そして、追い詰める①
全ての準備が整ったのは夜。
俺は親父の名を使って、屋敷の全員を会議室に集めた。
なお、警備の兵士やメイドは入りきらないので、外に待機してもらっている。
「ダリル様からここへ集まるよう、お手紙をいただきましたが……一体何用でしょうか」
不安そうに呟くのは、獣人のメイド長、ミズハ。
「父上を殺した犯人が分かったと言っていましたが……まさかこの中にいるとでも言うのでしょうか?」
ハンニバルの息子、ナーバルが考え込む。
「……」
その視線の先にいたのは、ただ腕を組み無言で立つ獣王、レアン。
「気にすることはねぇっすよレアン様、俺たちゃ殺っちゃねえんだ。堂々としてりゃいいんです」
「相変わらず短慮だなニャレフ。人間どもの罠である可能性もあるのだ。そうなった場合、我々でレアン様の退路を切り開くのだぞ」
鼻息を荒くするその側近、ニャレフとガーヴ。
「……しかしダリル殿、こんな場を作り出したはいいが、本当に大丈夫なのだろうか……こんな状況下で犯人扱いしておいて、間違いでしたでは済まされんぞ」
苛立った様子で足踏みをしているのは警備隊長、ミゲル。
「まぁまぁミゲル殿、実はこうした事態は以前にもあったのですよ。その時ダリル殿は見事、犯人を暴き出し裁きを与えた――えぇ、僕はあの人を信頼しています」
完全に、信頼しきった顔で力強く頷くガエリオ。
集まったこの七人の中に犯人がいるのだ。
バレるはずがないとタカをくくっているのか、ノコノコと出て来やがったな。
「おい、ダリルとやらはいつ来るんだ?」
「我々も忙しいのですがね……」
おっといかん、少しざわついてきたな。そろそろ出て行くとするか。
二階から階下を見守っていた俺は、カーテンの中からゆっくりと姿を現した。
「――皆さま、ようこそお集まりいただきました」
全員の注目が集まる。
今、俺の姿は親父の鎧兜を身に纏っており、声もアーミラの持つ魔道具、変成器で親父のものに変えている。
つまり親父に変装しているのだ。
距離もあるし逆光なのでよくは見えないはず、である。
「いきなり呼び出して何のつもりだ、ダリル殿! 説明をしてもらおうか!」
ミゲルが苛立ちの声を上げる。
よしよし、ちゃんと俺の事を親父だと思っているようだな。
俺は辺りをぐるりと見渡した後、声を張る。
「手紙で申し上げた通りです。ハンニバル殿を殺した犯人が分かったのですよ!」
俺の言葉に全員がざわめく。
「どうやってハンニバル殿を!?」
「そ、それより一体誰なんだ!?」
俺はざわめきが終わるのを待った後、右手を上げて一人の人物を指示した。
「ハンニバル殿を殺したのは、あなただ!」
振り下ろした指の先、そこに全員の視線が集まる。
犯人として俺が指差した人物は――ナーバル=ガーランド。
ハンニバルの実の息子であった。
■■■
「な……!?」
動揺し、左右を見渡すナーバル。
だがすぐにこちらを睨み返し、言葉を返してきた。
「何を馬鹿な! 私が敬愛する父上を殺すはずがないでしょう!? 全く持って馬鹿馬鹿しい」
「そうだ! 何を言ってるんだダリル殿! 適当な事をほざくんじゃあない! まさか頭がおかしくなったのではないだろうな!?」
ナーバルだけでなく、ミゲルも声を上げた。
「ぎゃっはっは! なんだぁ? 人間同士で仲間割れかよ!」
「くっくっ、全くもって度し難い。やはり人間とは愚かですな。レアン様」
それを見たニャレフとガーヴは、大笑いしている。
「……静かにしろ」
だがレアンは無表情のまま、嗜める。
二人はしまったと言った顔で、口を噤んだ。
「いい加減にしろ! あまりふざけた事を言っていると……」
ミゲルの抗議にゆっくり首を振って返した後、言葉を続ける。
「残念ながら、適当でもふざけてもおりません。ここまで言うからには証拠もちゃんと用意しております」
「証拠、だと……?」
「えぇ、まずは話を聞いてくださいますかな?」
俺の言葉に、ミゲルはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「……ふん、いいだろう。だが少しでもおかしなことを言えば……わかっているだろうな?」
「もちろんですとも」
俺はミゲルの言葉に頷くと、改めて説明を始める。
「まずおさらいから行きましましょう。夕食が終わった我々は各々部屋へ戻った。私は息子と風呂へ入り、その後警備隊の会議へと赴きました。その際ハンニバル殿が時計塔へと向かい、十一時頃に鐘が鳴る。翌朝ハンニバル殿の遺体が時計塔の下で発見された――ここまでよろしいかな?」
