不可思議な殺人
「ガエリオ殿、ダリル殿、ついてこられよ! 他の者たちも続け!」
「ハッ!」
ミゲルが親父や兵士たちを連れて、メイドに先導させながら走る。
「父上が……くっ!」
「ハンニバル様……!」
それにミズハとナーバルが続く。
「我々も行くぞ」
「ハッ!」
もちろんレアンもだ。ニャレフ、ガーヴもそれに続く。
「アーミラ、俺たちも後を追うぞ」
「あっ! ランガ様!?」
俺もまた、その後を追うのだった。
メイドは屋敷を出て中庭に向かう。
しばらく走り、辿り着いたのは時計塔。
「時計塔だと……?」
ミゲルが首を傾げながら歩いていると、メイドが立ち止まる。
「あ、あれを……」
震える指で指差す先、時計塔の鐘の真下に――人が倒れていた。
正確には人だったもの、である。
頭、胴体、下半身と三つに分断された身体が地面に転がっており、辺りにはおびただしい程の血が飛び散っていた。
苦悶の表情を浮かべるその顔は――ハンニバルであった。
「――な……ッ!?」
あまりに凄惨な現場を見た全員が、息を呑む。
ハンニバルは鋭利な刃物のようなもので、首と胴体を切断され、死んでいた。
「父上ッ!」
最初に動いたのはナーバルだった。
ハンニバルの遺体に駆け寄り、身体をかき集める。
だが当然、そうしたからと言って何が起きるわけでもない。
ナーバルの身体が血に濡れるだけだ。
「あぁ……父上、何故……何故このような事に……!」
ナーバルはハンニバルの切断された身体を抱きしめながら、涙を流し崩れ落ちる。
実の父が、こんな凄惨な殺され方をしたのだ。
皆、沈痛な面持ちでそれを見ていた。
「ナーバル様、お気持ちはわかりますが、どうぞこちらへ……」
ミゲルが歩み寄り、ナーバルの肩に手を載せ、立ち上がるよう促す。
「貴様……ミゲル! お前がいながらよくも父上をッ!」
「非難は後で受けます。ですのでどうか……」
ミゲルはナーバルを半ば無理やりに下がらせると、ぐるりと辺りを見渡した。
その目は、先刻までの鋭さを取り戻していた。
俺は慌ててアーミラを木の陰に隠す。
「この場は警備隊長であるこのミゲルが預からせてもらう! 誰も遺体に近づかないでもらおうッ!」
その言葉で、全員が一歩後ずさる。
「この屋敷の周りは数多くの人と獣人の兵士に囲まれており、何かあれば私に知らせが来るようになっている。だがそれが無かったという事は内部の犯行に他ならない。犯人は屋敷を含め――この中にいる」
鋭い眼光で全員を睨みつけるミゲル。
確かに人間の兵士ならともかく、獣人兵は鼻が利く。
それもこれだけの数がいるのだ。外部の侵入を許すなどありえないだろう。
この中に犯人がいるのは確実である。
緊迫した空気が辺りを覆う。
「ふっ、ミゲル殿、私は犯人がわかりましたよ」
そんな空気をぶち壊し、割って入ってきたのは親父だ。
親父は遺体を一瞥すると、レアンらの方を向いた。
「これだけ鮮やかな切り口だ。人間の手によるものではないでしょうな。恐らくは獣人の仕業だ。それもかなり手練れの、ね」
「なっ!?」
その言葉にニャレフとガーヴが反応する。
「ふざけるんじゃねぇ! 俺たちがやったってぇのか!? だいたい和平を結ぶ相手を何で殺さなきゃならんのだ!」
「そうだ! 無礼も大概にされよ!」
憤慨し、反論する二人に親父は更に言葉を被せる。
「更に言えば……獣王殿! あなたのその剣、とても切れ味が良さそうだ。魔剣の類とお見受けするが、如何か?」
「これは……」
レアンは柄に手を載せ、口籠る。
確かに鬼刃王の切れ味を持ってすれば、この程度は朝飯前だろう。
親父はしたり顔で続ける。
「あなたは朝早く、この場所にハンニバル殿を呼び出した。理由は……そうですな、会議について内密な話があるとでも言えばいいでしょう。そして現れたハンニバル殿を殺害し、何食わぬ顔で我々の元へ現れた……違いますかな!?」
親父の言葉に全員がざわめく。
獣人の心象は皆にとって決していいものではない。
親父の適当な物言いでも犯人扱いされてしまいそうな雰囲気だ。
だが、親父の推理は明らかに破綻している。
……やれやれ、ちょっと口を出すか。
「あれれーおかしいなー」
すっとぼけた声を上げ、俺は遺体に近寄る。
しゃがみ込むと、衣服をつまみ上げた。
「お、おい何やってんだランガ!」
「ハンニバルさん、剣を持っているよね。でも争った跡が全くない。ハンニバルさんくらいの人なら、いくら不意打ちされても抵抗くらいするんじゃないかな? ね、ミゲルさん」
「……あぁ、そうだ。たとえ獣王が相手といえど、簡単にやられる御方ではない」
ハンニバルをよく知るミゲルは、俺の言葉に頷く。
いくら年老いたとはいえ、あの猛将がそう易々とやられらはずがないからな。
かつて俺たちも何度となく暗殺者を送り込みハンニバル殺害を目論んだものだが、悉く失敗した苦い思い出がある。
あの男、恐ろしいまでの気配察知能力を持っており、完全に気配を殺してもそれに気づくとの事だ。
いくら衰えても反撃すらできずに殺されたとは考えにくい。
「それにさ、獣人さんに呼び出されたら警戒するはずだよ。だから剣を持ってたんだろうしね」
「むぅ……そ、そういえばハンニバル殿は普段は剣を持っていなかった、か……」
再び親父は考え込む。
と思ったら、ハッとした顔で俺を睨み、げんこつを入れてきた。
「……ってランガお前何邪魔に入ってるんだよ! ここは子供が来ていい場所じゃねぇぞ!」
「いったた……」
「早く帰れ、バカ!」
「はーい」
別に痛くはないが、頭を押さえて痛いフリをしながら離れる。
「だが確かに、獣王殿が犯人というのは無理があるかもしれませんな」
「当たり前だ! ぶっ殺すぞ人間!」
「何ぃ!? やるのか!」
今度は親父はニャレフと言い争いを始めた。
おーい、いい加減にしておけよー。
……まぁとりあえずレアンに疑いの目がいくのは避けられたか。
あれほど和平を望んでいたあいつが、それをぶち壊すような真似をするはずがないもんな。
俺は胸を撫で下ろしているレアンに、ウインクをした。
「とにかく、ハンニバル様をこのままにはしておけん。ダリル殿、ガエリオ殿、現場の検証にきょうりょくしていただけますかな?」
「もちろんですとも」
「うむ。……他の皆様方は屋敷へ戻っていていただきたい。後に一人一人、アリバイがないか話をさせてもらうのでな」
ミゲルの言葉で、俺たちは屋敷に戻される。
やれやれ、この和平会議、一筋縄ではいかないと思っていたが……思ったよりとんでもない事になってきたな。




