獣王、再会
パーティが終わり、俺たちは部屋に帰る。
ふぅ、満腹満腹。
中々食べられない南国果実も食べれたし、大満足である。
「美味しかったですねぇ。ランガ様ぁ」
アーミラの腹も大分膨れていた。
ベッドに寝転がり、大きくなったお腹を満足げにさすっている。
いくらなんでも食べすぎだぞお前。
「お前ら、風呂を貸してくれるらしいぞ! 早く入ろうぜ!」
「はーい」
「すげぇ広い風呂らしいからよ、楽しみにしとけよ!」
何故か親父が誇らしげである。
「ランガ様、一緒に入りましょうねっ!」
「入るかっ!」
抱きつくアーミラの頭に手刀を落とし、俺たちは風呂へ向かうのだった。
「うわぁー本当に広いや」
案内されてきたのは見たこともないような豪華な大浴場だった。
大理石の石像が幾つも並び、何人も入れそうな広い湯船」が何個もある。
その中には薔薇やハーブが浮かんでいたり、入浴剤が入っていたり、泡が出ていたりと、まさにいたせりつくせりであった。
「おいランガ! あっちには露天風呂があったぞ!」
「父さん、はしゃぎすぎだよ」
親父のテンションもマックスになっていた。
気持ちはわかるがせめて前は隠そうぜ。
「ふー……でもいい湯だ……」
大浴場に飛び込む親父を見ながら、ほうと息を吐く。
やはり広い風呂は最高である。
家の狭い風呂では味わえないこの感覚、風呂から上がる頃にはすっかりいい気分になっていた。
「……ん?」
着替えの途中、ふと中庭で気配を感じた。
見るとそこには闇夜を走る人の影。
その太めのシルエットはハンニバルに見えた。
「ハンニバル……? 何故こんな時間に……」
何やら急いでいるようだったが……まぁ俺には関係ないか。
「おい、早く着替えちまえよ。ランガ」
「はーい」
親父に呼ばれ、俺はさっさと着替えるのだった。
出口で待っていると、湯上り姿のアーミラが出てくる。
長い髪はまだ少し濡れており、首筋はしっとり汗ばんでいた。
頬を上気させ、夢見心地といった顔である。
「ふぅ、とってもいいお湯でした。ランガ様とご一緒出来なかったのは残念ですが」
「馬鹿言ってないで早く帰るぞ」
あまりに待たされたから、湯冷めしちまったぜ。
女ってのはなんでこんなに風呂が長いんだ?
■■■
部屋に帰った俺たちは、寝巻きに着替える。
だが親父は仕事着に着替えていた。
「今から明日の対策会議なんだよ。ミゲル殿に召集をかけられてな。お前らは先に寝てていいぞ」
「うん、頑張って。父さん」
「お疲れ様です、ダリル様」
「おう、おやすみ」
親父はそう言うと、部屋を出て行った。
そういえば仕事で来ていたんだっけか。頑張れ親父。
「さて、寝るとするか。……アーミラ?」
「ふふ、ふふふふふ」
突如、アーミラが肩を震わせ始める。
「うふふふふ、うふふふふふふふ……ようやく二人っきりに慣れましたね、ランガ様♪」
アーミラは不気味な笑みを浮かべながらこちらを振り返ると、獲物を狙う猛禽類が如く目を光らせた。
「おやすみ」
だが俺は即座にそう返して、ゴロンと横になる。
悪いが冗談に付き合っている暇はない。
「冗談ではないですっ! 本気ですっ!」
「なおさら悪いわ」
抱きつこうとするアーミラを躱し、デコピンを打ち込む。
「きゃんっ!?」
と猫のような声を上げ、ベッドへと倒れ込んだ。
当たりが良かったのか完全に目を回している。
「そのまま朝まで寝てろ」
「きゅうう……」
アーミラに布団をかけてやり、俺は自分の布団に潜り込む。
やれやれ、騒がしい奴である。
さて、俺も寝るとするかな。
そう思いゴロンと横になった時である。ゴォン……と鐘の音が鳴る。
「こんな夜遅くに……?」
そういえば午後にも鳴ってたっけ。
だがこんなに小さくはなかった気がする。
それに深夜に鳴らす意味がわからん。
風が吹いたか、もしくは鳥か何かが当たったか……まぁいいや、寝るか。
俺は疑問を棚上げし、眠りにつくのだった。
「ごごごごご、ががががが……」
翌朝、親父のいびきで目が覚める。
慣れてはいるつもりだったが、耳元でやられると流石に起きてしまう。
アーミラもうんうんとうなされていた。
今は太陽が昇りかけ。早朝のようだ。
枕もとの時計は5時を指していた。
「ふああああ……」
大きく伸びをして、起き上がる。
さて、着替えて日課の訓練をするかな。
俺は毎日時間を見つけては、軽く戦闘訓練を行なっているのだ。
俺の望む平穏な生活の為には強さは必須だからな。
子供の俺は自由に訓練をする時間が取りづらい。
故に早朝や深夜など、人目に付かない時間にやる必要がある。
人の屋敷にいる時くらいはやめてもいいのだが、日課になっているからやらないと気持ちが悪いんだよな。
まぁこの時間なら見られてもメイドくらいだろうし、そこまで気にされることもないか。
気づかれぬよう外へ行くと、庭に出る。
朝の空気を思いっきり吸い込み、吐いた。
何度か深呼吸した後、ゆっくり全身に魔力を纏っていく。
「人の庭だし、万が一見られた時の事を考えて今日は地味にいくか」
非常にゆっくりした速度で拳を構え、突く。
そしてまた構え直し、ゆっくりと空を蹴る。
演舞のように繰り返すこれは、いわゆる「型」の訓練だ。
武術では「型」は最も重要なものの一つであり、その練度で技の威力は大きく変わる。
効率的な力の入れ方、無駄のない体捌き、魔力を流す滑らかさ、速度、そこから繰り出される理想的な一撃……それを正確な手順で行うのがこの「型」の訓練だ。
実践時はもちろん高速で行うわけだが、その際に型は崩れがちになる。
あえてゆっくり行うことで動作の再確認にもなるし、理解を深めることで練度も高まる。
地味ではあるが、効果の高い訓練だ。
ちなみにアーミラなんかはこれがかなり下手なので、肉弾戦は苦手である。
あいつは魔力は高いが、運動センスがないので身体と連動させて動かすのが苦手なんだよな。
「――ふぅ」
しばらくすると、じんわりと汗をかき始めた。
この訓練、地味だが意外とハードなのである。
少し休憩するとするか。
そう思い周囲を見渡していると、ふとこの場所に見覚えがあるのに気付く。
「そういえば先日、この辺にハンニバルが来てたっけ」
風呂場から見えたのは確かここだった気がする。
足元を探すと足跡を発見した。
折角だし散歩がてら追跡してみるか。
「ここは……別館か」
足跡を追って歩くことしばし、辿りついたのは獣人たちの泊っている屋敷だった。
あんな夜中に何の用だったのだろうか。
足跡は裏門へと向かっている。
「……何か、いる?」
裏門に近づいた俺は、何者かの気配に立ち止まる。
門の陰から様子を伺うと、中庭に人が立っているのが見えた。
「そこにいるのは誰だ」
突如、その人物から声をかけられる。
気配は消していたのに気づくとは……いや、当然か。
何せその人物はかつての魔軍四天王、獣王レアンなのだから。
俺はため息を吐くと、その場に出ていくのだった。