いざ、アレーシアへ
そして本日、ようやく出立の日だ。
ガラにもなく興奮してるのか、早起きしてしまった。
身支度をして居間に行くとアーミラが鼻歌を歌いながら料理をしている。
「おはようございます、ランガ様」
「あぁ、おはよう」
アーミラがこちらに顔を向けたままフライパンを翻すと、卵焼きが一回転して皿に乗った。
こらこらよそ見は危ないぞ。
「もうすぐ食事も出来ますので、ダリル様を起こしに行きますね」
「親父はまだ寝てるのかよ。あぁ俺が行く。お前は料理に集中しろ」
「ありがとうございます」
こんな日に寝坊されたら敵わないからな。
寝室に入ると、大いびきが部屋中に響いていた。完全に爆睡である。
ったく、大事な警備任務だってのによくここまでぐっすり寝られるな。
ある意味大物である。
「ほら、父さん起きて。早く起きないと遅れるよ」
「んー……あと五分ー……」
あと五分じゃねーっての。
いつもそうやってなかなか起きてこないのは知ってるんだぞ。
俺は気にせず枕を引っこ抜く。
それでも起きないが、想定通りだ。
次は布団をはぎ取る。
それでも起きないが、まぁ想定通りだ。
次はベッドから転がし、床に落とす。
それでも起きない。
「ごがががが……」
「ったく、今日は特にしぶといな……」
ちょっと酒臭いし、先日は随分飲んだようだ。
……はぁ、仕方ない。俺はため息を吐くと、花瓶の花を抜いて中に入っている水を親父の耳の中に流し込む。
とぽとぽとぽ、と耳の中に水が満ちていくのを眺めていると、親父がいきなり目を開き飛び起きた。
「うおおおおおおおっ!? なんだ!? 魔物か!? この鬼十字のダリルが成敗してくれるッ!」
壁を背に身構える親父に、俺は冷たい視線を送る。
「……おはよ」
「お、おう……もう朝か」
これがほんとの寝耳に水ってやつだ。
起きないときの最終手段。なお一応許可は取ってある。
「ほら、早くしないと遅刻するよ」
「おお! もうこんな時間か!」
親父はドタバタと着替え終えると、朝食の待つ居間へと駆けて行き、俺もそれに続いた。
恐ろしいスピードで食べ終えた親父は、部屋に戻りまたドタバタとし始める。
どうやら今、出立の準備をしているようだ。
「おーいお前らも早く食べて行く準備をしておけよ」
「昨日のうちから出来てるっての」
ため息を吐き、目玉焼きの乗ったトーストをぱくりと齧る。
「くすくす、ダリル様は慌ただしいですねぇ」
「全くだ。子供じゃないんだからよ」
もそもそとトーストを飲み込みながら、ミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを飲み干す。
うーん、頭の中に栄養が満ちていくのを感じながら、俺は食器を片づける。
「ダリルさーん! もう準備できましたかー!」
家の外で声が聞こえる。
窓から顔を出すとガエリオが馬車を連れ、待っていた。
「やぁおはようランガ君。ダリル殿は準備中かい?」
「おはようガエリオさん、父さんは今、荷物をまとめているところだよー!」
「そうかい。では僕はここで待たせてもらうよ」
「中で待てばいいんじゃない? コーヒーあるよ」
「ありがとう、気持ちだけ受け取っておくよ」
ひらひらと手を振り、馬車に寄り掛かると何やら本を開いて読み始めた。
こんな暇にも勉強とは、真面目だな。
「アーミラ、俺たちだけでも先に乗り込むぞ」
「わかりましたランガ様」
戸締りをして荷物を馬車に詰め込む。
俺たちが乗り込み、少ししてようやく親父が出てきた。
「いやぁすまんすまん。申し訳ないガエリオ隊長殿」
「構いませんよ。お願いしたのは僕ですから」
そう言ってガエリオは、嫌な顔一つせず笑みを浮かべる。
全く出来た人である。親父に爪の垢を煎じて飲ませたいぜ。
「いよぉし、出発進行ォ!」
「……なんで父さんが仕切ってるんだよ」
ともあれ、馬車は走り出す。
大通りを通り抜け街を出て、荒野へと駆け出すのだった。
■■■
ガタゴトと揺られながら、荒野を歩いていく。
ここは行商人たちが行き交う街道で、時折旅人らしき人とすれ違っていた。
もう街は随分前から見えなくなり、だだっ広い荒野が続いていた。
親父はがぁがぁといびきをかいており、アーミラもうつらうつらとしている。
景色を見るのも退屈になって来たので、俺はガエリオに話しかける。
「ねぇガエリオさん、警備の仕事なのに、父さんとガエリオさんの二人しかいないんだね」
「ん? あぁ。自分たちの街の護衛もあるんだけど、今回は腕利き少数精鋭の方が都合がいいんだよ。何せ相手は獣人だからね」
獣人だと!? そんな話は初めて聞いたぞ。
確かに高い身体能力を持つ獣人相手に、ただの兵士はあまり有用とは言えない。
一対一では当然相手にならないし、取り囲もうにも素早く逃げられる。
そういった圧倒的に強い相手には格下をぶつけてもただ徒に数を減らすだけ。
故に同格をぶつけるのがセオリーだ。
兵の数が重要なのは相手が同格か、知能の低い魔物を取り囲んで倒す時に限られる。
そういう事ならこの二人だけ、というのは納得ではあるが……
「……もしかしてこの方角、アレーシアへ向かってるの?」
「おお、よくわかったね」
やはりか。アレーシアといえば、かつて魔族の領地付近にあった街である。
人類の砦とも言われた堅固な防壁を持つ街だ。
親父め、隣町とか言ってたから馬車で半日のスールの街かと思ったけど、アレーシアは馬車で三日はかかる場所だぞ。
相ッッッ当~~~に離れた隣である。普通は隣町とは言わないぞ。
しかも相手は獣人とか言ってたな。
あの街の近くにあるのは、獣王レアンの故郷グノーシス……そんな場所で開かれる重要な会議だと?
気軽な警備任務とか思っていたが、なんだかきな臭くなってきやがったぜ。
「ぐがががが……ぐごごごご……」
親父は俺の胸騒ぎなど知った事はないと言った風に、のんきにいびきをかいていた。




