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これが日常

 こっそりと壁の隙間を通り、街の中へ入ると物陰に隠れフードを脱いだ。

 左右を確認しながら何事もなかったかのように、道に戻る。

 人ごみに紛れて一息ついた。ふぅ、どうやら誰にも怪しまれていないようである。

 俺はそのまま市場へと足を向ける。

 市場に入ると早速肉屋のおじさんが声をかけてきた。


「おうランガちゃん!今帰りかい?」

「うん、今から帰ってご飯を作るんだ。お肉下さい!」

「毎日偉いねぇ。ウチの子にも見習わせたいくらいだよ。ほら、安くしといてやるからな!」


 おじさんはそう言って肉を切り分けると、小包みに肉を入れてくれた。

 ずっしりと入った肉を買い物袋に入れ、代金を払う。


「わーい、おじさんありがとー!」

「いいってことよ!そんかわり贔屓にしてくれよなっ!」

「はい!」


 おじさんに礼を言って次の店へ。


「あらランガちゃん!今帰りかしら?お野菜買っていく?」

「はい!おねーさん!」

「まぁまぁお上手だこと!サービスしてあげるからねぇ」


 八百屋のおばさんのところでも似たような歓迎を受けた。

 その後の店でも同様に。

 買い物を終え、商店街を抜ける頃には俺の買い物袋はギッチギチになっていた。


「ふぅ、みんないい人たちだ。ありがたい事だが……」


 この大荷物も俺にとってはそう重いわけではないのだが、それは普通の子供じゃあない。


「……重そうに持つってのは案外大変だな」


 俺はヨタヨタと歩くフリ(・・)をしながら、帰宅するのだった。

 家に帰るとエプロンを付け、料理の準備を始める。

 適当に野菜を切り分け、肉と一緒に炒めた後に水を入れて煮る。

 煮立った鍋に調味料で簡単な味付けをして、肉野菜たっぷりスープが出来上がった。


「……ん、美味い」


 これは俺がまだ低級魔族の頃、戦場を駆け回っていた頃に作った何の変哲も無いごった煮である。

 ちなみに部隊の者にはそこそこ好評だった。

 ……多分。


「おうランガ!今帰ったぞ!」


 丁度完成したところで、親父が帰ってきた。

 大股で入ってくると、どっかと椅子に座った。


「父さん、今帰り?」

「おう、腹が減ったぜ!飯はあるか?」

「今出来たところだよ」


 俺は鍋からお椀にごった煮をよそうと、スプーンと水を添えそれを親父に差し出した。

 親父は太い眉を不機嫌そうに歪めている。


「……おいランガ、今日もまた煮物か? 野菜ばっかりのよぉ」

「栄養があるんだよ。それに肉も入ってるだろ。文句を言わずに食べなって」

「んぐんぐ……まぁ不味いってんじゃねぇよ。もぐもぐ……だがよぉ、たまには骨付き肉でも食べてぇワケよ! わかるだろオイ」

「食事中に喋るのは行儀が悪いよ」

「……ごくん……かぁーっ! ランガおめぇ母ちゃんみたいなこといいやがってよぉ」


 そう言って水を飲み干す親父に、俺は白い目を向ける。


「はぁーあ、お父さんがモテなくても、僕知らないからねー」

「へっ、ガキが余計なお世話なんだよ。生意気な」


 面白くなさそうに親父は舌打ちをした。

 我が父親ながら、だらしのない事である。

 そんなんだから母さんに逃げられるんだぞ全く。


「ふぅ、食った食った!ごっそさん!」


 なんだかんだといいながらも、親父はごった煮をぺろりと食べてしまった。

 口元の汚れを袖でぬぐい、立ち上がる。


「ふぅ、それじゃ飯も食ったし、俺は寝る! 明日も朝はえぇからな!」


 いつも俺より遅く起きてるくせに何言ってんだ。

 呆れながらも俺は親父にこう返す。


「おやすみなさい」

「おう! おめぇもちゃんと勉強するんだぞ!」


 がははと笑いながら、親父は自室へ入っていった。

 酒瓶を持って行ってたな。あの調子だとしばらく寝酒をするのだろう。

 俺は軽く食事の後片付けをすませ、学校で出された宿題を広げる。

 簡単な数式や文字の書き取りなどの簡単なもので、さっさとやり終えてしまう。

 その頃には親父の部屋からはごうごうといびきが聞こえてきた。

 どうやらよく眠っているようだ。


「さて、それじゃあ魔力制御の練習でもやるとするか」


 俺はコップに水を汲み、それに手をかざす。

 手のひらの中心に肉眼では見えないような極々小さな魔力の粒を浮かべ、それを水面にゆっくり落とすと、波紋が生まれた。


 よし、上手くできたな。

 これは水見の行といい、より小さく、しかし確実に、狙った場所に魔力を生み出す魔力制御の基本修行だ。

 魔力は上手く制御できず加減を間違うと様々なものを壊してしまうし、そうしたらものすごく目立ってしまうので、この修業は特に大事だ。

 親父が寝た後はこれをやるのが日課である。

 魔力制御の修業はいくつかあるが、これは地味なので万が一起きてきても簡単にごまかせるのが利点だ。


 俺は静かに呼吸を整えながら、更に魔力の粒を増やしていく。

 ぽつ、ぽつと魔力の粒を水面に落とすと、二重三重に波紋が生まれる。

 波紋の大きさは全て、同じ。

 日々の修業の成果もあり、魔力制御はそれなりにマシになっていた。

 と、上手くいっていた所で水面がたぷんと揺れる。


「……っち!」


 どうやら魔力の粒が大きすぎたようだ、更に落下速度も速すぎた。

 慌てて修正しようとするも、間に合わない。

 コップの水は溢れ出てしまった。


「……まだまだだな」


 俺は肩を落としながらも、テーブルに零れた水を拭きコップの水も入れなおし修行を再開する。

 油断するとすぐこれだ。力任せでやってきた前世のツケだなこれは。

 家庭で出来る魔力制御の修業は外でやるのに比べコンパクトかつ地味だ。

 飽きもあるし、疲れるのも早い。

 失敗の頻度が上がり、集中力が限界に達した辺りで俺はベッドに横になる。

 布団をかぶると直ぐにウトウトし始めた。


 本日はこれまで、これが俺の「現在の平穏な日々」である。

 明日もまた同じよう平穏に過ごせますように。

 俺はそんな事を考えながら、眠りに入るのだった。



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