アリバイ
屋敷に帰った俺たちは、ミゲルに全員自部屋に入るよう指示された。
これから一人一人、取り調べを行うそうである。
親父たちもその付き添いに行き、俺とアーミラは自室にて待機していた。
「ランガ様、ハンニバルが殺されたのは今朝なのでしょうか?」
「いや、恐らく夜だろう。さっき遺体を軽く触ったが、既にかなり硬くなり始めていた。人の死体は半日ほど経った辺りから丸一日時間をかけて硬直する。殺されたのが今朝であれば、まだ硬直は始まっていないはずだ」
「流石はランガ様、博識でいらっしゃいます!」
「それに夜、風呂に入っている時にハンニバルが庭にいるのを見た。他の人間も見ているだろうし、この程度はミゲルたちもすぐに辿り着くだろうよ」
――問題は誰がやったか、だ。
あのハンニバルに抵抗すらさせず、三つに分断するような技……どう考えても普通の人間の仕業ではない。
親父の言う事に頷いてしまいたくなる気持ちも理解出来る。
「とにかく、取り調べを聞いてみないと何もわからんな。アーミラ、場所は会議室で間違いなさそうだったか?」
「はい! トイレに行くフリをして聞いてまいりましたので! 『アレ』もばっちり取り付けております!」
「うん、よくやった」
「えへへ……」
アーミラがだらしなく笑いながら頭を差し出してくるので、渋々撫でてやる。
『アレ』とはアーミラの持っている蓄音機という魔道具で、壁面に設置する事で部屋の音を集め、録音する事が出来るのだ。
以前、死王レヴァノフが俺を殺すよう企んだのを録音したのもこの魔道具である。
録音するだけでなく、ここにある子機へと送信する事も可能だ。
「それにしてもランガ様、何故このような事をするのですか? 犯人探しなどランガ様にとっては何のメリットもないでしょうに……」
アーミラは俺の行動に首を傾げている。
確かに、別に犯人を探し当てても俺に何のメリットもない。
だがかつての盟友の為に、俺に出来る事があれば手伝ってやろうと思ったのである。
それに獣人と人間が和平を結べば、俺の望む平穏な生活、その為の世界に一歩近づくしな。
「まぁ、何でもいいですが……もうすぐ取り調べが始まるはずですよ。さ、ランガ様」
「サンキュ」
アーミラから渡された子機から伸びるイヤホンを、片耳に付ける。
もう片方のイヤホンを装着したアーミラが子機を操作すると、音が聞こえ始めた。
■■■
コンコン、とノック音と共に、扉が開く音が聞こえる。
「失礼します」
まず、入ってきたのはミズハだった。
続いてミゲルの声も聞こえてくる。
感度は良好、俺は耳に意識を集中させる。
「ではミズハ君、楽にしてくれ」
「は、はい……」
「ははは、緊張なさらないで結構ですよ。あなたを疑っているわけではありませんので」
親父の能天気な声が聞こえてきた。
どうでもいいが親父は少し緊張してくれ。
「それでは早速、先日夜からの事をお聞かせ願いますか?」
「わかりました。……先日は夜九時ごろに仕事を終えて自室に戻ろうとしました。するとハンニバル様が何やら慌てた様子で外へ行くのが見えたのです」
どうやらあの時俺が見たのは、ハンニバルに間違いなかったようだ。
やはりその時殺された、というわけか。
「えぇ、もちろん声をかけました。ですがハンニバル様は庭に行くだけだから問題ないと……私もそう思い、送り出したのです。そのまますぐに床に就き、朝七時に起床いたしました。ハンニバル様のお部屋をノックしましたが返事はなく……鍵もかかっていたのでまだ寝ているのだろうと思い、他の方々を起こしに行きました。朝八時になり、朝食が始まっても起きてこられないので流石におかしいと思って部屋に入ったのですが、ハンニバルさまは部屋のどこにもいらっしゃらなかったのです……」
「先日夜から帰っていない、と」
「……はい。なので他のメイドたちにハンニバル様を探すよう命じ、私は食堂へ向かいました。その後は皆様の知っての通りです」
「なるほど。ちなみにミズハさんの寝室は一人部屋ですか?」
親父がミズハに問う。
「はい。他のメイドたちは二人部屋ですが、メイド長である私は一人部屋です」
「ふむ、それでは夜の間に動く事も出来た……というわけですかな?」
「そ、それは不可能です! 夜には警備隊の方々が屋敷の中を巡回していますから! 特に私ども下働きの部屋は兵士の多い門の近くにあります。とても気づかれずに抜け出すのは不可能です!」
「おっと、そう言えばそうでしたな。これは失礼」
「ちなみにハンニバル様の部屋にも警備の者はいるが、報告にはなかった。どうやら窓から抜け出したようだな。……くそ、もっと警戒させておくべきだったか。……ともあれよく分かった。ご協力感謝する」
「はい……その、犯人を必ず見つけてくださいね。優しかったハンニバル様を殺すなんて、絶対に許せません」
「えぇ! 任せてください!」
親父が勢いよく言って、その後扉の閉まる音が聞こえた。
どうやらミズハの話が終わったようだ。
「特に不審な点はなかったですね」
「あぁ、ミズハが外に出るのは不可能だろうな」
ハンニバルは警備の目を盗んで外へ出た、というわけか。
そこまでして出向かねばならない程の何か……それもまた謎だな。
「ランガ様、次の人が入ってきますよ」
