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黒猫

 そしてまた、新しい朝が来た。

 大きく伸びをして起き上がり、さっさと朝ごはんの準備をしてしまう。


「おはようランガ!そしていただきます!あーんど、行ってくるぜ! がはは!」


 親父もすぐに起きてきて、いつも通り俺の用意した朝食を食べるとさっさと出て行った。

 ったく、たまには早起きして息子の食事の一つも作りやがれってんだ。

 俺も家に鍵をして、学校へ向かう。

 さて、今日も一日頑張るとするか。


 そして滞りなく授業は進み――――

 ごーん、ごーんと鐘が鳴り、午前の授業が終わりを告げた。

 ふぅ、大した授業ではないが、普通の子供を演じるのが疲れるな。

 出来すぎず出来なさすぎず、加減が難しい。

 きゅるるる、と疲れのせいか腹の音が鳴った。


「へへっ、腹が減ったのかランガ」


 後ろから話しかけてきたのはレントンだ。


「そうだな。昼だからな」

「俺もだぜ。何せ昨日の晩からなにも食ってないからな」

「……なんでだよ。親が用意してくれなかったのか?」

「チッチッ、抜いてきたんだよ。今日の給食の為になっ!」


 レントンが机の上に広げた献立表を指でつつくと、今日の日付の欄にハンバーグと書かれていた。


「いつもは味気ないパンとスープだけどよ、今日は月に一度のごちそうの日! しかもクレア先生の手作りハンバーグなんだぜっ! 腹を空かせて頂かないと罰が当たるってもんだろうよ!」


 ここの給食は基本的には質素なものだが、月に一度だけはシスターが手の込んだ料理を作って振舞うのだ。

 特にクレア先生の日は、子供に人気の品物ばかりで大盛況なのである。

 そうしていると、給食係の子供たちが皆にトレイを配っていく。

 コト、とレントンの机にトレイが置かれた。


「うおおおおっ!!ハンバーグだぁぁぁっ!!」


 瞬間、レントンのテンションハマックスになり、立ち上がり大声で叫び始める。

 やめろ恥ずかしい。こっちまで赤面しちゃうだろ。

 そうこう言っているうちに、俺の机にもトレイが置かれた。

 メインであるハンバーグに、パンにはバターが塗られており、更にスープにはコーンも入っている。

 ハンバーグだけではなく、いつものパンとスープもひと手間が加えられている。

 レントンではないが少なからずテンションが上がるというものだ。

 全員に配膳を終えると、クレア先生が教壇にて手を合わせる。


「それでは皆さん、神に感謝して――――」

「いただきまーーーす!」


 俺も手を合わせ、パンにかじりつく。

 うむ、バターのコクがパンを引き立てる。

 スープも美味い。具があるのとないのとでは食べ応えが段違いだ。

 噛みしめるようにパンとスープを交互に食べる。


「もぐもぐ……おいランガ! ハンバーグ食わねぇのか? 食べないなら貰ってもいいか?」


 レントンがフォークを伸ばしてくるのを、


「馬鹿言うな。俺は楽しみは最後に取っておく性質なんだ」


 スプーンで防ぐ。

 月に一度のごちそうを、むざむざくれてやる俺ではない。

 レントンはチッと舌打ちをしてフォークをひっこめた。

 パンとスープを一通り楽しんだ俺が、そろそろハンバーグに手を付けようとした、その時である。


「にゃーお」


 窓際で一匹の猫が鳴いた。

 先日庭にいた黒猫だった。皆が餌を上げるため、すっかり居ついてしまったのだ。

 俺が視線を向けた瞬間、猫は跳躍した。

 そして気づいた時にはハンバーグは消え、猫の口に咥えられていた。

 その現状を理解した俺の表情が怒りに染まる。


「野郎……!」


 だがそれは一瞬、とはいえ衝動的に魔力がわずかに漏れる。

 周りの子供たちですらビクンと震え、反応するような魔力だ。

 猫は全身の毛を逆立たせ、飛び上がった。


「にゃっ!?」


 あ、やべ。

 咄嗟に魔力を抑えるも、猫はぴょんぴょんと跳ねるように逃げていく。


「あーあ、お前のハンバーグ、取られちまったな」

「誰がこのまま逃がすかよ……!」


 月に一度のごちそうを、むざむざくれてやる俺ではない。

 俺は教室を飛び出し逃げる猫に向かって走る。


「こらランガくん! 廊下を走っちゃいけません!」

「すみませーん!」


 後ろから聞こえるクレア先生の声に言葉だけ返して、俺はそのスピードのまま前を向く。


「絶対逃がさねぇぞ、このクソ猫!」

「にゃーーー!」


 猫は廊下をジグザグに駆け回り、時折追いすがる俺を振り返ってくる。

 魔力を使えばすぐに捕まえられるが、こんな場所で使えば大問題だ。

 くそっ、普通に捕まえるしかない。


「端に追い詰めれば……!」


 追い込むように走りながら、猫の移動範囲を狭めていく。

 よーし、よし……そのまま距離を狭め……今だ!


 思いきって飛びかかるが、猫は俺の頭にぴょんと飛び乗った後、三角飛びで俺の背後に着地した。

 なんという運動能力、こんなにあっさり躱されるとは……そこらの野良猫なら簡単に捕まえられるのに。

 半分感心する俺をちらりと見ると、猫は挑発するように首を傾げる。


「にゃー」


 そう一鳴きすると、また駆けだす猫。

 俺は舌打ちをすると、また追いかけるのだった。


 ■■■


 やたらと俊敏な猫との追いかけっこは苦戦を強いられ、何度も何度も躱され、避けられ、逃げられた。

 だがこれ以上はまずい、猫が向かう先は校庭だ。

 外に出られると手に負えない。

 この階段で捕まえるしかないっ!

