捜索開始
「くそっ、一体誰がハンニバル殿を殺しやがったんだ!」
夜、親父が苛立った様子で部屋に戻ってきた。
俺とアーミラの取り調べが終わった後、他の者たちの取り調べも行われたが、結局それだけでは犯人は分からなかったようである。
「父さん、何か分かった事はある?」
「あぁ、ハンニバル殿が夜中に抜け出したのは、数人の兵士が見ていたので間違いはなさそうだ。獣人たちのアリバイは不明だな。兵士たちの殆どが屋敷の外にいたから、中の様子は連中の言い分を信じるしかない。まぁ獣王はお前の証言があるので犯人って線は薄いが……まぁきっと犯人は獣人の誰かだろうよ。人間との和平を嫌う獣人は多いだろうしな、その為に邪魔なハンニバル殿を殺したんだろうぜ」
親父はつまらなそうに息を吐く。
俺の証言でレアンの疑いは薄れたようだが、現状では獣人の一人が暴走した、というのが警備隊の見方のようである。
確かにその可能性もあるが……あまり早まった判断をしなければいいがな。
「ってお前には関係ないだろうが!」
「えー、気になるんだもーん」
「うるせぇ! 子供は早く寝ろ!」
どうやらかなり苛立っているようである。
全く手がかりがないんだろうな。
このままでは獣人の誰かが犯人にでっち上げられるかもしれない。
そうなれば真相は闇の中……レアンの悲願である和平も叶わないだろう。
何とかしてやりたいところだな。
■■■
翌日、目覚めた俺たちは、いつものように朝食へと案内された。
先日の安穏とした雰囲気とは違い、重苦しい空気である。
参加者は人間だけでなく、獣人たちもいる。
容疑者は皆、この屋敷に集めているのだ。
まぁ再犯を防ぐためには当然だな。
「むぐむぐ……ランガ様、そんなに少食で大丈夫ですか?」
口を動かしながらアーミラが聞いてきた。
俺の両手に持つ皿が、先日の七割くらいしか入ってないのが気になったようだ。
「あぁ、食欲がなくってな」
「まぁ大変です! もぐもぐ……ごくん、ぷはっ!」
ちなみにアーミラの食欲は普段通り、リスのように両頬を膨らませていた。
全く羨ましい限りである。
「皆さま! お耳を少々お時間よろしいでしょうか!?」
いきなり食堂に声が響き渡る。
声の方を見れば、ナーバルが壇上に立っていた。
全員が注目したのを確認した後、ナーバルは言葉を続ける。
「私の父は和平会議を前にして、志半ばにも無残に殺されてしまいました。さぞかし無念だったでしょう……ですが、このまま終わらせはいたしません! こんな時ではありますが、私が父ハンニバルの跡を継ぎ、獣人たちとの和平を実現してみせます! 真犯人も必ず捕らえてみせます! ですのでどうか、皆様の力をこの不肖ナーバル=ガーランドにお貸しください!」
わああああああああ! と歓声と共に拍車が巻き起こる。
和平会議の件、どうなるかと思ったがどうやら息子であるナーバルが引き継ぐようだ。
とりあえずは和平が潰れず、一安心といったところか。
食堂の端にいたレアンも胸を撫で下ろしている。
「はぁ、父親が先日あんな殺され方をしたばかりだというのに、立派な方ですね」
「そうだなぁ」
確かナーバルは獣人の為に孤児院や病院を作ってたんだっけか。
しかも自身も医者として、獣人たちの為に医学を学んでいるとか。
父親の事もあるのだろうが、そもそも獣人と友好的な人間なのかもな。
そんなことを考えながらぼんやりとスピーチを聞いていると、ふと違和感に気づく。
「……ん? そういえばあの人、昨日まで手袋なんかしてたっけ?」
よく見れば、ナーバルが白い手袋をしているのだ。
「さぁ……でもただそういう気分だったんじゃないですか? 医者ですし」
「とはいえ普通は食事中に手袋はしないだろ」
前世で人間のマナーを学んだことがあるが、確か食事中に手袋をするのは無礼とされていたはずだ。
こんな豪邸育ちのナーバルがそれ知らないとは思えない。
疑問を感じた丁度その時、ミズハが通りかかったので尋ねてみる。
「ねぇミズハさん、ナーバルさんは何で手袋してるの?」
「あぁ、先日手を火傷して、それをお見せするのが恥ずかしいとか言っておりました」
「ふーん」
火傷、ね。
あのボンボンが火なんか使うのか? ……いや、使うはずがない。
何だか引っかかるじゃあないか。
「アーミラ、少し調べたい事がある。ついて来い」
「はいっ! 地獄の底までお供いたしますっ!」
そこまではついて来なくていいのだが。
無駄に物騒な奴である。
ともあれ朝食を終えた俺たちは、庭へ出ようとした。
「ちょっと君たち、部屋へ戻らないとダメじゃあないか」
すると、警備の兵士に止められた。
事件が起きてから屋敷内には沢山の兵士が配置されており、自由な行動は出来ない。
だが、もちろん想定済みである。
その為にアーミラを連れてきたのだ。
「おじさま、私の目を見て下さいませ」
「ん? 一体なんだね、私は忙し……」
言葉は最後まで続かなかった。
アーミラの目が妖しく輝いた途端、兵士の目が虚ろになる。
――魅了の魔眼、前世で高い魔力を持っていたアーミラは、転生した今も魔眼を有している。
この魅了の魔眼は自分よりかなり格下の相手にしか通じないが、数時間程度はこうして意のままに操る事が出来る。
以前、これを用いてごろつきを操り、俺を攫おうとしたのだ。
本人の命の危険を脅かすような行為や、細かい命令が必要な難しい事はさせられないが、こういう時は便利な術である。
ただし、繰り返し同じ相手は使用するのは著しく効果が落ちるので、あまり何度も使えるものではない。
「通して、くださいますわね?」
「……はい」
「どうも――」
アーミラは優雅に会釈すると、兵士の横を通り抜けた。
その蠱惑的な表情は、かつて魔族だった頃のアーミラと少し、ダブる。
「さぁ行きましょう、ランガ様」
「……おう」
だがすぐに年相応のあどけない表情に戻った。
その変化に戸惑っていると、アーミラはキョトンとした顔で首を傾げる。
「どうかしたのですか?」
「いや、なんでもない。早く行くぞ」
「はいっ!」
元気よく返事するアーミラを連れ、庭へと駆ける。
うーむ、敵に回すと恐ろしいが、味方にすると頼もしい奴である。




