「ランガ様っ!」
アーミラが地面に粘土の玉を投げると、地面に落ちて爆発し辺りに紫煙が漂い始める。
あれは微弱だが幻惑効果を持つ煙玉。
視界と声がぼやける程度だが、これなら戦闘中の俺の姿を見ても親父と勘違いするだろう。
「武運を!」
アーミラの言葉に頷いて答える。
これで思う存分、戦える。
俺はレアンと肩を並べ、獲物を構えた。
一瞬、目を丸くするナーバルだったが、すぐに余裕の表情を取り戻す。
「なるほど、二人がかりとは中々賢明な判断ですねぇ。ですがどのみち同じ事ですよ。神となったこの私に、勝てるはずがないのですから」
ナーバルからしてみれば、獣王であるレアンすら圧倒していたのだ。
今更人一人増えたところでどうという事はない、と言うのだろう。
確かにその通りである。
ただの人間が一人増えただけならば、だが。
「さて、そいつはやってみなきゃあ、わからないぜ?」
「うむ、その通りだ」
全く怯まない俺たちを見て、ナーバルは歯嚙みをする。
「……猪口才な。いいでしょう! すぐにその顔、絶望に染めてあげますよ!」
そう言って、ナーバルの姿が消える。
凄まじいまでの速度で、広い室内を縦横無尽に跳び回っている。
「ははははは! 如何ですか!? 私の動きが見えますか!? 捉えられますか!? 出来ないでしょう! 恐怖に怯え、震えなさい!」
どうやら自分の速さを見せつけて、俺たちをビビらせようという事らしい。
背を合わせていたレアンが、それを見て微笑を浮かべる。
「!? 何がおかしいのです!」
「いやなに、そうしてぴょんぴょん飛び跳ねる姿がまるで怯えるウサギのようでな。つい笑ってしまった」
「ぷっ、確かにな」
学校のウサギ小屋で、係の生徒が入ると慣れてないウサギはぴょんぴょん飛び跳ねて逃げ回るのを思い出した。
「き、きき、貴様らァァァ……!」
怒りに声を震わせるナーバル。
大きく跳躍すると、階段の踊り場に着地した。
ぐぐぐ、と身体を丸め全身を硬ばらせるナーバル。
太い脚が倍ほどに膨れ上がり、血管が数本浮き出る。
「死ねッ!」
そして、溜めに溜めた力を解き放つ。
超高速で突っ込んでくるナーバルを見据え、レアンが小さく息を吐いた。
ずがん! と、鈍い音を立て地面に叩きつけられたのは、ナーバルだった。
振り下ろされた鬼刃王の一撃がナーバルの脳天を捉えたのだ。
跳ねあがり、宙に浮くナーバルは驚愕の表情を浮かべる。
「ば、馬鹿なァァァッ!?」
「如何に疾いとはいえ、そんな真っ直ぐな攻撃、見切るのは容易い。速さと腕力でどうこうなると思うとは……単純だな」
レアンは冷ややかな視線で呟く。
嘲笑うように意趣返しされ、ナーバルはガリガリと歯を鳴らしながら空中で体勢を立て直し、着地する。
「ぐ、ぐぐぐ……な、ならば先刻と同じように、手数で削ってくれるわ!」
ナーバルは怒りに顔を歪めながら、両腕を振り回し襲ってきた。
――だが、それが通じたのはついさっきまでだ。
繰り出される乱撃を捌くレアン、その横に俺が並び立つ。
ギン! ガギン! ギギギギギギギギギン!
