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元、猛将

 ガエリオ操る馬車は街を抜け、郊外の森へと進んでいく。

 街から離れると共に、兵士たちの姿がちらほらと見え始めた。

 人間だけでなく、獣人の姿も見える。

 見覚えのある顔がちらほらいるな。あれは獣王軍の連中だ。

 人間たちばかりが警備していたら不安な上に不満だろうし、自分たちも警備しているようだ。


「どこまで行くんですかい? 隊長殿」

「会議の行われる場所は街から離れた場所にあるんだ。街の人を刺激しないようにね」


 大抵の人間は獣人に対してあまりいい感情を持っていない。

 他の街よりマシとはいえ、この街の人間もそれは同じだ。

 街中で獣人たちに向ける目は、どうしても良くない感情に見えた。

 真面目で人との付き合い方を理解している獣人もいるが、基本彼らは短慮で暴力的だからな。


 しかしそんな獣人との会議か。

 一体何を話すのだろうか。

 ……まさか戦争するつもりじゃないだろうな、


「ねぇねぇガエリオさん。会議ってさ、どんな事を話すの?」

「馬鹿、お前は余計な口を出すんじゃねぇよ」

「ははは、構いませんよダリルさん。そう隠すものでもありませんから。ランガ君、これから行われるのは和平会議なんだ。いままで人間と獣人はいがみ合っていたからね。そんな事はもうやめようという話なんだ。代表者同士が話し合ってこれから仲良くしようって言うのさ」

