表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/57

そして、追い詰める①

 全ての準備が整ったのは夜。

 俺は親父の名を使って、屋敷の全員を会議室に集めた。

 なお、警備の兵士やメイドは入りきらないので、外に待機してもらっている。


「ダリル様からここへ集まるよう、お手紙をいただきましたが……一体何用でしょうか」


 不安そうに呟くのは、獣人のメイド長、ミズハ。


「父上を殺した犯人が分かったと言っていましたが……まさかこの中にいるとでも言うのでしょうか?」


 ハンニバルの息子、ナーバルが考え込む。


「……」


 その視線の先にいたのは、ただ腕を組み無言で立つ獣王、レアン。


「気にすることはねぇっすよレアン様、俺たちゃ殺っちゃねえんだ。堂々としてりゃいいんです」

「相変わらず短慮だなニャレフ。人間どもの罠である可能性もあるのだ。そうなった場合、我々でレアン様の退路を切り開くのだぞ」


 鼻息を荒くするその側近、ニャレフとガーヴ。


「……しかしダリル殿、こんな場を作り出したはいいが、本当に大丈夫なのだろうか……こんな状況下で犯人扱いしておいて、間違いでしたでは済まされんぞ」


 苛立った様子で足踏みをしているのは警備隊長、ミゲル。


「まぁまぁミゲル殿、実はこうした事態は以前にもあったのですよ。その時ダリル殿は見事、犯人を暴き出し裁きを与えた――えぇ、僕はあの人を信頼しています」


 完全に、信頼しきった顔で力強く頷くガエリオ。

 集まったこの七人の中に犯人がいるのだ。

 バレるはずがないとタカをくくっているのか、ノコノコと出て来やがったな。


「おい、ダリルとやらはいつ来るんだ?」

「我々も忙しいのですがね……」


 おっといかん、少しざわついてきたな。そろそろ出て行くとするか。

 二階から階下を見守っていた俺は、カーテンの中からゆっくりと姿を現した。


「――皆さま、ようこそお集まりいただきました」


 全員の注目が集まる。

 今、俺の姿は親父の鎧兜を身に纏っており、声もアーミラの持つ魔道具、変成器で親父のものに変えている。

 つまり親父に変装しているのだ。

 距離もあるし逆光なのでよくは見えないはず、である。


「いきなり呼び出して何のつもりだ、ダリル殿! 説明をしてもらおうか!」


 ミゲルが苛立ちの声を上げる。

 よしよし、ちゃんと俺の事を親父だと思っているようだな。

 俺は辺りをぐるりと見渡した後、声を張る。


「手紙で申し上げた通りです。ハンニバル殿を殺した犯人が分かったのですよ!」


 俺の言葉に全員がざわめく。


「どうやってハンニバル殿を!?」

「そ、それより一体誰なんだ!?」


 俺はざわめきが終わるのを待った後、右手を上げて一人の人物を指示した。


「ハンニバル殿を殺したのは、あなただ!」


 振り下ろした指の先、そこに全員の視線が集まる。

 犯人として俺が指差した人物は――ナーバル=ガーランド。

 ハンニバルの実の息子であった。


 ■■■


「な……!?」


 動揺し、左右を見渡すナーバル。

 だがすぐにこちらを睨み返し、言葉を返してきた。


「何を馬鹿な! 私が敬愛する父上を殺すはずがないでしょう!? 全く持って馬鹿馬鹿しい」

「そうだ! 何を言ってるんだダリル殿! 適当な事をほざくんじゃあない! まさか頭がおかしくなったのではないだろうな!?」


 ナーバルだけでなく、ミゲルも声を上げた。


「ぎゃっはっは! なんだぁ? 人間同士で仲間割れかよ!」

「くっくっ、全くもって度し難い。やはり人間とは愚かですな。レアン様」


 それを見たニャレフとガーヴは、大笑いしている。


「……静かにしろ」


 だがレアンは無表情のまま、嗜める。

 二人はしまったと言った顔で、口を噤んだ。


「いい加減にしろ! あまりふざけた事を言っていると……」


 ミゲルの抗議にゆっくり首を振って返した後、言葉を続ける。


「残念ながら、適当でもふざけてもおりません。ここまで言うからには証拠もちゃんと用意しております」

「証拠、だと……?」

「えぇ、まずは話を聞いてくださいますかな?」


 俺の言葉に、ミゲルはつまらなそうに鼻を鳴らした。


「……ふん、いいだろう。だが少しでもおかしなことを言えば……わかっているだろうな?」

「もちろんですとも」


 俺はミゲルの言葉に頷くと、改めて説明を始める。


「まずおさらいから行きましましょう。夕食が終わった我々は各々部屋へ戻った。私は息子と風呂へ入り、その後警備隊の会議へと赴きました。その際ハンニバル殿が時計塔へと向かい、十一時頃に鐘が鳴る。翌朝ハンニバル殿の遺体が時計塔の下で発見された――ここまでよろしいかな?」