鋭い音が鳴り、火花が舞い散る。
一人では受け切れない攻撃も、二人なら何のその、だ。
「はあっ!」
余裕が出来たレアンが、反撃を放つ。
当然俺もだ。
反撃がかすった部分、ナーバルの美しい銀毛に血が滲み始める。
「き、さま……ら……ァ……ッ!」
ぎぃん! と俺の攻撃を弾き、ナーバルは大きく距離を取る。
見れば僅かについていた傷が、もう癒え始めていた。
「再生か。厄介だな」
「シリアの治癒魔法が発動しているのだろう。あの異常なまでの防御力も恐らくは……」
シリアは獣人に珍しい回復系術師で、高レベルの防御魔法と治癒魔法で獣王軍を常に支えていた貴重な存在だった。
それが今、敵の力になっている。
レアンは悔しそうに唇を噛んだ。
このままでは拉致があかないか……だが手がないわけではない。
あまり気は進まないが、こうなっては仕方ないか。
俺はレアンに手のひらを指し出す。
「レアン、そいつを貸せ」
「……! あぁ、わかった!」
俺の意を汲み取ったレアンは、俺に鬼刃王を投げ渡してきた。
―刀鬼刃王、魔界の名工が鍛えたこの妖刀は数百年の間受け継がれてきたこの刀の真価は、持ち主である俺でなければ発揮出来ない。
俺はレアンから受け取った鬼刃王を握り直し、言霊を発する。
「――起きろ、鬼刃王」
どくん! と柄が鳴動する。
まるで血が通い始めたかのように、どくん、どくんと脈動を始めた。
じんわりと熱を持ち始め、刃が妖しく輝き始める。
そして柄に取り付けられた宝石が、まるで人の目玉のようにぎょろりと動く。
かつて、俺が手にしていた鬼刃王と同じように。
「おー主殿、久しぶりだのう。……ふぁぁあ、よぉく寝たわい」
鬼刃王は大欠伸をしながら、刃を仰け反らせる。
剣のくせに大きく伸びをしているのだ。
俺はかつての相棒を見て、ため息を吐く。
「ったく、お前は相変わらずのんびりしているな」
「そういう主殿は随分見た目が変わったのう。まるで人間の子供じゃわい」
「まぁ、色々あってな。それより話は後だ。敵が目の前にいる」
「なんじゃ主殿、戦闘中じゃったか。それならそうと早く言えばいいのにのう」
つーか気づけと言いたいところだが、鬼刃王は高齢でちょっとボケてるからな。
しかも寝起きだ。そこまで期待するのは酷というものである。
「何をごちゃごちゃと言っているのですか!」
俺と鬼刃王のやりとりに痺れを切らしたのか、ナーバルが突っ込んでくる。
「ミスをしましたね名探偵! 先刻までは二人で私の攻撃を受けられていましたが、今獣王の武器はあなたが持っている! それでは私の攻撃を受け切れないでしょう!?」
確かに、レアンがさっきまで手にしていた鬼刃王は俺の手にある。
武器一本では受けられまいと、ナーバルはそう言っているのだ。
だがそれは浅はかな考えというものである。
「別に、受ける必要はねぇのさ」
俺はそう呟くと、振り下ろされる腕へ向けて鬼刃王を振るう。
赤い斬撃が斬撃がナーバルの腕を捉え、鮮血の華が咲く。
ナーバルの腕が、ざっくりと斬り裂かれていた。
「な――ッ!?」
今まで全く通らなかった斬撃が、通ったのだ。
驚愕の表情を浮かべるナーバルだが、驚くような事ではない。
鬼牙王本来の力をもってすれば、このくらいは容易いものだ。
しかしナーバルはすぐに腕の傷を再生させる。
中々の再生力だ。――無駄だがな。
「主殿ォォォォォ! 血を! もっと、もっと血をォォォォォ!」
鬼刃王が狂乱の吠え声を上げる。
くっ! お、落ち着けっての……!
血を欲し、求め、暴力衝動に震える鬼刃王を両手で押さえつける。
これがこの剣が妖刀と言われる所以である。
鬼刃王にはかつての鬼王の中でも最強の吸血種として名高い、キバという者の人格が埋め込まれている。
今となってはボケた爺さんだが、かつては四天王最強と呼び声の高い男で、血を浴びるような戦いぶりから付いた仇名が吸血王。
実際、血を吸えば吸う程強くなるという能力を持っており、反動で狂戦士化してしまうもののその戦闘力は折り紙付き。
血を吸うごとに、と言えば厳しい条件に思えるかもしれないが、キバは触れた箇所から大量の血液を吸う。
つまり一筋でも傷を付けられれば、能力は発動するのだ。
ひとたび戦場に降り立てば辺りは血の一滴すら残らない。
その魂がこの鬼刃王に込められているのだ。
先刻宙を舞った血も、地面には落ちずに刃に吸い込まれていった。
つまり――斬れば斬るほど、突けば突くほど、殺せば殺すほど鬼刃王の切れ味は、増す。
