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共闘、そして……①

 ――獣神ナーバル、そう名乗った奴の姿を見て、魔王軍時代の記憶が蘇る。

 大戦時、一人の魔族がある薬品の開発に成功した。

 獣化薬と名付けられたそれは、獣人に注射する事でその姿を大きく変える効果を持つ。

 獣人の姿はあくまで人がベースだが、薬により変化したその姿はまさしく獣。

 凄まじい力を得て、力尽きるまで暴れ続けるのだ。

 そう、今の奴のように。


「うおおおおおおッ!」


 ミゲルは裂帛の気合いを込め腰の剣を抜くと、ナーバルに向かって斬りかかる。

 それに気づいたガエリオも、ミゲルに続いた。


「皆、ミゲル殿に続け!」

「ハッ!」


 ガエリオの指示で残った兵士たちも剣を抜く。

 だが十数人の兵士を前にしても、ナーバルは不敵に笑う。

 振り下ろされた刃がその巨体に突き立つ。

 二本、三本、無数に。

 だがナーバルは余裕の表情を崩さない。


「ば、馬鹿な……」


 信じられないと言った顔で見上げるミゲルを見て、ナーバルはくっくっと喉を鳴らす。


「くくく……獣神の皮膚にただの刃が通じると思っているのですか?」


 そう言って、身体を半身捻る。

 長い尻尾を振り回し、ミゲルたちを吹き飛ばした。


「ぐああああっ!?」

「がはっ!」


 弾き飛ばされ、苦悶の声を上げるミゲルたち。

 崩れ落ちる彼らを見て、ナーバルは口元を歪める。


「くくくくく、ははははは! これが獣神の力! 素晴らしい! とてもいい気分だ! 歌でも歌ってしまいそうですよ!」


 兵士たちを見下ろし、大笑いするナーバル。

 彼らはけして弱くない。

 だがそれをものともしない凄まじい戦闘力……あの力はまさしく獣化の薬そのものだ。

 しかもあの薬、改良を加えているな。

 薬を使用した獣人は確かに凄まじい力が手に入るが、理性が消し飛び、ただ暴れるだけの獣と化す。

 故に魔王軍ではすぐに使用が禁止され、製薬方法ごと封印されてしまったのだが、人体実験を繰り返した結果だろうか、理性も残ったままである。

 非人道的、として魔族ですら使わなかった薬を人間が使うとは、なんとも皮肉な事である。

 勝ち誇ったナーバルは、その視線をレアンたちへと向けた。


「さて、人の身では私に傷をつけられない事が証明されました。次はあなたたちで試させていただきましょうかねぇ……?」


 言葉と共に吐き出した魔力の波で、ビリビリと空気が震える。

 ぶわっと総毛立たせ、ニャレフが床を蹴った。


「うおおおおおおお!!」


 背負っていた大斧を両手で握ると、ナーバルの脳天目掛け振り下ろす。

 その迫力に思わず身を捩り、躱したナーバルの額から一筋の血が垂れた。

 べろりとそれを舐め取り、ナーバルが笑う。


「……ほう、中々良い一撃ですね」

「ぬあああああああ!!」


 咆哮を上げながら、凄まじい乱撃を繰り出すニャレフ。

 元突撃隊に相応しい、力強く派手な闘いぶりだ。


「ふむ、まともに受けると少し痛いですからね」


 獣化したナーバルも鋭い爪にて応戦する。

 剣戟の音が辺りに鳴り響く。


 その背後、隙だらけのナーバルの背中に忍びよる影が見えた。

 ガーヴだ。身を伏せて気配を殺し、槍を構えている。

 元諜報部隊ならではの隠密行動、ガーヴは完全に気配を殺し、槍に力を込めて隙を伺っている。


「がああああああっ!」

「……やれやれ。中々と言いましたが訂正します。あなた攻撃、あまりに単調ですねぇ。もう飽きてきましたよ」


 ニャレフの攻撃を爪で受けていたナーバルが、ため息を吐いた。

 と同時にニャレフの手にしていた大斧が弾かれ、宙を舞う。

 攻撃を受け止め、刃ごとへし折ったのだ。


「ぬぐうっ!?」

「……終わりですよ」


 ナーバルが空いた方の腕で、ニャレフを攻撃すべく振りかぶる。

 しかしニャレフは不敵に笑い、中指を立てた。


「――終わるのはテメェだよ。くたばりやがれ」


 瞬間、ナーバルの背後にいた影が動く。

 ガーヴの渾身の力を込めた突きが、ナーバルの首筋目掛け真っ直ぐに伸びる。

 暴れて注意を引きつけての後方から奇襲、獣王軍お得意の戦法だ。

 基本戦法の一つではあるが、高い練度で放たれるこれは単純にして強力。

 数々の強敵を破ってきた戦法がナーバルを貫く――そのはずだった。


「ふっ、それで隠れていたつもりですか? 見え見えですよ」

「ッ!?」


 が、ナーバルはそれを振り返りもせず、槍を尻尾で絡め取った。

 驚愕の表情を浮かべるニャレフとガーヴ、それを見てナーバルはにやりと笑う。


「単純な連携ですね。まぁ、やはり獣人の頭ではこの程度が限界ですか……ねッ!」

「ぐおあッ!?」


 ナーバルの腕が、戸惑う二人の身体を掴んだ。

 そして遠心力を付け、壁へと思い切り投げ飛ばす。

 どぉぉぉぉぉぉん! と土煙が上がり、壁に大きな穴が空いた。

 土煙が晴れ、瓦礫に埋まった二人は力なくだらんと四肢を投げ出している。

 どうやら気を失ったようだ。


「ニャレフ! ガーヴ! しっかりしろ!」


 レアンが声をかけるがピクリとも動かない。

 ナーバルはゆっくりレアンの方を振り向いた。


「さて、獣王よ。次はあなたの力を試させてもらいましょうか?」

「……くっ!」


 唇を噛み、身構えるレアン。

 鬼刃王を抜くと、正眼に構える。


「獣王さん、あなたにはとても感謝しているんですよ。この研究が成功したのはあなたの妹のおかげと言っても過言ではないですからねぇ。……ところでこの姿、何かを彷彿とさせませんか?」