「うむ」


 頷くミゲル。他の者たちも黙って聞いている。


「私はその時に鳴った鐘に何かあると考え、先日アーミラを連れて調べてみました。するととても奇妙なものを発見したのですよ。……アーミラ」

「はいっ! ラン……じゃなくてダリル様!」


 俺がパチンと指を鳴らすと、控えていたアーミラがミゲルにあるものを届ける。

 それは一枚の紙で、時計台の鐘が映っていた。


「これは……確か写真というやつだな? 帝都で使われているのを見たことがある」

「えぇ、よくご存じで」


 魔界に存在する魔道具の一部は勇者たちの手に渡り、人間社会でも作られている。

 アーミラの持つ映写機もその一つ。

 レンズで写したものを、写真として出力することが出来るのだ。

 基本的には記念写真くらいにしか使い道のないものだが、こうした事件が起きた時などは証拠として使えるのだ。

 アーミラが持っててよかったぜ。


「実は私、この手の魔道具を揃えるのが数少ない趣味でしてね。ミゲル殿もご存じなら話は早い。……写真に映っている鐘に、ひっかき傷のようなものが見えるでしょう」

「あ、あぁ……鋼鉄製の鐘にこんな傷をつけるには、かなりの力が必要だ。例えば獣人の爪、とか……」

「おい! まだ言ってるのかゴラァ!」


 ミゲルの推理にニャレフが吠える。

 代わりに俺が答える。


「いいえ、それは獣人の爪ではありません。それは糸、ですよ。鋼のね」

「糸、だと……?」


 またも階下がざわつく。

 俺は説明を続ける。


「最初に殺害現場を見た時、私は不思議に思いました。ハンニバル殿の身体は横方向に切り裂かれていました。ですが足元の草は縦方向に切れています。これは明らかな矛盾だ。だから私は発想を逆転させたのです。ハンニバル殿の身体は横方向に切り裂かれていたのではなく、縦に切り裂かれていた、とね」

「ど、どういう事だ!?」

「つまりはこういう事です。アーミラ」

「はいっ!」


 待機していたアーミラが、台車を運んでくる。

 その上には、部屋に置かれていた熊の人形が乗っていた。

 アーミラが人形の足元に、持ってきた糸を這わせていく。

 そして階段を駆け上がり、二階から糸を引いた。


「よい……しょっと!」


 アーミラがグイっと引っ張ると地面に垂れていた糸がピンと張り、熊の人形が空中に吊り上げられた。

 その首と胴体に糸が絡まる。

 その箇所はまさしく、ハンニバルの身体が切断された位置、であった。

 おおおおお、とそれを見た者たちが歓声を上げる。


「……とまぁこんな具合です。犯人は何らかの方法でハンニバル殿を時計塔の下に呼び出し、あらかじめ地面に埋めていた鋼糸を引っぱった。この方法なら屋敷から出ずとも殺害は可能です。鐘の傷はこの時についたのでしょう。縦に切り裂かれた草も同様です。ここまで気づけば後は簡単でした。ゴミ捨て場を探していたら、案の定この鋼糸を発見しましたよ」


 懐から取り出した鋼糸の束を、ナーバルの足元に投げる。

 ナーバルはそれをじっと見ていたかと思うと、可笑しそうに口元を歪めた。


「ふっ、馬鹿馬鹿しいですね。この鋼糸は楽器の弦ですよ。最近屋敷の楽器がいくつか壊れてしまったのでね」

「確かに、楽器の弦に見せかけてはいるようですね。ちゃんと周りに壊れた楽器はあったし、鋼糸も短く切られている」

「……いい加減にしてもらいましょうか。これ以上の侮辱は許しませんよ。それに仮に鋼糸で父上を吊り殺したとして、それが私である証拠はないでしょう!? その写真を見ればわかりますが、傷のついている方向は私の部屋とは真逆ですよ!」

「……仰る通り、傷のついた方向へ向かうと、ミズハさんの部屋に辿り着きました」

「そら! 言った通りではないですか!」


 見たことかとばかりに声を張るナーバル。

 反対にミズハは顔を青くしている。


「あの時、ランガ様たちが見に来た……そ、それは誤解ですダリル様っ! 私はハンニバル様を殺してなど……!」

「えぇ、わかっていますよ。ミズハさんは犯人ではあり得ない。何故ならその夜、ミズハさんは深い眠りについていたからです……そうですね?」

「は、はい! 私は眠りにつくと朝までぐっすりです!」


 こくこくと頷くミズハ。


「揺り籠式ベッド、獣人に絶対的な安眠をもたらす寝具です。そしてこれこそが――ハンニバル殿を殺した凶器なのですよ」


 ざわ、と大きなどよめきが走る。

 これこそがハンニバル殺害のカギ、悪いが詰めさせてもらうぞ。

 一呼吸置いた後、俺は更に言葉を続ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