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手がかり

 庭に出た俺とアーミラは、気配を殺し、姿を隠しながら目的の場所へと向かう。

 そこはハンニバル殺害の現場、あの時は一瞬しか見れなかったので、じっくり調べたかったのだ。

 今は遺体は埋葬されており、一通り調べたからか兵士も居なくなっている。

 よし、今の内だ。


「アーミラ、ちょっと見張ってろ」

「了解です。遠見の魔眼で見張ります」


 アーミラの持つ遠見の魔眼は、障害物を透過し遠方まで見渡すことが出来る。

 これで兵士が近づいてきても、身を隠す暇はあるだろう。


「さて、と――」


 ハンニバルの遺体があった場所にしゃがみ込む。

 遺体のあった場所は草が倒れ、血がべっとりついていた。


「かなりの出血量だな。まぁあれだけぶった切られれば無理もないか……ん?」


 倒れた草を見て、俺はふと違和感を感じた。

 草の先端が切れているのだ。

 それも縦方向に、である。

 ハンニバルは首と下半身を切断されていた。

 つまり斬撃は横方向、縦に切れているのはおかしい。

 それによく見れば、血があまりに広範囲に撒き散らされている気がする。

 まるで高い所から降り注いだような……まさか!?

 ある可能性に気づいた俺は、時計台を駆け登る。


 不自然に夜に鳴った鐘、縦に切断された草、異常に散らばった血液……俺の考えが正しければ、アレがあるはずだ。

 頂上に登った俺は、鐘をじっくりと調べてみる。

 目を凝らし、ぐるりと周囲を回りながら調べていると……あった。


 鐘と天井の接合部にあったのは、幾つかの引っかき傷。

 ……やはりそうか。

 ハンニバルを殺した方法に目星がついたぜ。

 となると、引っかき傷と重なる方向に何らかの手がかりがあるはず。

 方向は……あっちか。

 俺は時計塔から飛び降りると、アーミラを呼ぶ。


「アーミラ、ここはオーケーだ。次に行くぞ」

「はいっ! ランガ様!」


 俺は傷の方向へ、アーミラを連れ駆け出す。

 すぐに屋敷が見えてきた。

 角度からすると……場所はミズハの部屋か?