 目を細めていたレアンだったが、すぐにナーバルの言わんとすることに気づき、目を見開く。

 ナーバルの姿はシリアと同じ、銀狼。

 つまりこの獣化の薬はシリアの血をベースに作られているのだ。

 妹の血を使われていた事に気づいたレアンは怒りで顔を歪め、吐き捨てるように言った。


「……下衆が」

「ひゃハッ!」


 それと同時に、ナーバルは両手を広げ飛びかかる。

 振り下ろされる鋭い爪を、レアンは紙一重で躱した。

 はらり、と金色の髪が数本宙に舞う。


「ほう! 流石は獣王と呼ばれるだけはある! ですがどこまで避け続けられますかねぇッ!?」


 何度も、何度も、何度も、凄まじい速度で振り下ろされるナーバルの爪が、レアンの身体を掠め始めた。


「ちぃっ!」


 レアンも躱しきれない攻撃を鬼刃王にて防ぐ。

 だが相手の速度はどんどん疾くなっていく。

 切り裂かれた布の破片が千切れ飛び、レアンの衣服が乱れ始めた。

 そして、限界が訪れた。


「ひゃッはあッ!」


 爪がレアンの肌を掠め、鮮血が舞う。

 白い肌に、真っ赤な血が滲む。


「ふひひッ! 良いですね、良いですねぇ! 獣王たるあなたでも、私の敵ではないようだ! ふひひひははははは!」


 狂喜乱舞とでも言うのだろうか、ナーバルはメチャクチャに両腕を振り回している。

 その手数の多さにレアンは防戦一方だ。


「ら、ランガ様! レアン様が苦戦しています!」

「……あぁ、ニャレフとガーヴが二人掛かりで手も足も出なかった相手だ。レアン一人じゃ分が悪いか」


 助太刀をしたいところだが、俺の正体がバレるのは避けたいところだ。

 特に相手はあのレアン、何を言われるか分かったものではない。

 どうしたものかと思案していると、アーミラが壁を指差す。


「ランガ様、あれを使えば!」


 壁に吊りかけられていたのは、巨大な弓矢だ。

 そうか。近づかなければ大丈夫かもしれない。

 幸い俺は一通りの武器は使える。

 弓矢で援護すればあるいは……!


 俺は吊りかけられた弓矢目指して、走る。

 だがそれに気づいたナーバルは、そこへの通路へと尻尾を叩きつけた。

 どぉん! と土煙が上がり、通路が崩れ落ちる。

 くそっ、やられた。

 舌打ちする俺を見て、ナーバルが口元を歪める。


「何をコソコソしているのかしりませんが……心配せずとも名探偵さん、貴様は獣王を殺した後にゆっくりと料理して差し上げますよ。あなたには随分と煮え湯を飲まされてしまいました。おかげでこの街にもいられなくなってしまいました。この恨みはじっくりゆっくりいたぶって、晴らさせてもらいますからねぇ……!」


 ナーバルの口調には凄まじいまでの殺意が混じっていた。

 全く、逆恨みも大概にして欲しいものである。


「――案ずるな、ダリル殿」


 凛とした声が辺りに響く。

 傷だらけのレアンが戦意全く衰えぬ目で、ナーバルを真っ直ぐに見据えていた。


「あなたは全ての真相を暴いてくれた。我が妹の無念を明かしてくれた。故に奴を倒すのは私の役目だ。刺し違えてでも――殺す」


 裂帛の気合を込めた言葉だった。

 構えも先刻までの剣を正面に構えた防御寄りのものではなく、上段に構えた捨て身の構え。

 レアンの目は本気だ。

 マジに刺し違えるつもりだろう。


「ランガ様……!」


 訴えるようなアーミラの目に、俺はため息を吐いた。

 仕方ない。正体を明かすリスクはあるが、刺し違えてでも俺を守ると言ってくれた奴をこのまま見捨てるわけにもいくまいよ。

 それにレアンは、俺の元四天王(どうりょう)だ。

 俺は覚悟を決め、階段を蹴った。

 降り立った先はレアンの隣、ナーバルの眼前である。


「こんな奴相手にお前が刺し違える必要はない。手を貸すぜ」


 足元に転がっていた槍を拾い、構える。

 レアンは俺を見て、目を丸くしていた。


「ダリル、殿……? いや、君は……まさか……!?」


 その口調はかつて、俺を呼んでいた時のものである。

 やれやれ、バレちまったか。

 俺はため息を吐くと、口元に人差し指を当てる。


「これ、内緒な」


 呆れたような顔のレアンだったが、ふっと苦笑を浮かべた。


「……相変わらず君は底の知れない男だ。全くこんな所で再会するとはな」


 そう言って鬼刃王を構え直すレアンは、先刻までが嘘のように戦意に満ち溢れていた。


「――だが、うむ。これで負ける気はしない」

「あぁ」


 俺もまたそれに応えるように、全身に魔力を漲らせる。

 俺とレアン、二人の魔力が辺りに吹き荒れ、渦巻くような強烈な圧力を生み出した。


「ぬ……!? あ、あなたたち……!」


 ナーバルはそれに気圧されたのか、一歩後ずさる。

 やれやれ、まさかこんな形でレアンと肩を並べる事になるとはな。

 元魔軍四天王の二人を相手にして、生き残れると思うなよ。


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