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そして、追い詰める②

「ベッドが凶器だと? 何を言っている! 今、鋼糸で吊り殺したと言ったばかりではないか!」

「まぁまぁ、落ち着いて話を聞いて下さい」


 声を上げるミゲルを宥め、解説に戻る。


「鋼糸の跡を辿った私はミズハさんの部屋に辿り着きました。窓際には同じような引っかき傷があり、この部屋から鋼糸を引っ張ったのは明白です。さてここでもう一つの疑問が浮き上がってきました。ハンニバル殿の身体は失礼ながらかなり重い。普通に引っ張っては吊り上げるどころか自分の手が切れてしまうのが関の山でしょう」

「確かに……そ、そうか! それでベッドを使うのか!」


 どうやら気づいてくれたようである。

 俺は頷き、補足を入れる。


「えぇ、そうです。ベッドの端に鋼糸を括り、窓際に引き寄せた後、タイミング良く離す。そうすればベッドの重さで鋼糸が引かれ、ハンニバル殿の身体とて持ち上げ、切断したというわけです。調べてみたらベッドに何かを巻きつけたような跡が残っていましたよ」


 そう、人一人乗ったベッドの重さはかなりのものだ。

 ハンニバルの身体を切断する程度、わけはない。


「むぅ……し、しかしその推理はいくら何でも無理があるだろう!? いかに熟睡しているとはいえ獣人であるミズハが侵入者の匂いに気づかないはずがないではないか!」

「えぇ、獣人は嗅覚がとても鋭い。熟睡中だろうが何者かが入ったら、すぐに気づくでしょう。ですがそうはならなかった。これのせいでね。……アーミラ」

「はいっ!」


 またもアーミラに命じると、小さな瓶を取り出しミゲルに渡した。


「そ、それは……!」


 瓶を見たミゲルが驚愕に目を見開く。

 突如ニャレフとガーヴが顔をしかめる。


「そう、これは香水です。あなたの使っているものと同じ、ね」


 小瓶の正体はミゲルの香水である。

 蓋は開けていないが、残り香だけで獣人にとってはかなりきつく感じるのだ。

 レアンも顔色は変えないが、不快そうにしている。

 アーミラが少しだけ蓋を開けると、ふわりと柑橘系の匂いが香る。

 あの時、部屋で嗅いだのと同じ匂いだ。


「おい! たまらなくクセェ! ガキ、すぐにそれを締めろ!」


 我慢出来ないと言った顔でニャレフが吠える。

 ガーヴも、レアンも、同様に顔を歪めている。

 その中でただ一人、ミズハだけが平気な顔をしていた。


「嗅覚の鋭い獣人は香水の匂いにとても弱い。ほんの少し匂いを嗅いだだけで、全く鼻が利かなくなるんですよ。それは彼らの反応を見れば一目瞭然。……ただし、普段からその匂いを嗅いでいたミズハさんは話が別だ」

「ま、まさかミズハの部屋に……」

「えぇ、この香水の香りが残されていましたよ。恐らく僅かずつ部屋に振りまいていたのでしょう。これで部屋に入ってもミズハさんが匂いで気づく事はない、というわけです。メイドであるミズハさんは仕事上、香水な匂い持つ方と話すことが多い。嫌だからと拒否も出来ないでしょう。この状況を作り出すのは難しくなかったはずです」

「そ、そういえば寝室に香水の匂いが残っているな、とは……ミゲル様の移り香かと思っていましたが……」


 俺に言われてようやくミズハも気づいたようである。

 獣人は鼻が利きすぎる為、一度おかしくなると全くわからなくなるのだ。


「そうしてミズハさんの鼻を利かなくした犯人は、時刻を指定しハンニバル殿を呼び出し、待った。……獣王の名で和平会議について内密な話がある、とでも言えば呼び出すくらい何とかなるでしょう。その間にあなたは自室を抜け出し、ミズハさんの部屋へ向かった。あなたの部屋は窓際だ、ロープでも垂らせば兵士たちに見つからずに移動することは可能ですからね。そしてミズハさんの部屋の窓からハンニバル殿が時計塔の下に来たのを確認し……ベッドを思い切り、揺らしたんですよ。地面に埋められていた鋼糸はその瞬間、ハンニバル殿を持ち上げ、その身体を切断した……!」


 俺の言葉に、その場面を想像したのかミズハが短く悲鳴を上げる。

 他の者たちもざわざわとどよめいていた。

 それまで黙って聞いていたナーバルが、ようやく口を開く。


「……なるほど、話はよくわかりました。ですがそれはあなたの想像の話でしょう? 私を犯人扱いする理由にはならないのでは?」


 ナーバルは得意げな表情で、言葉を続ける。


「確かにミズハの部屋に入る方法は限られる。だが全ての部屋を開けられるマスターキーを使えるのは、私だけではない。ミゲルを始め、警備隊の人間も何人かは使えるようになっています。そもそも正規の手順を踏まなくても、盗めばいい。カギさえ手に入れば犯行は誰にでも可能だ。例えばダリル殿、君でもね」


 なるほど確かに、である。

 皆も頷いている……が、ナーバルは致命的なミスを犯したのだ。

 俺はゆっくりと首を振り、言葉を返す。


「えぇ、確かに私もこれだけでは犯人を特定することはできませんでしたよ。……あなたは致命的なミスを犯さなければ、ね」

「なん……だと……?」


 俺の言葉に、ナーバルの眉がぴくんと跳ねる。


「最初に違和感を感じたのは、あなたがハンニバル殿の遺体を最初に抱きかかえた事だ。一見、親子の情

 に溢れる感動的な行動にも見えますが、あれは現場にある証拠を隠滅したのではありませんか? 例えば回収したはずの鋼糸が残っているかもしれない。その確認を行ったとかね」


