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豪勢な食事

 しばし、部屋でゆっくりしているとコンコンと扉を叩く音が聞こえた。


「はいよー」


 親父が扉を開けると、そこに立っているのはミズハだった。

 後ろにはガエリオもいる。


「ダリル様、お食事の準備ができましたので呼びに参りました」

「おう、ありがてぇ。もう腹がペコペコだったんだ! 行くぞランガ、アーミラちゃん」

「はーい!」


 ミズハに連れられ、また長い廊下を歩く。

 それにしてもでっかい屋敷だ。

 周りには森のように木々が立ち並び、窓の外には別館もいくつか建っている。


「はぁ、しっかし城みてぇな屋敷だねぇ。金ってのはある所にはあるもんだ」


 親父が感心したような声を上げる。


「時計台の近くにある別館には、会議の相手である獣人の偉い方々がいらっしゃいます。くれぐれも問題など起こされぬようお願いします」

「わかってますよ! ミズハさん。このダリルがそんな粗野な男とお思いか?」


 任せろとばかりに胸を叩く親父だが、よく仕事中にケンカの仲裁に入っては混ざって暴れていると同僚さんたちから聞いているぞ。


「……ところでミズハさん、初めて会った時から思っていましたが、あなたは何とも美しい方だ。どうです? 今宵皆が寝静まった頃にでも私と会っていただければ幸い……っていででっ!? な、何するんだランガ!」

「べっつにー?」


 何を思ったのかミズハを口説き始めた親父の足を思いっきり抓る。

 全く、見境いというものがないのかよ。

 ミズハはそんな親父にも、やんわりとした口調で答える。


「申し訳ありませんが、お客様とトラブルを起こす可能性がありますので……」

「トラブルなど起きるはずがないでしょう。あくまでも紳士淑女の語らいで……いでぇっ! コラやめろランガ!」


 もう一度、思いきり抓る。

 親父は足をさすり、ガエリオはそれを見て苦笑していた。


 ■■■


 案内されたのはこれまた大きな客間だった。

 この部屋もまた広い。端から端までが俺の家くらいの距離があるぞ。

 丸テーブルがいくつも並んでおり、その上には豪勢な料理が置かれていた。

 それを時折手に取りながら、華美な衣服を着た者たちが談笑している。


「会議に参加する方々による、立食パーティ形式となっておりますので、親交を深めるなり美食に舌鼓を打つなり、ごゆるりと楽しんでくださいませ」


 一礼して他のメイドたちの元へ行くミズハ。


「うひょう! こいつは美味そうだぜ!」


 親父は料理を見てテンションが上がったようだ。

 大きなエビを丸ごと茹でたものや、ソースのたっぷりかかったローストビーフ、カップの中にパイが乗ったよく分からない食べ物もある。

 贅を凝らしたとでもいうべきか。見たことのない料理ばかりだ。

 今まで貧しい食事生活だったからな、楽しみで俺もヨダレが出てきた。

 おおおっ! あそこにはマンゴーやバナナもあるじゃないか!