 ともあれ屋敷に戻った俺たちはミズハの部屋へと向かう。


「あら、ランガ様にアーミラ様、一体どう言ったご用件ですか?」


 いきなりの来客にミズハは戸惑っているようだ。

 アーミラが俺の袖をちょいちょいと引く。

 その顔は「魅了の魔眼を使いますか?」と訴えていた。

 だが必要ない。

 魅了の魔眼を受けた状態で話したことは記憶から消えるし、ここでした会話は犯人を追い詰める証言として使えるかもしれないからだ。

 なんでもかんでも魅了を使えばいいわけではない。

 俺はわずかに首を振って返すと、ミズハを見上げて言った。


「うん、ちょっと父さんに頼まれてね。この部屋にあるものがないか、確認してくれって頼まれたんだ。父さん他の調査で忙しいから、僕に行ってこいって」

「まぁダリル様のお使いというわけですね。しかし『あるもの』とは一体……?」

「それはまだ言えないから、絶対言うなって言われてるんだ。ごめんね。とにかく入ってもいい?」

「はぁ……それでしたら構いませんが……」


 ミズハは首を傾げながらも、動揺することなく答える。


「どうぞ、あまり散らかさないでくださいね」

「ありがとう!」


 扉を開け、俺たちを招き入れるミズハ。

 部屋の中は綺麗に整頓されており、埃一つ落ちてない。

 分厚いカーテンの内側にはレースがかけられており、窓際にはランプが置かれている。

 床には分厚い絨毯が引かれ、部屋の端には木製の机が一つ。

 鎖で吊るされた立派なベッドがぎしり、ぎしりと重々しく揺れていた。


「ランガ様、随分とあっさり部屋に入れましたね」

「あぁ、こちらとしては助かるがな」


 親父の名を出せば行けるとは思ったが、思った以上にすんなり入れた。

 あまりに生活感のない部屋だし、この部屋は使いまわしというか賃貸式なのかもしれないな。

 使用人たちが入れ代わり立ち代わりで使う、的な。


「むむっ! ミズハさん、このベッドすごく変わっていますね。鎖が付いてて天井からつるされています!」


 きょろきょろと辺りを見渡していたアーミラが、突然ベッドを指差す。


「あぁ、これは獣人用のベッドですね。とてもよく眠れるんですよ」


 それにミズハはにっこり笑って答えた。

 どうやらこれを見てミズハを怪しいと睨んだようだが、見当違いである。

 ミズハの代わりに、俺が解説する。


「獣人はあぁいった揺り籠式ベッドだと落ち着いて眠れるんだ」


 例えばハンモックやブランコのような、揺れるベッドを獣人は好んで使う。

 勿論普通の場所でも眠れるが、こちらの方がより深い眠りに着けるとの事だ。

 かつて、木の上で生活していた時の名残だとか。

 故にそれなりの地位にある獣人は、皆あのような揺り籠式ベッドを使う。

 これを与えられているミズハは、それなりにいい扱いを受けているという事になる。


「よくご存じですねランガ様、その通りです。特にこのベッドはとても眠り心地が良くて、夜中に目覚めた事がないんですよ。朝までぐっすり、熟睡なんです」

「……むぅ、そうなのですか」


 目論見が外れたからか、アーミラは頬を膨らませた。


「ランガ様がここへ来るからてっきりミズハが犯人なのかと思いましたが……」

「こらこら、考えもなしに人を疑うのはよくないぞ」


 俺も疑ってないわけではなかったけどな。

 もし犯人なら、部屋を調べるなんて言われたら少しは顔に出るはずである。

 にもかかわらずあっさり部屋に入れてくれたあたり、まずミズハは犯人ではないだろう。

 それはともかく傷の行方を辿らねばならない。

 窓際へ行くと、その手すり部分にもやはり引っかいたような跡があった。


「傷、ありますね」

「あぁ、ここから更に他の部屋に通じている可能性もあるが……」


 見たところ、部屋には他の傷は見当たらない。

 最初に見たが入口の扉にもなかった。

 ということは犯人はここからハンニバルを殺害した、か。

 ミズハは当日の夜、本を読んで眠っていたと言っていた。

 アリバイは全くない。

 ここで犯行に及んだ可能性は十分にある、が……


「……ところでランガ様、何かいい匂いがしますね」

「ん、そういえばそうだな」


 言われてみれば、柑橘系のやや刺激の強い匂いが微かにする。

 香水の匂いだろうか。

 だが、そう考えると奇妙だ。


「獣人は香水をつけない……」


 そう、極端に鼻の良い獣人にとって、香水の匂いはきつすぎる。

 余程のもの好きでない限り、香水なんてものはつけないのだ。


「えぇ、事実ミズハの近くを通った時には香水の匂いは全くしませんでした」

「つまり犯人が侵入した際の残り香、か」


 それにしてもどこかで嗅いだような匂いである。

 念の為、本人に聞いてみるか。


「ねぇミズハさん、この香水の匂いってさ、誰のかわかる?」

「香水? 何のことですか?」

「何って……香水の匂いがするじゃない? ほんの少しだけど」

「……? いえ、全くわかりませんが……」


 ミズハはひくひくと鼻を動かすが、首を傾げるばかりだ。

 どういう事だ? 俺たちですらわかるのに、獣人のミズハがわからないはずがない。

 だがミズハにとぼけている様子はなく、本当にわからないようだ。


「ランガ様、どういう事でしょう?」

「ふむ……」


 確かにおかしい。

 いや、おかしくはない……のか?

 アレがこうなって、そうなって……思考を繰り返す俺の脳内で、バラバラだった線が一つにまとまった。


「……そうか、わかったぞ!」


 今、ようやく全ての謎が解けた。

 あとは舞台を整え、奴を追い詰めるだけだ。


 ■■■


 全ての証拠を揃えた俺は、ミズハの部屋を出て自室へと向かっていた。

 あとは全員の前で犯人を吊るし上げ、証拠を突きつけ全てを吐かせるだけである。


 だが子供である俺の言う事など、誰も本気にするはずがない。

 だから今回もあの手でいく。

 死王レヴァノフを追い詰めた、あの手で。


「親父は今、休憩中だったよな」

「えぇ、お部屋にいるといいのですが……」

「おう、二人とも」


 アーミラと会話していると、廊下でばったり親父と出会う。


「お前らそんなところで何やってんだ? 部屋から出るなと言っておいただろうが」


 何というか、呆れるほどいいタイミングである。

 俺はアーミラと目配せし、頷いた。


「丁度良かった。父さん、ちょっといい?」

「あん? 一体どうし……」


 言いかけた親父の目を、アーミラがじっと見る。

 妖しく光るアーミラの目を見た親父の顔が、とろんと緩んだ。


「はひぇ……?」


 間の抜けた声を上げ、親父は気を失い倒れる。

 睡眠の魔眼、最高出力のこれを受けた相手は、三日三晩眠り続ける。


「あとは親父の名を使って、全員を集めるだけだな」


 何の為にこんな事をしたのかは知らないが、後悔させてやるぜ。

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