 糸で人体を切断するのは容易ではない。

 骨などで引っ掛かり、証拠が残る可能性は十分にある。

 恐らくあの時、ハンニバルの身体を抱き寄せると見せかけて、証拠が残っていないかを確認したのだろう。


「殺人などが起きた際は現場のを保存し、医者立会いの下に詳しい検証が行われるのが基本だ。医者であるあなたが、はたしてそのような行為をしますかな? それがあなたを疑い始めた理由です」

「……っ! そ、それは尊敬する父親が死んだらパニックになっても仕方ないでしょう!」

「なるほど確かに。ですがもう一つ決定的な理由があるのですよ。……取り調べの際、あなたが鐘について話をしたのを憶えていますかな? 夜十一時頃、東の方角から鐘の音が微かに聞こえた。風の音と思って気にせず、しばらくして眠りについたと……間違いありませんか?」

「えぇ、確かにそう言っ――」


 そこで、ナーバルは口を噤む。

 自らの失言に気づいたのだ。

 落ち着き払っていたその表情が、初めて変わる。


「あなたの部屋から見て、時計塔の方角は西――そう、自室にいたならば東から鐘の音が聞こえるはずがないんですよ!」

「ぐうう……っ!?」


 苦悶の表情で唸り声を上げるナーバルに、追撃をかける。


「加えて言うならミズハさんの部屋は時計塔から見て東の方角に位置する。つまりナーバルさん、あなたは間違いなく聞いていたんですよ。東の方から、鐘の音をね!」


 俺は畳みかけるように、手すりを叩く。

 バァン! と鋭い音が辺りに響いた。


「……くっ」


 一時の静寂、それを破ったのはナーバルの含み笑いだった。


「くっくっ、フフフ、いやいやなるほど? ですが言い間違えただけですよ。東と西、方角を間違えるなんてよくある事じゃありませんか? 大体どちらから音が聞こえたかなんてのも曖昧なものです。部屋の中では音が反響し、聞き取りづらい。見事な揚げ足取りでしたが、確たる証拠とはならないのではありませんかねぇ? くくっ、ハハハハハ!」


 穏やかだったナーバルの顔はすっかりと歪み、苦しそうに、しかし可笑しそうに身体を震わせ、笑っている。

 野郎、勝ち誇ってやがるな。だがそう来るのも想定の内である。

 俺は準備していた言葉を投げかける。


「なるほど、言い間違えた、と。――なるほどなるほど、くっくっく」

「な、なにがおかしい!」


 突然笑い出す俺に、ナーバルは動揺する。

 俺は指をぱちんと鳴らし、アーミラに合図を送った。

 アーミラは数人の兵士を連れ、皆の前に進み出る。


「この方たちはナーバルさんの部屋を警備していた兵士さんたちですわ。皆さまにお聞きしますが、鐘の音は聞こえましたか?」

「いや、全く聞こえませんでしたね……」

「うむ、辺りは静かだったが、物音一つしなかったな」

「な――ッ!?」


 今度こそ、ナーバルは驚愕の表情を浮かべる。

 そう、ナーバルの部屋は時計塔からかなり距離がある。

 加えて木々が生え揃い、壁になっているのだ。

 故に、鐘の音は聞こえなかったのである。

 言い間違わせたのは、わざとだ。

 この状況へ導くためのフェイクだったのである。


「ば、馬鹿な……そ、そんな……!? あなたたち、何かの間違いでしょう!? 聞こえたはずです! 鐘の音を!」


 慌てたナーバルは兵たちに向け、声を荒らげた。


「そんな事言われても……」

「なぁ……?」


 首を傾げる兵たちを見て、ナーバルは更に語気を強める。


「ふ、ふふ、ふざけるなよ貴様らッ! しっかりと思い出しなさい! この低能どもがッ!」


 凄まじい形相で吠えるナーバルを見て、ミズハは一歩後ずさる。

 ミゲルも、ガエリオも、その姿を見て眉を顰めている。


「口調が崩れていますよ? ナーバルさん」

「が……ッ!? き、貴様ァァァァ……!」


 目を血走らせ、俺を睨みつけるナーバルに俺は最後の言葉を突き付ける。


「更に言えばその手袋、先日から急に付け始めましたね。食事中にも付けていておかしいとは思っていましたが……もしや鋼糸を取り付ける際に傷がついたのではありませんか?」

「……ッ!」


 口籠り、手を庇うナーバル。

 しかしそうはさせじと、動いたのはミゲルだ。

 手を掴み、鋭い目で睨みつける。


「ナーバル様、手袋を取って見せて頂いても構いませんかな?」

「い、いや待ってくれ。これは違うんだ、その……」


 狼狽えるナーバルの肩を、今度はレアンが掴む。


「香水まみれの部屋に入ったのならば、服に匂いが移っているだろう。我々獣人であれば嗅ぎ分ける事も出来る。ナーバル殿の部屋を改めさせて貰いたいが、如何か?」

「ぐ、ぐぐぐぐぐ、ぐぐぐぐぐ………ッッッ!」


 苦悶の声を漏らすナーバル。

 両手で顔を覆い隠し、膝を折り、背を丸める。

 先刻までの堂々とした態度はどこへやら、いつの間にか小さくなっていた。

 やれやれ、ようやく化けの皮が剥がれたようだな。


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