 階段を駆け下りる猫を捉えるべく、俺は階段から両手を広げ飛び降りる。

 が、駄目。俺の両手は空を切り、猫はまんまと外に飛び出した。


「くそっ!」


 這いつくばる俺の遥か向こう、壁の上で猫はハンバーグを食べ始めていた。

 何という屈辱、こんな屈辱は魔王城の晩餐で最後に残していたデスフィッシュのから揚げを食べられた時以来だぞ。


「あーあ、逃げられちまったなぁ」


 気づけばレントンが後ろにいた。

 残念半分面白半分といった顔で、俺を見てにやりと笑う。


「面白そうだったから追ってきたけどよ、残念だったな。俺のハンバーグはもう食べちまったからやれねぇけど」

「……ちょっと手伝えレントン。あの猫に痛い目を見せてやる」

「おうおう、珍しく本気だねぇ。いいぜ俺もあの猫には痛い目を見たんだ。協力して懲らしめてやろうじゃないか!」

「助かるぜ」


 俺はレントンの差し出した手を固く握った。


 ■■■


「にゃーご」


 その翌日。

 日向ぼっこをしていた猫がのんきに鳴いた。

 ポリポリと前脚で顔を掻きながら、ゴロゴロとのどを鳴らし眠そうにしている。

 ふと、何かに気づいたようで校舎の隅に立つ木の方を向いた。

 木の下には小さな肉の塊が置かれていた。


「にゃ……?」


 猫は立ち上がり、しっぽを振りながら興味津々に肉の塊に近づいてくる。

 警戒するように周りをぐるぐる回りながらも、視線は一瞬たりとも肉から離さない。


「へへへ……近づいてきたな」


 木の上にはレントンがおり、その手には大きな編み籠を持って不敵に笑っている。

 そう、肉を餌にしてレントンが飛び降り、捕獲しようという作戦なのだ。

 編み籠は持ちやすくする為にわずかな隙間が空いているが、押さえつけてしまえば関係ない。

 猫は円を描きながらも、徐々に近づいてくる。

 飛び降りるタイミングを見計らうレントン。

 じりじりと、猫が近づき――――肉を咥えた。


「いまだっ!」


 飛び降りるレントンだが、猫は既に気づいていたかのように、素早く飛び出す。

 真っ直ぐに、一直線に――――俺のいる方向に《・・・・・・》


「にゃっ!?」

「待っていたぜ! この猫野郎!」


 驚きのあまり固まった猫を俺はあっさりと抱える。

 捕獲完了だ。


「おい、やったなランガ」

「おう、ありがとなレントン」


 俺はレントンと掌を合わせ、ぱちんと鳴らした。

 レントンの持っていた編み籠には隙間が空いているわけだが、その方向に俺が待機していたのだ。

 目ざといこの猫ならその隙間を狙って抜けてくると思ったのである。

 そのまま捕まえられるならそれでよし、二重の罠というわけだ。


「にゃーーーーーー!!」


 猫は身体をよじらせてジタバタと暴れている。

 しかし両手足を握ればどう動こうと逃げられはしない。


「さて、そいつをどうする?ランガ。ハンバーグにしちゃうのか?」

「いや、流石にそんな事はしねーよ。これでこいつも懲りただろう。逃がしてやるさ」

「にゃ!にゃにゃ!」


 俺の言葉を理解しているかのように、猫は激しく暴れる。

 早く逃がせとでも言わんばかりだ。


「甘いねーランガは。まぁ確かに相手は猫だもんなぁ。言葉が通じるわけでもない。汝、隣人を愛するべし、アーメン」

「あぁ、猫相手にマジになっても仕方ねぇ」

「にゃあ!」


 そうだそうだと言わんばかりに、頷く猫。

 俺を睨みつけ、早く下ろせとばかりにぱたぱたと尻尾を振っている。

 心配せずとも下ろしてやるさ。今すぐにでもな。

 俺は猫に正面を向けさせると、その両眼をじっと見た。


「に――――ッ!?」


 殺気にも似た、裂帛の気迫を込めた俺の目に、猫の声が途切れた。

 数多くの魔族を総ていた魔軍四天王の眼力を受けた猫は全身の毛をぶるりと逆立てる。


「ふぎゃあああああああああ!!」


 五月蠅いほどの悲鳴を上げながら、猫は小便を漏らし白目を剥いてしまった。

 おっと、驚かせすぎたか。

 俺は気を失ってビクンビクンしている猫を地面に下ろすと、軽く気つけを施した。


「にゃ……にぁゃ……に……ぎゃーーーーーーっ!!!!」


 目を覚ました猫はしばらくぼんやりしていたが、すぐに覚醒し跳び上がるように教会の外へ駆けていった。


「ほら、もういけよ。もう人様の肉を盗るんじゃねーぞ」


 しっしっと手を振る俺に、レントンが恐る恐る声をかけてくる。


「……なんかお前、今ちょっと怖くなかったか?」

「気のせいだろ」


 俺はレントンの問いを適当にはぐらかす。

 ともあれ、あの猫も二度と悪さはしないだろう。一件落着といったところか。

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