「うむ」
頷くミゲル。他の者たちも黙って聞いている。
「私はその時に鳴った鐘に何かあると考え、先日アーミラを連れて調べてみました。するととても奇妙なものを発見したのですよ。……アーミラ」
「はいっ! ラン……じゃなくてダリル様!」
俺がパチンと指を鳴らすと、控えていたアーミラがミゲルにあるものを届ける。
それは一枚の紙で、時計台の鐘が映っていた。
「これは……確か写真というやつだな? 帝都で使われているのを見たことがある」
「えぇ、よくご存じで」
魔界に存在する魔道具の一部は勇者たちの手に渡り、人間社会でも作られている。
アーミラの持つ映写機もその一つ。
レンズで写したものを、写真として出力することが出来るのだ。
基本的には記念写真くらいにしか使い道のないものだが、こうした事件が起きた時などは証拠として使えるのだ。
アーミラが持っててよかったぜ。
「実は私、この手の魔道具を揃えるのが数少ない趣味でしてね。ミゲル殿もご存じなら話は早い。……写真に映っている鐘に、ひっかき傷のようなものが見えるでしょう」
「あ、あぁ……鋼鉄製の鐘にこんな傷をつけるには、かなりの力が必要だ。例えば獣人の爪、とか……」
「おい! まだ言ってるのかゴラァ!」
ミゲルの推理にニャレフが吠える。
代わりに俺が答える。
「いいえ、それは獣人の爪ではありません。それは糸、ですよ。鋼のね」
「糸、だと……?」
またも階下がざわつく。
俺は説明を続ける。
「最初に殺害現場を見た時、私は不思議に思いました。ハンニバル殿の身体は横方向に切り裂かれていました。ですが足元の草は縦方向に切れています。これは明らかな矛盾だ。だから私は発想を逆転させたのです。ハンニバル殿の身体は横方向に切り裂かれていたのではなく、縦に切り裂かれていた、とね」
「ど、どういう事だ!?」
「つまりはこういう事です。アーミラ」
「はいっ!」
待機していたアーミラが、台車を運んでくる。
その上には、部屋に置かれていた熊の人形が乗っていた。
アーミラが人形の足元に、持ってきた糸を這わせていく。
そして階段を駆け上がり、二階から糸を引いた。
「よい……しょっと!」
アーミラがグイっと引っ張ると地面に垂れていた糸がピンと張り、熊の人形が空中に吊り上げられた。
その首と胴体に糸が絡まる。
その箇所はまさしく、ハンニバルの身体が切断された位置、であった。
おおおおお、とそれを見た者たちが歓声を上げる。
「……とまぁこんな具合です。犯人は何らかの方法でハンニバル殿を時計塔の下に呼び出し、あらかじめ地面に埋めていた鋼糸を引っぱった。この方法なら屋敷から出ずとも殺害は可能です。鐘の傷はこの時についたのでしょう。縦に切り裂かれた草も同様です。ここまで気づけば後は簡単でした。ゴミ捨て場を探していたら、案の定この鋼糸を発見しましたよ」
懐から取り出した鋼糸の束を、ナーバルの足元に投げる。
ナーバルはそれをじっと見ていたかと思うと、可笑しそうに口元を歪めた。
「ふっ、馬鹿馬鹿しいですね。この鋼糸は楽器の弦ですよ。最近屋敷の楽器がいくつか壊れてしまったのでね」
「確かに、楽器の弦に見せかけてはいるようですね。ちゃんと周りに壊れた楽器はあったし、鋼糸も短く切られている」
「……いい加減にしてもらいましょうか。これ以上の侮辱は許しませんよ。それに仮に鋼糸で父上を吊り殺したとして、それが私である証拠はないでしょう!? その写真を見ればわかりますが、傷のついている方向は私の部屋とは真逆ですよ!」
「……仰る通り、傷のついた方向へ向かうと、ミズハさんの部屋に辿り着きました」
「そら! 言った通りではないですか!」
見たことかとばかりに声を張るナーバル。
反対にミズハは顔を青くしている。
「あの時、ランガ様たちが見に来た……そ、それは誤解ですダリル様っ! 私はハンニバル様を殺してなど……!」
「えぇ、わかっていますよ。ミズハさんは犯人ではあり得ない。何故ならその夜、ミズハさんは深い眠りについていたからです……そうですね?」
「は、はい! 私は眠りにつくと朝までぐっすりです!」
こくこくと頷くミズハ。
「揺り籠式ベッド、獣人に絶対的な安眠をもたらす寝具です。そしてこれこそが――ハンニバル殿を殺した凶器なのですよ」
ざわ、と大きなどよめきが走る。
これこそがハンニバル殺害のカギ、悪いが詰めさせてもらうぞ。
一呼吸置いた後、俺は更に言葉を続ける。