「ぐっ! おおおっ! な、なんだその剣はッ!?」
鬼刃王による斬撃を受けで、ナーバルは傷だらけになっていく。
だが血液は出ていない。そのたびに根こそぎ吸い取られているのだ。
そして切れ味はどんどん増していく。
「血だ! 血だぁぁぁぁぁっ! げひゃっ! げひゃひゃっ!」
歓喜の声を上げる鬼刃王。
……だからこいつを使うのはあまり気が進まないんだよな。
普段はボケ老人だが、血を浴びると本来の人格に戻るのである。
こうなった鬼刃王は使い手である俺でも止められない。
「さっさと終わりにするか」
俺はそう呟くと、鬼刃王を鞘に仕舞った。
ちん、と涼しげな音が鳴る。
鞘の中、刃に魔力が満ち溢れていく。
腰を深く落とし、前かがみになりながら、指先を柄にかける。
全身を脱力させ、深く息を吸い、吐く。
――この間0.001秒、俺は閉ざしていた目を開けた。
眼前に迫るナーバルへ向け、一歩踏み出す――
一瞬の、静寂。
――そしてまた、ちん、と涼しげな音が鳴った。
「……? なんですかそれは」
疑問を投げかけるナーバル。
その身体は上半身と下半身がわずかにズレていた。
「あ、れれ……?」
困惑しつつも地面を蹴ろうとするナーバルだが、下半身が思う通りに動かないようだ。
ズレは次第に大きくなっていく。
どさり、とついに上半身が地面に落ちた。
立ち尽くす下半身、その断面からは鮮血が噴き出している。
「な、何を……した……!?」
鬼刃王は刃を鞘に納めると鎮まる。
だが完全に鎮まるまでわずかに時間がかかり、その間は暴れまわっているのだ。
それを解放する事で、爆発的な斬撃を生み出す技である。
異国に存在する居合という技を参考にしたものだ。
名は――閃斬。光の如く速さの斬撃に、斬れぬものなし。
……とはいえ、である。
「おいおい、上半身と下半身をぶった切られても生きてるのかよ。タフすぎるぜ」
俺は呆れ顔で上半身のみのナーバルを見下ろす。
魔物でももう少し容易く死ぬぞ。
「ぐおおおおおおっ! バカな、バカなバカなバカなバカなバカな、バカなッ! 神たる私がこんなところで……あり得ぬ! 絶対に認めぬぞぉぉぉぉぉ!」
上半身のみで吠えるナーバル。
下半身を持ち上げ繋げようとするが、それも叶わない。
こうなってはもはや治癒魔法も効果がないようだ。
切断面からは止め処なく流血し続けている。
「……諦めろ。もう終わりだよ、お前」
「ぐぐ……だがただでは死なぬ!」
そう言って、ナーバルは俺に背を向け丸腰のレアンに飛びかかっていく。
「武器を渡したのが仇となったな! 貴様も道連れだッ!」
レアンは迫り来るナーバルを見て、一瞬目を細めた。
その攻撃をするりと躱すと、懐に潜り込みぽつりと呟く。
「……それは目論見違いだな。悪いが私の本来の武器は拳でね」
「な――」
疑問を発するその瞬間、レアンの拳がナーバルのどてっぱらを捉える。
「かはぁっ!?」
血を吐くナーバルに、レアンは更に一歩踏み出した。
「――ふっ」
短く息を吐いて、拳を叩きこむ。
続いて左拳、右掌底、肘打ち、一歩踏み込んでかち上げ、流れるような連撃に、ナーバルはただ打ちのめされるのみだ。
あれは獣王百烈牙、魔力を込めた拳を凄まじい速度で叩き込む技だ。
強く、速いだけでなく、相手の反撃の出始めを潰しながら連撃を繰り出すことでこちらの攻撃のみを当て続けられるのだ。
ナーバルは動こうとするが、その出始めをくじかれなすがままにされている。
うーむ、久しぶりに見たが見事な技の冴えである。
以前と変わらぬ……いや、むしろキレが増しているようにも思える。
連打、連打、連打、連打、連打、連打、連打。
どどどどどどどどど! と重く低い音が響く。
更に――軽いステップと共に放たれる回し蹴りがナーバル顔面にめり込んだ。
「がはぁっ!?」
首があらぬ方向へと曲がり、口から血を吐くナーバル。
勢い良くこちらへと吹き飛ばされてきたナーバルに向け、俺は再度鬼刃王を抜く。
今度は縦に。
――斬、と。
頭から真っ二つにされたナーバルの瞳から光が消える。
どちゃ、と地面に崩れ落ちたナーバルは、もはやピクリとも動かない。
やれやれ、今度こそ死んだか。
抜いた刀を鞘に仕舞い、ふと前方を見やると壁には十文字に刻まれた斬撃の跡が残されていた。
本日四天王最弱二巻発売日です!
良かったら買ってください!
表紙のレアンとアーミラが可愛いです!