待っていると、次に入ってきたのはナーバルだった。
「……ミゲル、まさか私を疑っているのですか?」
ナーバルは不機嫌そうな声である。
「滅相もありません。より数多くの者に話を聞けば、その分真実に近づけます。ご協力をお願いします」
だがミゲルはそれをあっさりと躱し、話を続ける。
この男、ただの腰巾着というわけでもなさそうだ。
かなり出来るな。有能な男である。
ナーバルは重いため息を吐いた後、話し始めた。
「……私は夕食が終わってすぐに自室へ帰りました。その後はずっと部屋にいたのは知っているでしょう。兵士たちが部屋を見張っていたのですからね」
「ナーバル様の部屋を守っていた兵たちからは、特に異常はなかったと聞いています」
「そういう事です。しばらく本を読んでいて……そうだ、十一時頃に東の方から鐘の音が聞こえましたね。微かに、ですが……まぁ風の音だろうと気にしませんでした。しばらくして床に入り、そのまま朝までぐっすりですよ。朝はミズハに起こされ、朝食を食べ現在に至る……といった感じですかね」
「なるほど、大変参考になりました」
ナーバルの話はあっさり終わった。
どうやら皆、ナーバルを疑ってはいないようである。
まぁ息子だしな。ナーバルが出て行った後、扉が開き次の者が入ってきた。
「ご足労感謝します。獣王殿」
「問題ない」
入ってきたのはレアンである。
「早速ですが先日夜から朝にかせて、何をしたいのかをお聞かせ願いたい」
「館には警備の兵たちも多数配置されている。嘘をついてもすぐにわかるからな!」
先の二人とは違い、あからさまに疑っていた。
あまりそういうのは良くないと思うんだがな。
しかしレアンは特に気にもせず、淡々と答える。
「先日は夕方まで会食があり、その後は自室で本を読んでいた」
「それを証明する者はおりますかな?」
「いや、それは……」
親父の問いに、口籠るレアン。
まぁ実際問題、一人で部屋にいるのを証明するのは難しいだろう。
「そういえば、十一時頃に鐘が鳴っていたな。私は特に気にしなかったが」
「私も聞きました。微かにでしたが。風で揺れたのでしょう」
「ふむ、そう言えばナーバル様もそう言っていたな」
ガエリオが補足し、ミゲルが頷く。
「まぁいいでしょう。それでは朝は?」
「四時頃に起きて日課の朝練を行なっていたのだ。それから少し水浴びをして、会議に向かった」
「四時とはまた随分と早い。屋敷の兵たちも寝ている頃合い。動くには何かと都合の良い時間、ですな」
むぅ、やはりレアンは疑われているようだ。
俺と会った事を話せばいいと思うのだが、余計不審に思われるからかだんまりを決め込んでいる。
まぁ同じ立場なら、俺もそうするがな。
このまま怪しまれたままで、取り調べが終わってしまうか……そんな事を考えていた時である。
コンコン、とドアがノックされた。
「は、はいっ!?」
アーミラがぴょんと飛び上がって返事をする。
うお、びっくりしたな。
会話内容に意識を集中させてたから、俺も飛び上がるかと思ったぜ。
まだ心臓がドキドキしてるぞ。
「ランガ様、アーミラ様、ミゲル様が事件のことをお聞きしたいそうです。会議室までご案内いたします」
声の主はミズハだった。
そうか、全員に話を聞くって言ってたな。
当然俺たちもその対象だ。
流石にこれ以上、盗聴は出来ないか。
「仕方ない、行くとするか」
「はい」
俺たちはミズハに連れられ、会議室に向かう。
アーミラと一緒に中に入るとミゲルら警備隊とガエリオと親父がいた。
どうやらレアンの話は終わったようである。
「ランガ、事件当日の事を教えてくれ」
「うん、あの日は父さんとお風呂に入って、父さんが警備の打ち合わせに行った後、すぐに寝たよ。アーミラも一緒だったから、聞けばわかると思う」
「ふむ、朝食に呼ばれるまで寝ていたのかい?」
「ううん、朝早くに目が覚めたから、お散歩してたんだ。確かに五時くらいだったかな? その時にちょっと迷っちゃって……獣人さんたちがいるところまで行っちゃったんだよね。アハハハハ……」
俺の言葉に、親父が慌てて声を上げる。
「何ぃ!? ランガお前、何やってるんだ!」
「まぁまぁダリル殿……それで、誰かと会ったのかい?」
「うん! レアンさんが剣の練習をしていたよ。足元の草が踏み固められていたから、かなり長い間やってたんじゃないかな? 少しだけ話をしたけど、今回の和平会議は絶対に成功させたい、って行ってたよ。それからすぐにアーミラが呼びに来て、部屋に戻ったらミズハさんが呼びに来てたんだ。確か七時過ぎてたかな?」
「私が起きたのは六時半頃でした。それからランガ様がいないのに気づき、足跡を辿って追いかけた次第です。その後はずっと一緒にいましたわ」
アーミラがすぐに俺の言葉に補足を入れる。
ミゲルたちは何やら小声で話した後、俺たちを見て頷いた。
「ふむ……なるほど、よくわかった。ありがとう二人とも、ご協力感謝する」
「はーい」
俺たちは元気よく返事をして、部屋を後にする。
一応レアンへのフォローは入れておいたが、これで少しは疑いが薄れただろうか。
少なくともあらぬ疑いをかけられることはないだろう、そう信じたい。
親父たちの良心に期待しつつ、俺たちは会議室を去るのだった。