「ええっ!? そうなの!?」


 ガエリオの言葉に俺は驚愕する。

 人間と獣人が和平だと? 考えられん。


「おいランガよ、何そんなに驚いてんだ? 戦争が終わったんだから和平くらいするだろうよ」

「そっちこそ何言ってるの父さん、他の場所ならいざ知らず、ここは最前線だった街なんだよ!? 何度も刃を交えてきた相手と手を組める?」

「あー……うん、そりゃ確かに……」


 俺の言葉に納得し、頷く親父。

 その様子をガエリオが感心した様子で眺めていた。


「詳しいねランガ君。それも学校で習ったのかい?」

「う、うん。そうなんだ。ハハ……」

「へぇ、最近の学校細かいことまで教えているんだなぁ」


 危ない危ない、どうもつい語ってしまう。

 昔の当事者だからな。


「あ! 建物が見えてきたよ!」


 丁度いい具合に建物が見えてきたので、注目をそちらに向ける。

 青い屋根の立派な屋敷で、ここから見ても相当な面積がありそうだ。

 中央には時計塔があり、そこには巨大な鐘が鎮座している。

 方角的に見て昼に鳴ったのはこの鐘だろうな。


「あぁ、あそこに僕たちを呼んだ依頼人がいるんだ。名はハンニバル。大戦時の元英雄にして、この街を収める人物さ」


 ――猛将ハンニバル=ガーランド。

 大戦時代、幾度となく行われたこの街での防衛戦を指揮した英雄である。

 人に厳しく自分にはもっと厳しくが信条の男で、将軍自ら戦線に立つという勇敢というか無茶苦茶な戦い方をしていた。

 しかも指揮をおろそかにする事もなく、大局を見極めた戦いぶりで勇者や各地から集った英雄たちも大人しく彼の言うことに従っていたのだ。


 俺も直接会った事がないが、遠目からチラッと見たことがある。

 背は高く筋骨隆々、巨大な槍を携えたその姿は敵ながら勇ましいものだった。

 しかも戦いが終わればこうして街を発展させることの出来る有能な男である。

 はてさてどのような人物なのやら……

 期待に胸を高鳴らせながら待っていると、屋敷の扉が勢いよく開け放たれた。


「おお! よくぞいらしてくれた! ガエリオ殿そしてダリル殿とその御子息らよ!」


 屋敷から出てきたのはでっぷり太った老人だった。

 頭頂部はすっかり禿げ上がっており、そこから生えた数本の白髪が纏まりなく風に揺れていた。

 どこからどう見ても普通のおっさんである。

 まさかこの老人がハンニバルではあるまいな……


「ハッ、僭越ながらアモール警備隊、隊長ガエリオ=ビンセント。只今到着いたしました。お待たせして申し訳ありませんハンニバル殿!」


 ――そうだった。

 本当にこの老人がハンニバルとはな。

 以前の面影は全くない。

 おい猛将、どこいった。

 ハンニバルに敬礼するガエリオを見て、親父が慌ててそれに続いた。


「あ、アモール警備隊、ダリル=バリアント。参上いたしました!」


 俺たちもそれに倣い頭を下げる。


「ランガ=バリアントです」

「アーミラ=リリンラですわ」


 俺たちまで頭を下げたのを見て、ハンニバルは一瞬キョトンとした顔を見せた。

 が、すぐに大笑いする。


「はっはっは、そう畏まらんでくれ。呼び出したのはこちら故な。客室を用意してある。さぁさぁどうぞ中へ」


 ハンニバルは俺たちを案内するべく、無防備に背を向ける。

 毒気を抜かれてしまう程に無警戒。

 なんだか拍子抜けである。


「あれがあの猛将ハンニバル……変われば変わるものですね」

「あぁ、面影が全くないな」


 アーミラとコソコソ話す。

 かつてのハンニバルは触れれば切れる刃のような男だった。

 それがこれとは……変われば変わるものである。

 親父もハンニバルを見て、訝しんでいるようだ。

 無理もない。こんな太った爺さんがあの教科書にも載っているような猛将ハンニバルとは到底思えないもんな。

 そんなことを考えていると、前を歩いていたハンニバルがいきなりこちらを振り向く。


「君たち、私があの猛将ハンニバルと知って驚いているのかい?」

「い、いえ! そんな事は……!」


 親父が慌てて言い繕うと、ハンニバルは大笑いした。


「はっはっは、いいんだよ。慣れてるからね。あの猛将が戦いが終わった途端に豚のように肥え太りおって、けしからん! なんて何度も怒られたよ」


 そう言ってハンニバルは自分の腹を叩く。

 ボヨンと揺れた腹が波打った。


「だがね、この腹は私の誇りだ。もう戦う事もなく、平和に美味いものをたらふく食えるという、な。大戦時は本当に大変だった。食うものも食えず殺し合いをして、帰って来てもメシはない、なんて日がしょっちゅうだったからのう。この街のまとめ役を頼まれた時はとにかく食い物を真っ先に集めたもんさ。何せ当時からずっと腹ペコだったものでね。それで人が集まり、この街は大きくなったんだ。だから何と言われても私は気にしないよ !はっはっは!」


 ハンニバルは愉快そうに大笑いする。

 ひとしきり笑い終えると、目を細めやや真面目な口調で続ける。


「これから行われる獣人たちとの和平が成れば、この平和はより盤石となる。その為に力を貸してくれるね? ガエリオ殿、そしてダリル殿」

「は……ハッ!」


 ハンニバルの柔らかくも厳しさを感じられる瞳に見つめられ、二人は慌てて敬礼を返す。

 なるほど、デカいのは腹だけじゃないようだな。

 この器の大きさ、溢れる知性、そしてカリスマ性。

 この人物こそ間違いなく、あの猛将ハンニバルである。


■■■


「お戻りになられましたか、ハンニバル様」


 屋敷に入った俺たちを、数人のメイドが出迎える。

 耳と尻尾のあるメイドだ。驚いたことに全員獣人である。

 この屋敷では獣人が人間の下で働いているのか。


「客人の出迎えなぞは我々に任せてくださってもよろしかったのに」


 その中心にはリーダー格だろうか、ウサギのような長い耳をした獣人が困った顔で苦言をした。


「何を言っとる。客人の出迎えは家主であるワシの仕事じゃ。それは譲れんな」

「はぁそうですか……それは構いませんが、商人たちが待ちくたびれておりますよ」

「おっと、そういえば呼びつけていたのだったな。勿論客人の相手もワシの仕事じゃ。……ではガエリオ殿、ダリル殿、申し訳ないが私はこの辺で失礼するよ。ミズハ、客人を案内しなさい」

「了解致しました」


 ハンニバルはミズハと呼んだ獣人に俺たちを任せると、奥の部屋へ引っ込んでいった。

 ミズハの案内で屋敷の中を進む。

 中は相当広く、中々目的の場所までは辿りつかない。

 ガエリオが間を持たすべく、ミズハに声をかけた。


「相変わらず忙しそうですね、ハンニバル殿は」

「えぇ。にも拘らず色々と御自分でやりたがるので、困ったものです。出迎えくらい私共に任せてくださればいいのに」


 困ったものだ、とでもいわんばかりにミズハはため息を吐く。

 だがその顔には嫌悪感などは見られない。

 アモールの街でも獣人を雇っている人はいるが、大抵上手くいってない。

 獣人はプライドが高いし、人間を軽く見ている者が多いからだ。

 だが彼女らは違う。

 主人を主人として尊重し、俺たちの事も客人として扱っている。

 人間のメイドと何ら変わりない仕事ぶりだった。


「こちらがお客様のお部屋になります」


 案内されたのはやたら豪華な部屋だった。

 ベッドも三つあり、寝泊りには十分すぎる広さである。


「おおっ! いい部屋じゃあねーか! ベッドもふかふかだぜ! なぁランガ!」


 早速ベッドに座り込む親父に、俺は冷ややかな視線を送る。

 やれやれ、子供かっつーの。


「お気に召してくださったようで幸いです。ガエリオ様は向かいのお部屋になります」

「ありがとうございます、ミズハさん」

「いえ、お気になさらず。それでは何かあったらお呼び下さい。夕食時には呼びに参ります」


 ミズハはそう言って深々と頭を下げると、部屋から出て行った。

 アーミラがベッドに寝転ぶと、目を細めて俺を見上げる。


「私たちはベッド一つでもよろしかったのに……ね、ランガ様♪」

「アホか」


 俺はため息と共に、そう返すのだった。

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