 南国の果実で、中々お目にかかれない高級品なんだよな。

 うーむ、早く食べたいぜ。


「ふん、ここの料理が珍しいか? 貧乏人ども」


 早速食べに行こうとした時である、背後から声が聞こえた。

 振り向くとそこにいたのは片目に傷を負った男だった。

 分厚い鎧に身を包み、腰には大剣を差している。

 一応申し訳程度に香水を付けてはいるが、場所に似合わぬ物々しい雰囲気を出している男だ。


「田舎者には一生味わえまい。しっかり味わって食べるのだな」

「おうおう、何だテメェはよ。喧嘩売ってんのか? あぁコラ!?」


 男の言葉に青筋を立てた親父が前に出る。


「勝手にそう解釈すればいい。降りかかる火の粉は払わせてもらうがな」

「誰が降りかかる火の粉だ! 振りかけてんのはテメェだろが!」


 二人は今にも掴みかかりそうになりながら、睨み合っている。

 って早くもケンカしてるじゃないか。

 俺は慌てて止めに入る。


「ち、ちょっと父さん!」

「黙ってろランガ、売られた喧嘩だ」


 それはわかるが場所を選べと言ってるんだ。

 とはいえ確かに親父の言い分は正当だ。

 この男が喧嘩を売ってきたのが悪い。

 男はいつでも抜けるよう、剣に手を置いている。

 一触即発という雰囲気だ。

 ……仕方ない。ここはあちらに引いてもらうか。


 俺は親父の後ろに回り込むと、正面に立つ男のみに焦点を合わせ殺気を放つ。


「……ッ!? お、お前……!?」


 瞬間、先刻まで余裕だった男の顔が青ざめる。

 この男もそれなりの使い手ではあるが、それは人間レベルでのことだ。

 俺の発する威圧感に完全に竦んでしまったようである。

 後ずさる男に親父は詰め寄る。


「んだぁ? 今になって怖気づいたのかぁ?」

「く……! ば、馬鹿な……!」


 それでも食い下がろうとする男だったが――


「やめないか」


 背後から一喝され、慌てて声の方を振り返る。

 立っていたのはハンニバルだった。


「何をしているミゲル。みっともない」

「は、ハンニバル様……!」


 ミゲルと呼ばれた男は、ハンニバルに咎められ剣を収める。


「失礼をした。ミゲルはこの会議の警備隊長でな。私が突然ガエリオ殿らに応援を頼んだせいか、少し気が立っているようなのだ。許してやってくれ」


 ハンニバルが謝罪の言葉を述べると、ミゲルもそれに続く。


「……申し訳ない事をした。貴殿らの実力を見たいがためについあのような言葉を発してしまった。許して欲しい」


 先刻の態度が嘘のように、ミゲルは深々と頭を下げた。


「だが貴殿の実力はよく理解した。『鬼十字のダリル』の名は伊達ではないということか。非礼を詫びよう。本当に申し訳なかった」


 拍子抜けしたのか、親父は目を丸くしている。

 どうやらわざとふっかけてきて、こちらを試していたようだ。


「申し遅れた。この屋敷の警備隊長であるミゲル=ゴードンと申します。改めてガエリオ殿、ダリル殿、ご協力お願いします」


 ミゲルは握手を求め、右手を差し出してくる。


「……お、おう。まぁそういう事よ! ハッ、仕方ねぇ。俺の実力がわかったなら勘弁してやるぜ!」


 親父はまんざらでもない顔でニヤケながらその手を取った。

 ……全く、いい意味でも悪い意味でも単純である。


「うむ、戦士たるもの血気盛んなのは結構だが、味方同士は仲良くせねばな! はっはっは!」


 ハンニバルはそんな二人の肩を抱き、豪快に笑った。


「父上、少しよろしいですかな?」


 ふと声の方を見ると、白衣を着た壮年の男が立っていた。

 瘦せぎすで背は高く、柔らかな表情だがその目つきはハンニバルとどこか似ていた。


「まずは自己紹介を。私はナーバルと申します。ナーバル=ガーランド。ハンニバルの不肖の息子です」

「おぉナーバル、よく来たな。紹介しましょう、こいつは我が息子のナーバルです。一応医者をやっております」


 ナーバルと名乗った男はゆっくり、優雅に会釈をした。

 ただの優男に見えるが、その佇まいはどこか雰囲気を醸し出している。

 医者というだけあって賢そうだ。


「よろしくお願いします。ダリル殿、ガエリオ殿」

「おぉ、ハンニバル殿の息子でしたか! こちらこそどうぞよろしくお願いします」


 親父は慌ててナーバルの手を取る。


「ん、ここにいるという事は……ナーバル殿も会議に参加されるのですかな?」


 息子とはいえ、これだけ大規模な会議に気軽に参加出来るものではないだろう。

 親父の質問に、ナーバルは笑って答える。


「えぇ、私も獣人たちとの共存を強く望んでおりますので」

「ナーバルは先の大戦で行き場をなくした獣人の受け皿として、病院や孤児院を幾つか建てたのです。しかも一年前に他界した妻も獣人でして……ええっとナントカ平和賞も貰ったんだったか? 最近は特に獣人たちを救うために獣人の為の医学を勉強しているようで、自分で作った病院を行き来しておるらしい」

「とはいっても、獣人相手の医学は魔王軍の方がずっと進んでいます。押収した書物に頼り切りですけれどね」


 魔王軍が敗北した後、様々な書物や魔道具が人間側へと渡った。

 それを使って、獣人用の医学を勉強しているのだろう。


「ほう、そいつはご立派だ」


 親父はしきりに感心している。

 確かに、未だ差別の根深い獣人相手にそこまで出来るなんてのは大したものだ。

 ナーバルは称賛を受けながらも首を横に振った。


「妻が死んでやる事がないだけですよ。それに私は獣人たちの事を愛しておりますから」


 柔らかな笑みを浮かべるナーバル。

 獣人を愛している……ねぇ、その為に孤児院やら病院やらを建てるってのは、なるほど立派なものである。


「実はここで働いているメイドたちも、その孤児院出身なのですよ。とまぁ息子がそんな具合ですからな。そんな折、獣王殿から和平会議の打診を受けたというわけです。死んだナーバルの嫁にも何度も言われておりましたから、今回の会議に踏み切ったのですよ! いや息子にはもったいないような本当に出来た嫁でして! はっはっは!」


 嬉しそうに大笑いするハンニバル。

 ……どうでもいいけど腹が減ってきたぜ。

 談笑もいいけど俺たちは開放してくれねーかな。

 話は長くなりそうだし、ここで抜け出すとも言いだせない。

 欠伸を噛み殺しながら、耐えているとガエリオが俺の肩に手を乗せてきた。


「ランガくん、アーミラちゃん、お腹が空いてるんじゃないかい?」

「! う、うんっ!」

「ぺこぺこですわぁ」


 ガエリオさん、ナイスフォロー。これを拾わない手はない。

 俺とアーミラは即座に頷いた。


「……そういうわけですので、僕たちは一回りしてきます。よろしいですか? ハンニバル殿」

「おぉもちろんだとも。行ってきたまえガエリオ殿」

「はい、失礼いたします。じゃあ行こうか二人とも」


 ガエリオに促され、俺とアーミラはその場を去った。


「あっ、おい俺も……」

「ダリル殿、よろしければお話を聞かせてもらってもよろしいですかな?」

「う……ぐぐ……は、はぁ……構いませんが……」


 親父が恨めしそうにこちらを見ているが……見なかったことにしよう。


「いやぁ二人がいてくれて助かったよ。ハンニバル殿はいい人なんだが、少し話が長いからね。僕たちだけ先に食べさせてもらっちゃおうか?」

「意外だね。ガエリオさん真面目そうに見えるけど、そんなところがあったんだ」

「ふふ、秘密だぞ」


 いたずらっぽく口元に指を当て、ウインクをするガエリオ。

 イケメンは何をやってもサマになるな。


「私はランガ様一筋ですよ」

「……そうか」


 アーミラが熱視線を送ってくるが、見なかったことにしよう。

 ともあれようやく解放された俺は、豪華な料理を堪能するのだった。

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